第8話 暴走する剣

 ユリエの小さな歩幅に合わせ彼女へついていくと、巨大な石でできた塔が連なる巨大な施設へたどり着いた。

 周囲に人の気配は無く、塔の先端に設置されたアンテナのような機材から黄色い光が放たれている。


「ここはどういった施設なんだ?」

「魔導シールド発生装置です」


 それだけ言うとユリエは高くそびえる塔を見上げた。同時に塔の先端から放たれた光が強く輝く。

 名前から推測するに何かを守る施設なのは分かったが、ユリエの説明が簡潔すぎて具体的には何も分からなかった。


「……それってどういう施設なんだ?」

「空から来る魔物を防ぐ為の空の外壁です」

「なるほど……。つまりここの魔力をスライムに吸収されると、魔力で張ったバリア。つまり空に対する防御ができなくなるということか?」

「はい」


 ユリエはコクリと頷くと石塔に取り付けられた扉をノックする。

 しばらくすると塔の扉が開き、眠たげな顔をした女性が出てきた。

 あまりにも眠いのか女性の体の重心は定まっておらず、ゆらゆらと体を揺らしている。


「はい~? どちら様?」

「スライム討伐に来ました」

「うーん。じゃあ任せちゃいますね~。鍵どうぞ~」


 特に警戒もせずユリエに鍵を渡した女性は目を擦り、そのまま扉の向こうへ帰っていった。

 そのあまりにも適当な会話を目の当たりにしてカミトは目を丸くする。


「街の空を守る施設の管理人があれでいいのか?」

「問題ないです」


 妙に自身がある様子でそう言ったユリエにカミトは疑問を抱いた。


「な、なんで?」

「今の人はエルフみたいなので、人間より遥かに長い長期間の管理ができます」

「エルフ?」


 カミトは先程の女性がエルフだと気がついていなかったのだが、ユリエは彼女がエルフだと気が付いていたらしい。


「……って違う違う。眠そうな雰囲気に疑問があっただけだ。あんなにフラフラしてて有事の際大丈夫かなって思ったんだよ」

「有事の際は街が終わるだけです」

「たしかに……」


 この世界で魔物というのは一瞬で街を瓦解させるだけの力を持った驚異のはずだ。

 空に対する防壁である魔導シールド発生装置が壊れるような事があれば、それはこの街が終わる時。

 街全体を覆う外壁が壊れるだけなら、壊れた部分を修理すれば済む。


 しかしノーガードの空から襲撃が来るとなれば、防衛手段は殆どない。唯一の手段は魔導シールド発生装置を修理する事だけだろう。それが難しいなら滅びの道を歩むしかない。

 故に適当な人物が管理していても問題がないのだろう。

 一種の諦めの境地だ。


「でも定期的なメンテナンスとか……いるだろ?」

「それは専門の人を呼ぶのではないですか?」

「確かに……。それじゃあ本当に適当な奴でもいいんだな」

「はい」


 そう言いながらドアの近くに設置された塔の外階段に足をかけるユリエ。


「というか……スライムって素手で倒せるのか? 俺武器持ってないけど」

「あ……」


 今、階段に乗せたばかりの足を引くとユリエは踵を返した。

「少し待ってください」

 そう言うと、先程のエルフ女性の部屋をノックする。


「はいは~い。なんですか~? もう終わったんですか~? 早いですね~」

「武器を貸して貰えますか?」

「あ~。ちょっと待ってくださ~い」


 気だるげに部屋へ戻っていったエルフ女性。よく見ればユリエの言う通り耳が鋭く尖っている。

 エルフの特徴の一つだ。

 他にも細身であったり寿命が長いなどの特徴もあるが、それはカミトが知っているゲーム内の知識。この世界でエルフがそのような特徴を持っているかは分からない。

 だが、胸も含めた全身が細身であるのは事実らしい。

 しばらく待っていると、エルフの女性が大きな筒状の籠を手に持ち部屋から出てきた。


「これどうぞ~。好きな武器を使ってください~」


 ドサリと大きな籠がユリエの前に置かれた。籠の中には槍やナイフ、手頃な大きさの剣などなど、様々な武器が入れられている。

 ユリエはその中で剣身の長さが同じくらいの剣を二本手に取るとカミトの方を見た。


「カミトも選んでください」

「お、おう」

 カミトもユリエ同様、籠の目の前まで近づくと籠の中を覗き込んだ。

「どれが良いのか分からん……」


 ウンウンと悩むカミトは武器に焦点を当てる。すると武器に名付けられた名前が確認できた。

 鉄の剣、鉄の槍、鉄の盾……と、ありふれた名前が付けられた武器達。

 貸し出し物だから普通の武器しかないよな、と落胆するような気持ちで持ちやすい武器を選んでいると、一本だけ鉄の武器に紛れ不思議な剣が混じっていた。

 透き通るような純白の刀身をしているその剣は明らかに他の剣より浮いていた。武器に付けられた名前には《紅炉の星剣ソル・クリムゾン》と書かれている。

 見た目は片刃のようで光の刀といった印象だ。


「紅炉の星剣……」

 気になったカミトが《紅炉の星剣》を手に取ると、その瞬間全身からエネルギーを奪われていくような感覚に襲われる。

 すぐに剣から手を離そうとしたが、手は《紅炉の星剣》に吸い付いた様に離れない。


 異常な状況に焦ったカミトがステータスを開いて自分の状態を確認してみれば、急速に魔力値の値が減少していた。

 どうやら魔力を吸収されているらしい。白く透き通る剣が徐々に紅へ染まっていく姿を見ながらカミトはそれを理解した。

 その瞬間──。


「カミトっ」

 隣で焦りの混じったユリエの声が聞こえ、剣を握った彼女が素早く剣の柄でカミトの拳を叩く。

「痛っ」


 唐突に手に感じた痛みに呻き、カミトは剣を地面に落とす。だがそこでユリエは止まらずカミトへ飛びかかってきた。

 一瞬でユリエに押し倒されたカミトは、自分の上にのしかかる彼女を見つめる。


「ど、どうしたん──」

 カミトは言葉を途中で飲み込んだ。


 彼が先程まで立っていた場所を剣身が完全に赤く染まった《紅炉の星剣》が勢いよく突き抜けていった場面を見てしまったからだ。

(この世界の剣は空を飛んで使用者を襲うのか⁉)


「カミトっ」


 突然ユリエはカミトに抱きつくと、混乱して動けないカミトと一緒に地面を転がる。

 同時に先程まで二人がいた《紅炉の星剣》が突き刺さる音がする。見れば先程までカミトの頭部があった部分に《紅炉の星剣》が突き刺さっていた。

 更に《紅炉の星剣》から生み出された熱波で地面が溶け、ガラス化を始めている。


「な、何なんだ!」

「カミトは離れていてください」


 いつになく真剣な声をあげるユリエは恐ろしい速度で飛来する《紅炉の星剣》を睨みつけると握った二本の剣を叩きつけた。

 火花が散り、けたたましい金属音が響く。

 すると《紅炉の星剣》はカミトからユリエに標的を変えたらしく、達人の様に洗礼された動きでユリエに刃を振り始めた。

 ユリエも負けじと《紅炉の星剣》に二本の剣を叩きつける。目にも止まらぬ素早い剣捌きで《紅炉の星剣》を圧倒するユリエ。彼女の戦闘技術が高いことはすぐに分かった。

 しかし──。

「くっ」


 終始苦しそうな顔をするユリエは明らかに困惑した様子だった。

 恐らく独りでに飛びかかってくる剣との戦闘など経験がないのだろう。

 どこを攻撃すれば致命傷をあたえられるのか。相手が人であれば弱点はすぐ分かるが、それが剣単体となると分からないのも仕方がない。


「くそっ。なんとかしないと」


 カミトは慌てて周囲を見渡すが、近くにあるのはカミトには扱えない剣の数々と、放心したようにユリエと《紅炉の星剣》の激闘を見つめるエルフの女性だけだ。


「くそっ」

 カミトはユリエの方へ視線を戻す。

 小さな体で《紅炉の星剣》と戦うユリエは次第に体力の限界が近づいてきたのか、動きが遅くなり、やがて防戦一方になっていく。

 彼女の戦闘を見てカミトも決心する。


「やるしか無いっ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る