第14話 当たり前の事実

 シェラの部屋に向かったカミトは、髪を乾かしたシェラに事情を話し、ようやく落ち着きを取り戻していた。


「なるほど。……ユリエ・ランドールという少女を買い戻す以外の手段で取り戻すのは難しいだろうな。奴隷に関する法整備はかなり複雑でな……法的に取り戻そうとすると数年は時間が掛かる」

「そうか……だったら金を稼いだ方が手っ取り早いって事だよな?」

「だが、今の様子だとお前、死ぬぞ。ユリエ・ランドールが気になりすぎて戦闘に集中できないだろう?」

「あぁ。そうだな……正直今もユリエが買われるんじゃないかって不安で落ち着かない」

「ならばその奴隷商に私が声をかけよう。しばらく買い手がつかないようにしろとな」


 そうシェラが言った瞬間カミトはパッと顔をあげた。


「できるのか?」

「あぁ。私はこう見えてもこの国の姫だからな」

「は?」

 突然突きつけられた真実。


「え……あれ?」


 カミトの脳裏に目の前に少女へ行った様々な失礼な行為が脳裏を過る。

 出会った直後に見た彼女の痴態。そして『姫』の頼みを蹴り逃亡した事。さらについ先程の強引な呼びつけからの脅迫にも似た行為。

 普通に極刑にされてもおかしくない行為の数々。

 今になって思えばシェラの頼みを蹴った直後にスラムへ逃げたのは正解だったのでは? とすら思う。

 そんなカミトの引きつった顔を見てシェラはフッと笑った。


「ふん。今更態度を変えなくていいぞ。元々私は自分の立場を隠してお前に接触していたからな。と言うか名前で気がつけ。この国はメルシア王国だぞ?」

「そ、そうだったな。まぁいいや……それじゃあ早く冒険者ギルドへ行こう」

「待て。もう夜だぞ。それに奴隷商に私が声をかけなくてはならないだろう?」

「そうだったな。それじゃあ俺はどうすれば……」

「ここで待ってろ。……部屋の物に触れるなよ!」


 それだけ言うとシェラは部屋から出ていった。すぐにカミトは立ち上がり、部屋の中をウロウロと徘徊する。

 シェラに事情を話しある程度落ち着いたとはいえ、今のカミトは心の支えたるユリエを失い、膨れ上がる不安に押しつぶされそうになっていた。

 無心でひたすら部屋の中を徘徊し、それが十分、二十分と続く。

 そしてそろそろ部屋を飛び出しシェラを探し出そうと思った直後、部屋のドアが開いた。


 部屋に入ってきたシェラは真っ先にカミトへ一枚の紙を突き渡す。


「話はつけてきた。王家の紋章をチラつかせて脅迫した。それでしばらく買い取りできないようにしてきた」

「人身売買が犯罪ならユリエを取り戻せるんじゃないのか? そういう法律はないのか?」

「そういう法律はある。だが彼女を売ったのは騎士だろう? 騎士は国王──私の父が直接選定する仕組みになっている。つまり騎士は国王の権力に守られているのだ。だから犯罪の証明は難しい。仮に犯罪であることを証明してもその罪事かき消される可能性がある」


 犯罪の事実をかき消されればユリエは正当な手段で奴隷として売られた事になってしまう。その場合はシェラの脅迫の意味はなくなり、すぐにユリエの買い取り相手が出てくる可能性がある。

 エドガーの犯罪を指摘し、国王の権力で罪をかき消されるのはカミトにとっても都合が悪かった。

 しかし目の前にいる少女は国王に次ぐ権力を持っているはず──。


「でも……お前はこの国の姫なんだろ? だったら……」

「無理だこっちにも色々あってな。それに件の騎士は──死んでいた。死んだ騎士は生前に行ったあらゆる罪を免罪される。騎士の自白もできない。私にできたのは王家の紋章をちらつかせて彼女の販売までの期間の引き伸ばすことだけだった」


 エドガーが死んだという事実を聞いてもカミトの心は動かなかった。むしろ胸の奥に渦巻いていた怨念のような感情が僅かながらに薄らいだ。

 唯一悔しさを感じたのはエドガーが死んだ事で、彼からの自白が不可能となり、ユリエを正当な手段で取り戻す事が難しくなったということだろう。


「そうか……でも助かった。これで猶予ができたんだよな?」

「あぁ。期間は三ヶ月だ。その間に数千万の大金を稼ぐのは相当難易度が高いだろう。だが、私にもお前が強くなることにはメリットがある。手伝ってやろう」

「助かる。それじゃあ冒険者ギルドへ行こうか」


 カミトが部屋の扉に手を掛けた途端、シェラはカミトの肩を掴んだ。

「待て。お前は一度休め。三ヶ月は時間があるんだ。焦る必要もなかろう」

「……そうだな。ちょっとだけ休ませてもらう──ところで俺はどこで寝れば良いんだ?」

「は? 先程までお前はどこにいたんだ?」

「安宿に泊まってたけど、引き払った」

「はぁ……仕方がない。床で寝ていいぞ」

「そうか。サンキュー」


 カミトはその場に倒れると、疲れていたのかすぐに寝息をついた。


 目を開くとシェラがカミトの顔を覗いていた。

「起きたか。冒険者ギルドへ行くのだろう? 準備をしろ」

「分かった。それじゃあすぐに行こう。準備は出来てる」


 そう言って武器を手にして、部屋から出ていこうとするカミトの肩をシェラは掴んだ。

「待て、朝食は取らないのか?」

「そんなの後でいいだろ」

「駄目だっ。お前は冒険者というものを舐めている。取るべき栄養素はきちんと取れ。いざという時に力がでないと死ぬぞ」


 シェラはカミトに顔を近づけると眼前数センチからカミトを睨みつけた。

(確かに……この世界の魔物はあまりにも強い。空腹で力が出ずに俺が死んだらユリエは救えない……)


「分かった。食事を取ろう」

「ふん。それなら下に行くぞ。この宿屋の酒場でそこそこまともな食事が取れる」


 シェラはカミトの手を引くと階段を降り、酒場へ向かった。

 酒場につくとシェラは酒場の主人に向かって手をあげた。


「マスター。いつものやつを二つ」

「はいよっ」

 マスターと呼ばれた者が急かせか準備を始めるのを見ながらカミトは椅子に座った。


「それで? 昨日聞き忘れてたけど、エドガーはどうやって死んだんだ?」

「聞きたいのか?」

「当たり前だ」

「魔物に喰われた。奴の遺体は影も形も残っていなかった。あったのは血溜まりだけ。それからお前に対する恨み言が書かれた手紙が一通ということらしい。近くにいた騎士にきいた話だ」


 恨みや怒り、そして復讐は伝播する。

 実際親友を失ったエドガーの復讐心はカミトに伝播し、今もなお絶え間なくカミトを突き動かす衝動となっている。


「そうか。街に魔物が入ったのか?」

「元々スライムなどは下水から街に入り込んでいるし、おかしな事ではないだろう? もちろん問題の魔物はすぐに討伐された」

「悪いことをすれば罰は帰ってくるんだな。ざまーみろ」

「だがお前も件の騎士を殺そうとしたのだろう? 同罪だ」

「まぁそうだな」


 そんな雑談をしている内にカミトとシェラの前にサラダとパン、それからスープなどの朝食セットが置かれた。


「今日は私のおごりだ。魔物討伐をして稼いだら返せよ」

「あぁ。ところで貨幣価値について未だによく分かってないんだが……教えてくれるか?」

「ん? ユリエ・ランドールに教わったのではないのか?」

「いや、基本的にユリエにまかせていたから分からない」

「そうか、なら……」


 そう言ってシェラは財布を取り出すと中に入った紙幣を一枚一枚机においた。

「これが銅魔紙幣、これが銀魔紙幣、これが金魔紙幣それから白金紙幣。銅から順番に一ソル、十ソル、百ソル、千ソル。ちなみにこの朝食は五ソルだ」


 その説明を聞きながらカミトはユリエの買い取り価格を思い出していた。

(確かユリエの買い取り価格は三〇〇〇万。販売価格になると倍程度に跳ね上がると仮定して六〇〇〇万程度……)

 ざっとこの朝食、千二百万食程度、四百万日分の食費と同等。一万年分の食費代。


「もしかしてユリエってすごく価値があるのか?」

「そうだな。私もチラリと姿を見たがあの容姿……それから戦闘種族の双星族。性的、武力的どんな使い方も出来る。高値がつくのも当然だ。それでも高すぎるとは思うがな。買わせる気が無いんじゃないかと疑う値段だ。正直貴族でも簡単には手を出せないだろう」

「そうか……」


 カミトは目の前に置かれた朝食をぼんやりと眺める。そんなカミトを見てシェラは不思議そうにカミトの顔を見つめた。


「食べないのか?」

「あ、あぁ食べる」


 近くにあったスプーンと手に取ると、スープをすくい口に運ぶ。彼は味に特に言及することなく顔をあげるとシェラを見た。


「……早く喰って冒険者ギルドに行こうぜ」

「そう急かすな……ところでお前、今どれくらいのレベルだ?」

「ん? 一〇だっけな」

「ほう。魔物と戦いたくないと言っていた割に多少は戦っていたのか」

「まぁスライムをちょっとな」


 実際はちょっとどころか五日に一度の頻度で様々な魔導施設にいる多種多様なスライムを討伐していた。

 最近はスライム討伐にも慣れ、ユリエとの雑談を交えながらのスライム討伐まで出来るようになっていた。


「それで? レベルがどうかしたのか?」

「あぁ。冒険者ギルドは入場するのにレベル制限があるんだ。ちょうどレベル一〇だったな」

「そうか。なんでレベル制限を掛けるんだ? 年齢制限はかかってないのか?」

「入場制限がレベル一〇だ。この世界が魔界化するのと同時に冒険者ギルドもルール変更を行ったのだ。加入するには別の条件がいる」


 シェラはパンを頬張りながらも淡々とカミトに事情を説明する。カミトもこの世界と向き合うと決めて真剣に話を聞く。

「他の条件ってなんだ?」

「まぁそれは向かいながら話そう」

 朝食を取り終わったシェラは立ち上がりながらカミトへそう言った。

「分かった。行こうか」

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