第16話 空の魔物

 なんて事のない一軒家の廃墟。今は人の手が入っていない為、植物に覆われている。

 その家の玄関からこちらの様子を伺うような陰湿な視線が向けられていた。


「ふむ。確かにいるな。いい慧眼だ」

 シェラは腰に差した細剣を引き抜くと、細剣で円を描いた。

「燃えよ! 不死鳥の一撃フェニックスドライブ!」


 シェラの描いた魔法陣から火の鳥が生まれたのと同時に火の鳥は高速で空を舞い廃墟に激突した。

 次の瞬間大爆発が起き、廃墟は粉々に吹き飛んだ。


「ざっとこんなモノだ。感心したか? カミト」

 シェラは黒煙の立ち上がる廃墟を背にカミトへドヤ顔を向ける。そのせいで背後にうごめく四足の影に気が付いていなかった。

 僅か一瞬、黒煙に隠れていた魔物はシェラに詰めてくる。


「最後まで警戒しろ! 馬鹿が! タイムディレイ発動!」

 カミトは《紅炉の星剣》を引き抜くと剣に魔力を流し込みそのまま魔物の首に剣を叩きつける。そのまま力を加え魔物の首を焼き切った。

 カミトは魔物の死を確認すると、シェラの方を向く。


「なにしてんだよ。油断しすぎじゃないのか?」

「す、すまない」


 申し訳無さそうにシェラはカミトへ頭を下げたが、次の瞬間には彼女の顔は怒りに染まっていた。

「というか何なのだ! お前十分に戦えるではないか! 本当に私は必要だったのか?」

「お前がダメージを与えてくれたから倒せたんだ。それとこの剣、《紅炉の星剣》の優秀さのおかげだ。これがなかったら俺達死んでたぞ」


「だが今のお前の反応速度、戦闘能力、Fランク冒険者の実力は優に超えているぞ。本当は十レベルじゃないのだろう?」

「いいや。十レベ……だった。今さっきまでな。反応速度が高かったのはユリエとたまに戦闘訓練を行っていた賜物だ。あんな魔物よりユリエの方が遥かに早いからな」

「ふん。どうだか……」


 それだけ言うとシェラはカミトの横を通り過ぎ、狼のような姿をした魔物の皮を剥ぎ始めた。

 その間にカミトは自分のステータスを確認する。


「……十五レベ。一気に上がったな。スライムとは違うって事か」


 レベルの急上昇で向上した身体能力によって肉体が数段階軽く感じる。

(というかレベルってなんだ? なんで人間にこんな概念が存在するんだ)

 冷静に考えるとおかしい事であった。魔物を倒すだけで通常の人類の身体能力を遥かに上回る身体能力を得る事が出来る。

 カミトはこの事実に違和感を持っていた。元の世界にレベルなどという概念が存在していないせいだろう。

 魔物を倒してレベルが上がる。


(人は魔物を倒すことで何かを奪っている? 何を……魔力?)


 その瞬間カミトはハッとした。

 魔力を失うと生命力に影響が出るという事は魔力と生命力に相互関係があるのは確実だ。

 魔物から魔力を奪い体に取り込むことで生命力を増す事ができる……と考えれば、増した生命力を数値化すればレベルという数字になる。

 生命力は名前の通り生きる為の力。生きるための力が増加するという事は必然的にこの世界において魔物などの天敵と抗う為の力に成りうる。


「まぁ……こんな事を考えても仕方がないか」


 カミトは魔物の解体を終え立ち上がったシェラの方を向く。彼女は剥ぎ取った皮を魔法陣の描かれた布袋へ詰めこんでいた。


「それは?」

「防臭の革袋だ。流石に長時間このままだと匂うからな」

「そんなものか?」

「そんなものだ。さっさとゴブリンを探すぞ。今日の目標はゴブリンだからな」


 シェラは皮の剥がれた魔物の遺体を一瞥した後、行く宛もなくぶらりと索敵しながら進む。


「ところでその皮は高く売れるのか?」

「……カミト。金が欲しいのは分かるが、あまりがっつきすぎるなよ。急いては事を仕損じる。今は懐に入ってくる金で満足しておけ」

「違う。確かに金は欲しいが、魔物の部位にどんな価値があるのか純粋に興味があったんだよ」


 カミトがそう言うとシェラの顔が僅かに申し訳無さそうに歪んだ。


「そ、そうか。すまない……魔物の部位は魔力が通りやすくて骨の髄まで価値がある。先程の魔導兵器にもとある魔物の核が埋め込まれていたり、この防臭の革袋も魔物の皮だったり、使い道はいくらでもある。故に高額で取引される。供給量も少ないからな」

「なるほどな。ところでさっきの魔物の骨とか回収しないのか?」

「あれは荷物になるだろう? 高ければ話は別だが、最も価値がある革は回収した。後はあいつらにくれてやれ」


 シェラはそう言うと背後に指をさす。

 彼女の指差した先を見てみると、見覚えのある男たち数人が身を潜めこちらの様子を伺っていた。


「あいつら……スラムの。どうしてここに?」

「下水施設から街の外に出たのだろう。違法なんだがな……。生きるために冒険者が捨てた魔物の死骸をバラして売っているんだ」

「危ないんじゃないか? 下手したら死ぬだろ」

「下手しなくても普通に死ぬぞ? それを承知で街から出てきているのだから仕方がない。私としては国の民が死ぬのは見てられないのだがな……」


 シェラは少し悲しそうな顔をし、スラムの住人から顔をそらした。


「止めないのか?」

「止めても無駄だ。もう何回も注意をしたが、仲間が魔物に食い殺されても辞めはしない。生きる為に必要だそうだ」

「そうか」


 生きるために街の外に出ている彼らを止める事はそう簡単ではないだろう。

 それに魔物の部位は供給量が少ないとシェラ本人が言っていた。供給量が低くそして需要が高いのであれば高値で売れるのは必定。

 命がけで魔物の死体漁りをするのも仕方がないだろう。


「っていうかどちらかと言うとあいつらの方が頭いいんじゃないか?」

「何故だ?」

「だって魔物と戦うリスクを除外して魔物の部位が手に入れられるんだろ? 確かに別の魔物に襲われる可能性はあるけど直接魔物と戦う必要はないじゃん」


「リスクに見合ってないと思うぞ? この革は大体一〇〇ソルだ。残した死骸は全部売っても一〇ソルにもならない。今日の二人分の朝食分だぞ? 朝食のために命を掛けるなんてリスクに見合ってないだろう?」


 だが、今日カミト達が食べたのはいわゆる朝食セットのようなものだ。パン単体ならもっと安い。最低でも五食分にはなるだろう。

 スラムに住んでいたカミトだから分かる事だが、数日分の食費になるなら命をかける価値は十分にある。


「今の魔物が一〇〇ソルか。先は長いな……三ヶ月で足りるのか?」

「ふむ。それは心配する必要がないだろうな。街の周辺には強い魔物が湧きづらい。離れれば敵は強くなり、強い魔物は高く売れる。それでも足りなければ世界を救うと私の前で宣言しろ。そしたらいくらでも金は出してやる」

「うっ……」


(それはとても魅力的だ……)


 しかしカミトが望むのは仮初でもいい──平和な生活。

 ユリエと一緒に居られればカミトはそれで良かった。世界を救うと宣言してユリエを取り戻してもカミトは魔王との戦いにユリエを巻き込む事を拒む。

 彼女には幸せに生きて欲しい。そうなるとユリエとは行動を共にしないほうがいい。

 それではカミトが欲した生活は結局手に入らない。


(でも……ユリエは今も奴隷商でひどい扱いを受けているかもしれない。ユリエを救えるなら、俺が我慢することで彼女を救えるなら……)

「くっ……分かった。世界を救──」

「冗談だ」

「は?」


 カミトが自分自身の感情を押し殺し頷こうとした瞬間、シェラがあっけらかんとそう言ったので、カミトはポカンと放心状態になった。

 そんなカミトの表情を見てクツクツとシェラは笑う。


「私のお願いを蹴った仕返しだ。そもそも私にそんな高額のお金を支払える余裕はない」

「お、お前っ。言っていい嘘と言っちゃいけない嘘があるだろ! 今のは言ったら駄目な嘘だぞ⁉」

「わ、悪かった。そこまで真に受けるとは思わなかったんだ」


 シェラは申し訳無さそうに頭を下げるが、カミトは若干不機嫌そうに眉を寄せていた。


「まぁ分かってたよ。そんな簡単な話じゃないってな」

「……きょ、今日の報酬は全額お前にやるから拗ねないでくれ。確かにお前にとっては残酷すぎる嘘だったかもしれない。私も反省している」


 しきりに頭を下げるシェラを見てカミトは虚ろな目をして小さくため息をついた。


「はぁ。死のっかな」

「はぁ? ちょ、ちょっと待て。落ち着け、お前に死なれては困る。一回冷静に考えるんだ。お前が死んだら誰がユリエ・ランドールを救うんだ?」

「……冗談だぞ」

「き、貴様。それは言ってはいけない嘘だぞ。それにお前の嘘は分かりづらい! 瞳が虚ろで本気かと思っただろう!」


 シェラは不満そうに頬を膨らませ、カミトへ細剣を振るう。

 反射的にしゃがみ込んだカミトは頭の上を細剣が通り過ぎたのを察知し、冷や汗を流した。


「ちょ、ちょっと待て。死ぬ。当たったら死ぬっ」

「今先程死にたいと言っていただろう! 殺してやるっ」

「死にたいなんて言ってねぇ! マジやめろ! 当たったら怪我じゃすまないぞ⁉」


 カミトは猛々しく細剣を振るうシェラから走って逃げる。

 しかしシェラもカミトを追いかけ、本気で剣を突きつけようとする。二人はすっかり街の外に出ているという事実を忘れていた。

 カミトとシェラが走って廃墟を走り抜けていると、突如二人の頭上に影が差した。


「ん? シェラ! 上だっ!」

「何を言っている。誤魔化そうとしても無駄だぞ!」

「ちっ。馬鹿が」


 カミトは素早く踵を返すと、細剣を振ってくるシェラに飛びついた。シェラを押し倒した途端、カミトの頭上を何かが凄まじい速度で過ぎ去る。

 顔を上げ魔物の正体を見ると、そこには紫の羽と禍々しい翼をした大きな鳥の後ろ姿があった。

 大きさは一メートル程度。鉤爪も恐ろしく尖っており、掴まれればそれだけで皮膚が切り裂かれるだろう。


「大丈夫か? シェラ」

「あ、あぁ。すまない。あれはウルコンドルという魔物だ。逃げるぞ」


 シャナは素早く立ち上がるとカミトの手を掴み一心不乱に走り出した。

 背後から追ってくるウルコンドルを見てカミトは叫ぶ。


「お、おい。戦わないのか?」

「勝てるわけがないだろう! それともお前は空を飛ぶ魔物に対する対抗手段を持っているのか?」

「無いけど、さっきのお前の不死鳥の一撃(フェニックスドライブ)なら倒せるんじゃないのか?」

「無理だ。というか当たらないっ。伏せろっ!」

 シェラがカミトを押し倒す。

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