第11話 見続ける視線

「カミト?」

 顔をあげるとユリエがカミトの顔を覗き込んでいた。

「あ」

 話の途中で考え込んでいた事を思い出した。


「悪い……えーとスキルの話だったよな。スキルっていうのは俺に備わった特殊な能力の事だよ」

「固有能力ということですか?」


 新事実発覚。

 能力以外に固有能力というものがあるらしい。恐らくスキルとは固有能力に近いモノだろう。『タイムディレイ』が全人類に使えるとは思えない。

 時間そのものに干渉する能力はまさに固有の能力と言えるだろう。


「そうだな。固有能力。それだ」

「なるほど」

 ユリエは納得した様子でコクリと頷くと、カミトの服を引っ張る。

「それではスライム討伐の報告へ行きましょう」


 そうユリエが言った途端、カミトは急速に意識が揺らいでいく感覚を覚えた。

 全身に力が入らない。思考が上手くできない。意識が遠のいていく……。


「そう……だ……な」

「カミト? カミトっ!」

 ユリエの声が頭に響く中、カミトは眠る様に倒れた。


 目を覚ますと温かい布団の中にいた。

 両手には柔らかい感覚が二つ。


「ん? 柔らかい? ……二つ?」

 手のある方へ視線を向けると、そこにはユリエがいた。

 ベッドの中に二人で──。

 そしてカミトの手にはユリエのつつましやかな胸がすっぽり収まっていた。


「胸……」

 困惑するカミトが顔を上げると、カミトの瞳を見続けるユリエの顔がそこにはあった。

「お、おはよう。ユリエ……さん」

「おはようございます。カミト」

「……」

「……あの、カミト。そろそろ離してくれますか?」

「わ、悪いっ」


 慌ててカミトはユリエの胸から手を離し、彼女の表情を伺う。ユリエに怒った様子は無く、何故か頬を染めていた。

 彼女の様子にカミトはホッとため息をつきつつ、今現在の状況に疑問を抱く。


「……というかここどこだ?」

「宿です」

「宿って……お金無いだろ」

「貰いました。報酬です」


 蛋白に答え続けるユリエ。たった一日ではあるが彼女の言葉数の足りない説明にも慣れていたカミトはそれだけで大体状況は理解できた。

 しかしカミトには大きな疑問が一つ。


「なるほど……ところでどうして同じベッドで寝てるんだ?」

「別々の部屋で寝る必要はないと思いました」

「いや、それはいくらなんでも油断しすぎだろ。大丈夫なのか? 色々と」

「大丈夫です。それにカミトは私が守ると言いました。同じ部屋でないとカミトを守れません」


 ユリエの真っ直ぐな瞳を見るにどうやら本気で言っているらしい。

「わ、分かった。同じ部屋なのは良いけど、せめてベッドは別にしないか?」

「無理です。お金が足りません」

「それじゃあ、俺は床で寝──」

「駄目です」


 毅然とした態度で言うユリエにカミトは困惑して頬を掻く。


「そ、そっか。なら仕方がないな」

「はい。仕方がないです」


 機械のような問答しか返さないユリエに困惑しつつ、カミトはため息をつくと上体を起こした。そのままいつものように立ち上がろうとした瞬間、ガクリと体から力が抜けた。


「おっとっと……」


 まるでしばらく体を動かさなかったかのように、体が筋肉の動かしかたを忘れたように力が入らない。

 地面に膝をついたカミトはユリエを見る。


「……ユリエ。俺どれくらい眠ってたんだ?」

「一週間です。激しい魔力失調症になっていたみたいなので」

「魔力失調症?」

「はい。《紅炉の星剣》が魔力を吸収して、カミトの保有している以上の魔力を奪い取った事でカミトの生命力にまで影響が出ました」


 どうやら魔力を吸収され続けると命まで脅かされるらしい。その事実は魔力と生命力に親密な関係性が存在する事を示唆していた。


「って言うか一週間も面倒をみてくれたのか?」

「はい。目覚めてよかったです」

「……そうか。ありがとな」


 カミトはそう言うと、再度気合を入れて立ち上がる。改めて意識をして立ち上がると、筋肉もいうことをきいてくれた。


「…………」

(やることがない……。以前はどうやって過ごしてたっけ?)

「なぁ? ユリエ。ユリエはこの一週間どうやって過ごしたんだ?」

「カミトを見てました」

「それ以外には?」

「カミトを見てました」

「…………。ずっとか?」

「はい」


 ユリエの行動に若干の恐怖を感じるが、倒れたカミトが心配だっただけだろう。

 そう思いたい……、と考えつつカミトは部屋を見渡す。


「そう言えばユリエ、お風呂とか洗濯とかどうしてるんだ?」

「そこのお風呂に入りました。服は手洗いです」


 ユリエはそう言いながら、出入り口のドアの近くに設置された別の部屋に繋がるドアを指差した。彼女が指差した方にある扉を開いてみれば、脱衣所と小さなギリギリ浴室と呼べる場所がそこにはあった。


「魔力で駆動する浴室です。安い宿と最低限の浴室がある場所を選びました」

「ん? という事は……俺が寝てる隣で裸になっていたのか? 替えの服なんて無いよな?」

「いえ、タオルは巻いていました」

「いやいや。だとしても問題だよ! もうちょっと警戒心を抱けよっ」

「でもカミトは私を襲いません」

「そ、そうだけど……」


(男として見られていない? なんとなく悲しいけどまぁいい)

 カミトは頭を掻くと小さくため息をついた。


「……俺、風呂入ってくる。流石に一週間入ってないと気持ち悪いからな」

「わかりました。ここで待ってます」


 ユリエは脱衣所のドアの前に直立不動で立つと、微動だにしなくなった。

 そんな彼女をおいてカミトは脱衣所に入ると、服を脱ぎ、腰にタオルを巻いて一呼吸して、再びドアを開きユリエの姿を確認した。


「どうしました?」

 相変わらずユリエはその場に立ち、ほぼ裸になったカミトの行動に首を傾げていた。

「ユリエ……もう少し自由にしてて良いんだぞ? 別に浴室の前で待たなくとも……」


「そうですか。それじゃあ楽にします」

 と、ユリエは言いその場にペタリと座り込んだ。

「……あの。ドアの前から退くという選択肢は……」

「ないです。万が一のことがあるかもしれないので」

(これは……退く気がないかな)

「分かったよ。ただなんか恥ずかしいから背を向けてくれるか?」

「わかりました」


 ユリエはすぐにドアに背を向けるとそのまま微動だにせず、人形のように動かなくなった。ユリエの背中は僅かに寂しそうに哀愁が漂っている様に見えた。

 もしかしたらカミトが寝ていた一週間、一人寂しい思いをしていたのかもしれない。

 そう思ったカミトは静かに歩み寄るとユリエの頭を軽く撫でた。


「風呂から出たらもう一度どこかへお金を稼ぎに行こう。そこで稼いだお金で服を買うんだ。なにかいい案を考えておいてくれ」

「はい。カミト」


 ユリエの声が僅かに嬉しそうに上ずったのでカミトは満足して、そのまま浴室へ戻った。

 浴室に戻ったカミトは周囲を見渡して困惑する。

 浴室にあるのはシャワーヘッドと浴槽だけ、水を出す為のハンドルが何処にも無いのだ。


「うーん? そう言えば魔力で駆動する浴室とか言ってたな……。何をどうするんだ? ……と言うか割と現代的な構造してるんだな」


 独り言をつぶやきつつ周囲を見渡し、魔力を流し込むような装置がないか探す。

 しばらくそうして浴室を探していると、シャワーヘッドの近くの壁に球状の水晶が埋め込まれていた事に気がついた。


「これか?」

 軽く触れてみると、水晶に残っていた魔力がカミトに逆流してきた。優しく温かい魔力の残滓……恐らくユリエが浴室を使った残りだろう。

 どことなくも胸の奥から不思議な感情が湧いてくるが、カミトは首を振り水晶へ魔力を流した。

 すぐにシャワーヘッドから水が吹き出す。


「よし、入るか」

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