第17話 ウルコンドルとの戦闘
同時にシェラの頭上をウルコンドルが過ぎ去っていった。
「立てっ。とりあえず近くの廃墟に入るぞ」
「お、おう」
カミトとシェラは二人で目の前にあった廃墟に飛び込んだ。
次の瞬間、廃墟の壁に何かが激突する鈍い音が響く。
(流石に……建物の中には入ってこないか?)
「ここならやり過ごせるか?」
「あぁ。鳥類系の魔物と対峙した時は建物か、森の中に逃げ込むといい。さもないと奴らの獰猛な足に掴まれ、そのまま地面に真っ逆さまだ」
「なるほど……勉強になった。それから冗談言って悪かったな」
「いいやそれはお互い様だ。とりあえず、ウルコンドルが去るまでここでおとなしくしよう」
カミトとシェラは息を整えながら頭を下げるとお互いの顔を見合った。
「まぁ……お互いに怪我がなくて良かった」
「そうだな。できれば日が沈む前に帰りたいのだが……」
シェラは壊れた窓の隙間から外の様子を伺う。彼女の視線の先を見ると未だにウルコンドルはカミト達の隠れる廃墟の上空を旋回していた。
「そう言えばゴブリンって何処にいるんだ? 他の魔物ばっかりいて全然居ないぞ?」
「まぁあいつらは魔物の中でも最弱の部類に含まれる。他の魔物に殺される事も少なくないだろうな」
「その最悪の部類の魔物に殺されかけたんだけど……」
「当たり前だろう。レベル一だったお前が勝てる訳がない。言っておくがさっきの魔物を倒せたのも私の貢献が九割を占めているからな」
さっきの魔物とは恐らくシェラが不意を突かれた狼のような姿をした魔物のことだろう。
カミトは眉を寄せ、僅かに苛立った表情で廃墟の壁に背中を預ける。
「そんなの分かってるよ。同じことを俺が言ったぞ。追撃するようなことを言うなよ」
「ふん。分かっているならいいんだ。慢心は人を殺すからな」
どうやらシェラはカミトが調子に乗らないようにあえて言ったらしい。
彼女なりにカミトを心配しているのだろう。
「……ん?」
ぼんやりと廃墟の中から外を眺めていると、カミトの耳に男の絶叫が届いた。
「なぁ? 悲鳴が聞こえないか?」
「あぁ。さっきのスラムの奴らだろうな。ウルコンドルに襲われているのだろう」
「だったら、助けに行かないと」
「さっきも言っただろう。あいつらの自業自得だ。それにお前に助けられるのか? 死ぬのが怖いのだろう? 無駄に命を張る必要はない」
一見冷たいことを言っているシェラだが、実際の彼女は今にも泣き出しそうな顔で悔しそうに歯ぎしりしていた。
そんな彼女を見てカミトは立ち上がった。
「もう臆病になるのは辞めたんだ。それができないとユリエも助けられない!」
カミトは廃墟から飛び出し、悲鳴の聞こえる方へ走る。
背後からシェラの制止の声が飛んでくるがカミトは止まることなく悲鳴の聞こえた方へ向かう。
(もうこれ以上俺の前で誰も死なせない。せめて手の届く範囲くらいはっ)
剣を握り悲鳴の聞こえる場所へたどり着いたカミトは数十メートルの高みから人が真っ逆さまに落下するところを見た。
絶対に救えない高さ。もし助けようとして落下してくる男の下に行けば、カミトも潰され死ぬだろう。
しかしカミトは何も考えず男の真下へ飛び込んでいた。
「来い! 絶対に受け止めて──」
「射貫け、ファイヤーアロー」
受け止めようと腰を落としていたカミトの頭上を火の矢が通過して、スラムの男の着ていた服を射抜く。
そのまま男は近くの一軒家の廃墟の方へ飛んでいった。次の瞬間、衝撃音と苦しそうな絶叫が廃墟から響き、同時にカミトの背後から一本の瓶が廃墟へ飛んでいく。
すぐに瓶の割れる音と液体が飛び散った音が響いた。
「カミト。警戒しろっ! 来るぞっ」
「シェラ? お前来たのかっ」
「当たり前だろう。お前に死なれては困るんだ!」
叫ぶシェナへ向かってウルコンドルが空気を裂いて突っ込んでくる。獲物を殺す事に失敗したウルコンドルは妨害をしてきたシェラに狙いをつけたらしい。
その攻撃を細剣一本で受け止めたシェラは苦痛に顔を歪ませながら、ウルコンドルの羽を鷲掴みにした。
「カミト! こっちに来い。その剣で焼き鳥にしてやれっ」
叫んだシェラはすぐにウルコンドルを地面に叩きつけ、しなやかに伸びる足で逃げないように踏みつける。
そのスキにカミトは《紅炉の星剣》をウルコンドルへ突き刺した。
焼け焦げるような匂いが立ち籠めるが、ウルコンドルはシェラを右翼で弾き飛ばす。
「きゃっ……!」
シェラの可愛らしい声が響く。
同時にウルコンドルはカミトの剣を体に刺したまま空高く舞い上がった。
「あの状態でどうして飛べるんだよ!」
「魔獣の類は物理法則を無視した体重をしている。それを魔力で補って空を飛ぶんだ。つまりあいつは今魔力だけで飛んでいる。魔力が尽きれば落ちてくるはずだ」
「という事は……少しだけ耐えればどうにかなるということか?」
「そうだ。加えてお前の剣が突き刺さったままだ。すぐに落ちてくる……ほらっ。来るぞ」
シェラが言った直後に限界を迎えたウルコンドルが剣の重みに耐えられず、真っ逆さまに落ちてきた。
すぐさまシェラは落下してくるウルコンドルへ細剣を向ける。
「燃やし尽くせ!
放たれた不死鳥は炎のブレスを吐き、ウルコンドルの羽を燃やす。
地面で暴れる事しかできなくなったウルコンドルは、カミトとシェラを恨めしそうに睨みつける。
カミトは暴れるウルコンドルから《紅炉の星剣》を引き抜き、剣に魔力を流して再度ウルコンドルを突き刺した。
血が吹き出し、骨が砕ける触感が手に伝わってくる。
同時にウルコンドルは絶命し、動きを止めた。
「お、終わったか……。死ぬかと思った」
「全くだ。ギリギリだったぞ。そもそもお前は何を考えているんだ! 何故自分の命を投げ売ってまで人を助けようとするんだ‼ 死ぬことを怖がっていたくせに……お前の行動は理解に苦しむ」
カミトの滅茶苦茶な行動に怒り心頭なシェラはカミトに向かって怒鳴るが、カミトは小さくため息をつくだけだった。
「そんなに難しい事か? 世界を救うなんて大それた事はできなくても目の前で死にかけている奴くらい助けたいだろ。それに、せめてそれくらいやらなくちゃいけない……と思う」
「そう思うなら今なお魔物によって殺されている世界中の人間を救おうとしろ」
「一応俺も罪悪感はあるんだ。だからもう少しだけ待ってくれないか? 今はユリエを助ける事だけ考えたい」
カミトが言うとシェラもため息を吐いた。
「お前は仕方がない奴だな。まぁ何かの拍子に魔王を倒す機会がくるかもしれない。その時までは私がお前の剣になろう。どうせそれくらいしかやることもないしな」
「助かる……ところでさっきの男どうなった?」
「死んではいないと思う……。回復薬は投げてやったからな。怪我も治っているだろう。……一応見に行くか」
シェラも心配だったのだろう。ウルコンドルの死骸から目を離し、男が飛んでいった廃虚の方に向かう。
廃墟は男が衝突した影響だろう。老朽化が一気に加速し、半分以上倒壊しかけていた。
「シェラ。これ……倒壊するぞ?」
「そうだな。早く探そう。お前は二階の部屋を、私は下の部屋を探す」
「分かった」
カミトは倒壊に警戒しながら二階の部屋へ向かい。くまなく部屋を確認した。
「……いないな。屋根に穴があるし、血痕があるから……逃げたな」
カミトはそう判断してガタガタに壊れている階段を降りる。
その瞬間、シェラの声が響いた。
「貴様っ! 逃げるなっ」
(な、何だ? 何が起きている?)
シェラの声が聞こえた外へカミトは飛び出す。
「どけっ」
そんな声と共に同時にカミトは何者かに突き飛ばされた。
突然の事に目をまわしているとすぐにシェラがカミトへ駆け寄る。
「大丈夫か? ……すまない。ウルコンドルの死骸を盗まれた。完全に油断した。家の中にいたのは囮だったみたいだ」
「そうか。まぁいいんじゃないか? どうせ一〇〇ソルくらいだろ?」
「いいや、ウルコンドルの骨は希少なうえに軽いのに強度がある。だから防具としての利用など汎用性が高い。羽も強度が高くて魔法耐性も高く、そして魔導触媒として優秀で一枚五〇ソルくらいだ。だから全ての羽を売ると一万ソルを軽く超える買い取──カミト?」
シェラの説明を聞き終える前にカミトは逃げた男たちを追っていた。
「お、おい。カミト? どうしたんだ。急に走り出して」
遅れてカミトに追いついたシェラは憤怒の表情をするカミトに声をかける。
しかしカミトの耳にはシェラの声が届いていなかった。
「あいつら助けてやった恩も忘れて! 絶対に許さん。二度と街の外に出れないように全身の骨を複雑骨折させてやる。一万ソル⁉ ユリエの買い取り値の三千分の一だぞ!」
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