第9話 戦闘種族:星双族
ユリエと《紅炉の星剣》の間に交わされる剣捌きは達人の域。カミトには剣の動きが一切見えない。
しかし──
「タイムディレイ‼」
カミトが叫んだ瞬間、ユリエと《紅炉の星剣》の動きがカミトの瞳にもギリギリ目で追える速度まで低下した。
だが、振られた斬撃がギリギリ見えるだけだ。《紅炉の星剣》の振る一撃がカミトへ向けられれば、回避もできずたちまち両断されるだろう。
「うおおおおっ!」
それでもカミトは雄叫びを上げると、《紅炉の星剣》に飛びかかる。そのまま《紅炉の星剣》の柄を握り込むと渾身の力で地面に突き刺した。
暴れ狂う《紅炉の星剣》は剣の柄まで凄まじい熱を持っていて、自分の掌がジリジリと焼けていくのが分かる。
それでもカミトは手を離さず《紅炉の星剣》を押さえつける。
「いい加減にしてくれるか? 剣なら剣らしく大人しくしてくれ」
カミトがなだめる様に言った途端、《紅炉の星剣》から熱気が消滅し、今までの暴れっぷりが嘘のようにピタリと止まった。
「ふぅ……」
カミトは小さくため息をつくと、地面に尻もちをついた。
「カミトっ!」
エルフの女性が唖然とする中、ユリエだけは両手に握った剣を投げ捨てカミトに駆け寄った。
「大丈夫ですか⁉ 手は」
普段のユリエとは思えない焦りの滲んだ声を上げると、カミトの手を強引に奪う。
「手を開いてください」
「大丈夫だって。大したことはないから」
「見せてください」
「……分かった」
このまま断っても無駄だと判断したカミトは手を開く。見ると痛々しいほどカミトの手は熱で爛れ真っ赤になっていた。
「大丈夫です。貸してください」
ユリエは火傷を負ったカミトの両手を優しく包み込む。淡い光とともに両手から痛みが引いていく。
「……ユリエ?」
「治癒能力があります」
それだけ言うと集中した様子でユリエはカミトの両手を見つめた。
「流石、双星族ですね~」
突然カミトの隣からエルフの女性が顔を覗かせ、ユリエの治癒を見てそう言った。
聞き慣れない単語にカミトは首を傾げる。
「双星族?」
「知りませんか? 赤い瞳と純白の髪を持ち、双剣を振るい戦場を疾風のごとく駆け抜ける。多少の回復能力を有し、自己回復まで出来る戦闘種族です。殺しても死なないとも言われますね。あくまで噂ですけど~」
「そうなのか? ユリエ」
「……はい」
ユリエは気まずそうに顔を伏せると、僅かにカミトの表情を上目遣いで伺う。彼女の瞳は不安そうに揺れていた。
(聞かれたくない事だったのか?)
カミトには双星族というのがどのような扱いを受けているのか分からない。
しかしユリエの反応からそれはあまり良くないものなのだと察した。
ユリエの事情が分からない以上、どんな言葉も意味はなさない。それは分かっていてもカミトは声を掛けずにいられなかった。
このまま放置すればユリエがどこかへ行ってしまいそうだったのだ。
「大丈夫だ。ユリエ。お前がどこの誰だろうが関係無い。ユリエはユリエだろ?」
やけどの治っていない右手をユリエの頭に乗せると、軽く撫でてやる。
その瞬間ユリエの表情が僅かに弛緩した様に見えた──しかし次の瞬間には真顔でカミトの持ち上げた右手をユリエは握った。
「まだ治癒は終わってないです」
「わ、悪い」
「大丈夫です」
数分後。
ユリエはカミトの両手を確認すると頷いた。
「治りました。カミト」
「ありがとな。ユリエ」
コクコクと頷くユリエはどことなく嬉しそうに見えた。
しかし──次の瞬間には《紅炉の星剣》を手に持ち彼女はエルフの女性へ剣を向ける。
「これはなんですか?」
「え、え~と。エルフの一族の秘宝です。《紅炉の星剣》という名前で〝触れれば溶け、振るえば大地を焼き尽くさん〟と言われている聖剣です。はい」
ユリエの行動に怯えてしまったエルフの女性は向けられた剣先を凝視している。
「ユリエ。剣は人に向けるな。危ないだろ」
カミトはユリエが握った剣を優しく手に取ると、なだめる様に頭を撫でる。
「すみません。カミト」
謝罪の言葉を述べるユリエのどことなく安心した表情を見るに、彼女は頭を撫でられるのが好きらしい。
「気にするな。今度から気をつけような」
「はい」
コクコクと頷いたユリエを見た後、カミトはエルフの女性の方を向いた。
「それで? なんでそのエルフの秘宝が暴れたんだ?」
「聖剣の防衛反応ですね~。本来の使用者とは違う者が現れ、更に聖剣の力を引き出せる力を持つ者が聖剣に触れた時、その防衛手段として聖剣が暴れます」
「な、なるほど……それじゃあこの聖剣は返す。秘宝なんだろ?」
「い、いえ。既に《紅炉の星剣》はあなたを主と認めています。本当はこんな事は起きないんですけど……どうしてですかね?」
「さ、さぁ?」
カミトは困り顔を浮かべるが、それはエルフの女性も同様だった。
「あの~。流石にエルフの秘宝を人間と双星族に渡すとなると、私の立場がやばいので定期的にここに来てくれますか?」
「は、はぁ。来てどうするんですか?」
「スライム討伐をしてくれれば……もちろん報酬は渡します」
「分かった。俺達もお金が欲しかったしな」
「そ、そうですか~。良かったです」
エルフの女性は緊張した顔を弛緩させ、ほっとため息をついた。
それを見てカミトはユリエの方を向いた。
「それじゃあスライム討伐にいこうか」
「はい」
ユリエが先行して歩き、外階段を上り始めた。
「ところでユリエ。さっきはありがとな。守ってくれて」
「大丈夫です。カミトは私が守ります」
ユリエのような女の子に守られているというのは、どことなく悔しくもあるが、実際彼女の戦闘能力は高い。
戦闘種族というのであればなおさら彼女に守られているのが正しいのだろう。
だけど、とカミトは顔をあげユリエの後頭部を見つめる。
「それじゃあユリエは俺が守る。これで対等だろ?」
カミトはユリエの後ろ姿を見ながらそう言ったのだが、いつの間にかユリエと目が合っていた。
彼女は目を丸くして、ただカミトの顔を見ていた。
「どうしたんだ?」
「いえ、守ると言われた事がなかったので」
「そうか……でも撤回はしないからな」
「はい」
ユリエは僅かに紅潮した顔をカミトへ見せないよう背中を向けると、そのまま外階段を上り続けた。
長い階段を上る最中、ユリエに気が付かれないよう小さく『ステータス』と唱え、自分のステータスを確認してみる。いつの間にかレベルが一から三まで上昇していた。
(さっきの戦闘でレベルが上がったのか。まぁこれならスライムとの戦闘にも余裕が出るかな)
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