第12話 一週間ぶりの食事
一時間後。
スッキリした顔で浴室から出てきたカミトは、着替えの服がない事に気がついた。浴室で服が乾くまで待機するのも手だが、既に一時間も脱衣所の外でユリエを待たせている。
しかし、今のカミトは服を洗ってしまった為、腰にタオルを巻くだけの姿。
どうしようかと悩んでいると、部屋の方からユリエの声がする。
「カミト? お風呂から出たんですか?」
脱衣所の扉が開き、ユリエがカミトの方を見ようとした瞬間、カミトは手をのばす。
「ちょ、ちょっと待て! 今こっちを見るな。服を乾かしてるから裸なんだよ」
「そうですか。ではもう少し待ちます」
「あぁ頼む」
再びカミトに背を向けたユリエを見て、カミトは彼女の後ろを通り濡れそぼった服を窓際に乾かす。
そのまま脱衣所に戻ろうとしたが、何処と無く寂しそうな雰囲気を醸し出すユリエの背中をみて、小さくため息をつくとユリエと背中合わせに座った。
「悪いな。脱衣所って少し寒いからしばらくこうさせてくれ……」
「わかりました」
ユリエはカミトの後ろでコクリと首を縦に振る。
「……それで何かお金稼ぎの方法あるか?」
「一番いいのは冒険者ギルドに入ることです」
「それ以外で」
流石に冒険者になるのは命のリスクが高すぎる。お金の為に冒険者になってしまっては何のためにシェラの頼みを蹴ったのか分からなくなってしまう。
スライム程度ならギリギリとはいえ、なんとかなったが、流石に冒険者が請け負うような仕事は不可能だ。
「もう少し安全に……せめてスライム程度の強さの魔物ならいいけど」
「それじゃあ街の外壁周辺の魔導装置にいるスライム討伐などはどうですか?」
「んー。やっぱりそうなるか。分かったそうしよう……服が乾いたらな」
更に数時間後。
服も乾きスライム討伐も済ませたカミトとユリエはお金を握りしめ街に訪れていた。
「しかし、随分と報酬がもらえるんだな」
カミトには手渡された貨幣の価値は一切分からないが、魔法陣の描かれた札束の枚数を見るにそれなりの額だと想像できた。
ちなみに札束に描かれた魔法陣へ魔力を流すと、札束は淡く光る。
これが偽札偽造防止のための措置らしい。
(薄々気が付いていたが、この世界は魔力や魔道具などで発展していたみたいだな。まさか紙幣にまで魔力が使われるとは……)
「これで服って買えるか?」
「買えると思います。安物ですが」
「まぁ安物でいい。とりあえず替えの服を買わなくちゃ色々と危ういからな」
「危うい……ですか?」
不思議そうに首をかしげるユリエ。
やはりユリエはカミトに危機感を感じていないようだ。
「いいからさっさと買いに行くぞ」
「わかりました」
そのままユリエとカミトが向かったのは女性服を取り扱う店。
カミトは最悪、洗濯中タオル姿になってもよい。しかしユリエにそんな格好をさせるのは理性が耐えられる気がしなかった。
故に真っ直ぐ女性服を取り扱う店に飛び込んだのだ。
「カミト。どの服が良いですか?」
「ん? 好きな服を買っちゃえよ」
「……はい」
ユリエは僅かにがっかりとした顔をカミトへ向けるが、彼女が何故そんな顔をするかカミトには分からない。
「まぁ何でも似合うと思うし、動きやすい服が良いんじゃないか?」
「そうですね。じゃあそうします」
ユリエは傍にあった白いワンピースを適当に選ぶとカミトに見せた。
「これはどうでしょうか?」
「うーん。前の服と似たような服だな」
「ではこれは?」
そう言ってすぐ隣にあった黒いワンピースを突き出した。ユリエの白髪が黒いワンピースにマッチし美しい。
「うん。良いと思うぞ」
「そうですか。ではこれにします」
一切迷うこと無くそのまま会計へ向かったユリエは服を購入すると、購入した服を袋に納めカミトの方を向いた。
「それではカミトの服を買いましょう」
満足気な顔をしたユリエはカミトの手を掴むとすぐ隣の店へ引きずる。
「ちょ、ちょっと。ユリエ?」
「私が服を選ぶので安心してください」
そう言ってユリエは随分と強引にカミトを着衣室に押し込み、すぐにいくつかの服を持ってくる。
その全てが堅苦しいスーツのような服だった。
「ユリエ……動きやすい服を頼む」
「そうですか……じゃあこっちはどうですか?」
ユリエが突き出したのは街でよく見かけるような服装。一般的に冒険者と呼ばれる者達が着ている服に近かった。
「そうだな……これでいいか」
存外にカミトは着衣に関して興味がないのだった。カミトが見ていたのはデザインというより、その服に付けられた値札。
やはりカミトには値札に付けられた価値が分からないが、先程のユリエの服の約半額程度の値段だったので安いと判断したのだ。
服を購入するとカミトとユリエは外に出る。
「残りはどれくらいだ? まだ宿に泊まるだけのお金はあるか?」
「はい。三日分ですが」
「それじゃあ三日のうちに他のお金稼ぎの手段を見つけよう」
「はい」
軽い雑談とともに二人は宿へ戻っていった。
宿に戻ると、時間は七時を回っていた。
「カミト……お腹が空きました」
「俺が倒れていた間は何を食べてたんだ?」
「食べてません」
「は? 一週間もか?」
「はい。カミトがいつ起きるか分からなかったので、離れられませんでした」
つまりユリエは言葉の通りずっとカミトを見ていたのだ。何が彼女をそこまでさせるのかカミトには分からないが、それでもユリエが心配してくれていたことだけは分かった。
「それじゃあ何処か外食に行こう」
「でもお金が……」
「明日もスライムを倒せばいいだろ。街の外壁を守る魔導装置は東西南北で分かれてるんだよな? 今日は南に行ったから明日は北の魔導装置を見に行こう」
「わかりました。カミトがそう言うならそうします」
ユリエは首を縦に振るとカミトが動き出すのを待つように固まった。
しかしカミトは標識も読めなければ、外食店の場所も知らない。ユリエが動き出さなくては何処に行くかも決められない。
しばらく二人は、何故動かないんだろう、と疑問に思いながらお互いを見続けた。
「……あの。ユリエ。俺、何処に飲食店があるか分からないんだけど。手頃な店って知らないか?」
「そういう事ですか……。ついてきてください」
ようやく動き始めたユリエに従いカミトは飲食店に向かい、ユリエとカミトは一週間ぶりの食事を口にした。
もちろん二人はお腹が膨れ上がるほど食事を取ることになり、手持ちのお金はその日、一部屋を借りる分しか残らなかった。
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