第10話 〝スキル〟の謎

 流石に一レベでは不安だった事もあり、カミトは僅かに安堵する。

実際はユリエ一人でスライム程度なら倒せるのだろう。しかし約束した以上カミトも戦うつもりだった。

 カミトは貰った《紅炉の星剣》を撫でると、ユリエの小さな背中を見つめた。


「カミト。着きました」

 突然ユリエは足を止めると、外階段の突き当りに設置された扉の前に立ち、預かった鍵を差し込む。


「本当に大丈夫なのか? そもそもスライムってどんな大きさなんだ?」

「えーと。これくらいですね」


 ユリエは精一杯両手を広げて、大きさをアピールする。だがユリエの説明ではイマイチ要領がつかめない。

「な、なるほどな。とりあえず大きいわけか」

「はい」


 それだけ言うと、ユリエは扉を開き中に入った。彼女に続けてカミトも塔内に入る。扉を開けるとすぐ目の前には見上げるほど大きな装置が設置されていた。


 よく見れば設置された装置は全体のごく一部だと分かる。装置周辺の床には円形状の穴ができている。穴から生えてくるように装置は設置されており、それは天井を突き抜けている。


「もしかして、外階段が設置されている理由って……」

「はい。塔の九割は魔導シールド発生装置が占めているので、内部には入れないです」

「それじゃあここに入れる理由は?」

「入り込む魔物の討伐とメンテナンス用です」

「なるほど……それじゃあスライムはどうやって倒すんだ? 流石に剣も届かないだろ」


 カミトが言うとユリエは壁に掛けられた鈴を手にして、装置の近くの穴へ向かって歩き始めた。


「危ないぞ?」

「大丈夫です」


 穴の手前で足を止めるとユリエはチリンと鈴を鳴らす。何度かそれを続けていると、床の穴からもぞもぞとした奇妙な水音がし始めた。

 恐らく鈴はスライムを呼ぶ効果があるのだろう。そんな解釈をしているとユリエが警戒した声を上げる。


「来ます」


 それだけ言うとユリエは双剣を構え、穴の奥を睨みつける。

 次の瞬間、カミトの顔の横を何かの液体がすり抜けた。


「は?」

 振り向けば、カミトが背にした壁の一部がドロドロに溶けていた。

(や、やっぱりスライムでも化け物かっ!)

 カミトが驚愕している間にユリエは顔を覗かせたスライムに剣を振りまくる。

 踊るように、舞うように剣を振るうユリエは美しい。


「けど……ユリエっ! 周りがとんでもない事になってるぞ!」


 辺りはスライムの体液による酸でドロドロに溶けていた。ユリエの剣も僅かに溶けている。唯一救いなのは魔導シールド発生装置にスライムの体液が飛んでいない事だろう。

 と、その時。

 ユリエの死角外からスライムの触手が伸びていた事にカミトは気が付いた。

 素早くユリエに飛びつき彼女を抱えると、カミトは後退する。


「その鈴でおびき寄せられるなら一度塔から出るぞっ。これ以上ここで戦うと色々マズイ」

「わかりました」


 ユリエを地面に下ろすと、鈴を鳴らしながら二人で外階段を駆け下りる。

 背後から凄まじい速度で水気の多いスライムが這い寄ってくる音が聞こえる。


「ユリエ、スライムの討伐方法は?」

「中にあるコアを破壊することです」


 しかしカミト達を追ってくるスライムは体積が多く、到底剣が届くとは思えない。

 先にスライムの水分を蒸発させ、剣がコアに届くほど小さくさせた後に攻撃するのがベストだろう。


「分かった。それじゃあ《紅炉の星剣》で奴を蒸発させる。コアに剣が届きそうになったらユリエがコアを破壊してくれ」

「わかりました」

 作戦を立てつつ階段を駆け下りているうちに地面が見えてきた。

「準備はいいな?」

「はい」


 広い大地に降り立った瞬間カミトはスライムを睨みつける。

 同時にユリエはスライムの注意を引くように石を投げる。そのまま囮になるように高速で移動を開始した。


「よしっ。……あれ? どうやってこの魔剣の効果を発動するんだ?」

 今カミトが手にしている剣は熱が無く、剣身が白い。魔力を込めなくてはいけないのは分かるのだが、その魔力の込め方が分からない。


「取り敢えずやってみるしかないっ!」


カミトの想像以上に実際にやってみると簡単だった。

 先程魔力を吸われた際の感覚を再現してみると、瞬く間に体から魔力が吸われ、《紅炉の星剣》は赤く光り出す。


「よしっ。ユリエ今行くぞ⁉」

《紅炉の星剣》に注意を引かれていたカミトはユリエがスライムに捕まり逆さ吊りになっている事にようやく気がついた。

「すみません。捕まりました」


 着ていた服が重力に従い捲れ上がる。彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめるが、両手両足を縛られている為、スカートの下の布を隠せずにいる。

 リボンのついた白い下着や成長途中の胸が丸出しで、カミトは一瞬スライムから目を逸した。


「カミト……構わないので殺ってください」

「わ、分かった」


ユリエの恥ずかしそうな声を聞いたカミトはスライムへ向かって駆け出した。

「タイムディレイ」


 スキルを発動し、時間の流れを遅くしたカミトはユリエを拘束する触手を切り、そのまま《紅炉の星剣》を突き立てた。

 凄まじい速度で蒸気が生まれるが、時間の流れが遅い為面白いくらい蒸気がゆっくりと舞い上がる。

 その間にユリエは地面に着地し、両手に握った剣でスライムを切り刻む。

 遅延された世界でユリエの動きを見てみると、スライムの肉体にユリエの剣は触れていなかった事に気がついた。


 高速で振るユリエの剣には空気がまとっており、その空気が鉄の剣を溶かす事を防止しているようにみえる。

 そんな事を考えている内に『タイムディレイ』の効果は切れ、時間の流れが元に戻った。

 ユリエの斬撃はカミトには認識できなくなり、生まれた蒸気は正しい速度で舞い上がる。


「これで終わりです」

 ユリエの声が聞こえたかと思うと、何かが砕ける音がして、スライムは一瞬で蒸発していった。

「……終わったのか?」

「はい。お疲れさまです。それから助けてくれてありがとうございます」


 頬を染めたユリエが頭を下げる姿を見てカミトはユリエの頭を撫でる。

「ユリエこそおつかれさま。俺一人じゃ倒せなかった」

「そんな事は無いです。それよりカミトは本気を出していないんですか?」

「ん? なんで?」

「時々動きが機敏になる時があるので」


 ユリエに言われてカミトは気がついた。

 カミトの主観ではユリエ達の動きが遅くなっているのだが、ユリエ達から見ればカミトの方が高速化しているのだ。


「本気だったぞ? 高速化したのはスキルのおかげかな」

「スキル?」


 ユリエが首を傾げる。その瞬間、カミトは思い出した。

 鑑定の水晶にスキルが表記されていなかった事を。恐らくスキルという概念はこの世界に存在しない。

 この世界の住人に備わっているのは『能力』と呼ばれる技術であり、そこに『スキル』は含まれない。

 存在しない概念は鑑定の水晶に映らないのだろう。

と、なれば何故、能力とスキルの両者をカミトが持っているかが問題になってくる。


(スキルはこの世界の人間には認知できない。敢えて不都合な能力をスキルに割り当てる事で何かを隠そうとしている? もしくは『スキル』が人の能力ではない……)


 このような世界に来た以上、誰かがカミトをこの世界へ手引をしたのは間違いないだろう。その誰かが、カミトへスキルなる能力を与えた可能性もある。

しばらくカミトは俯いて考え込んだが、机上の理論を並べても仕方がない、と頭を振ると顔を上げる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る