第7話 沈黙の心地よさ

 やがて日が沈み、表通りを歩く人数も減り始めた頃。


「ここに座っていいですか?」

 半分眠りの世界へ飛んでいたカミトへ声がかかった。

「へ?」


 顔を上げると白髪の少女が静かにカミトを見つめていた。

「あ、どうぞどうぞ」


 なぜ自分の隣に座るのか、という疑問は残ったがカミトは僅かに横に移動する。

 すぐに少女はカミトの隣に腰を下ろすと、隣からカミトを見つめる。遠くから見つめる事を辞め至近距離からカミトを見つめることにしたらしい。


「なぁ。さっきからずっと見てきてるけど、何か用があるんじゃないか?」

「特に無いです。ただあなたは信用出来ると思って。ここにいていいですか?」

「あ、あぁ。別に構わないけど」


 カミトは少女の行動に疑問を抱きつつ頷き、この世界に来てから備わった能力で彼女の名前を確認しようとした。

 しかしすぐに踏みとどまった。

 前回の失敗があるからだ。


「えーと、ところで君名前は?」

「ユリエ。ユリエ・ランドールです。ユリエと呼んでください」


 てっきり無口な娘だと思っていたので流暢に話しかけられ戸惑ってしまう。

(まぁ言葉が通じないよりましか)


「俺はカミトだ。そのままカミトって呼んでくれ」

「はい」


 自己紹介タイム終了。


「「…………」」


 そして訪れる沈黙。

 沈黙が十数分続いた所で沈黙に耐えられなくなったカミトは、人形のように微動だにしないユリエに胸に燻る後悔を告げる事にした。

 彼女になら話しても大丈夫だと思ったのだ。


「俺にはこの世界が救えたらしい。でもな……怖かったんだ。一度迫った死の恐怖が拭えなくて……逃げてきた。俺がここにいるのは自分に罰を与えたかったからだ」

「そうですか。奇遇です。私も逃げてきました。この世界の何処にも居場所が無いです。私も逃げてきました」

「そうか……。意外と俺達似てるかもな」

「はい」


 そして再び沈黙が訪れた。

 しかし今度の沈黙は不思議と居心地は悪くなかった。

 

 この日からユリエとの奇妙な関係が始まった。

 どうやらユリエはカミト同様、新たにスラムへ来た住人らしい。そして彼女はあの日助けようと手を差し伸べてくれたカミトに興味を持ったようだ。それが無言でカミトを見つめていた理由。

 その日から約一日が経った。


「カミト。水浴びがしたいです」


 特にやることも無くお互いに過去の話ができない為、熟年夫婦のような会話しか無かった状況下で突然ユリエがそう言った。


「み、水浴び⁉」

「はい。駄目ですか?」

「駄目というか……この辺で女の子が安全に水浴び出来る場所なんて無いぞ。近場に清水の湧く場所はあるけど、基本的に他の奴らが占拠してるしなぁ」


 ましてユリエとカミトはこの間のスラムの住人との喧嘩で完全にのけ者にされている。彼らに水場から退けてもらっての水浴びは難しいだろう。


「そうだな。ちょっと考えてみる」

「はい。ところでカミトは水浴びをしているんですか?」

「もちろん。一日一回な」

「そうですか」


 それだけ呟くとユリエは自分の服の匂いをかぎ始めた。

 流石に女の子が丸一日もお風呂へ入らないというのは精神的に厳しいのかもしれない。


(なんとかしてあげたいな……俺に力があれば、水場にいる住人を人払い出来るんだけど)


「それと服も洗いたいです」


 ウンウンと悩んでいたカミトにさらなる条件を追加するユリエ。

 服まで洗いたいとなると難易度は跳ね上がる。

 カミト一人であれば、服を洗い下着姿で半日生活するのだがユリエには厳しいだろう。仮にユリエが構わないと言ってもカミトはそれが嫌だった。

 加えて替えの服など無い以上、かなりの高頻度で服を洗う必要性がある。そういった様々な問題を解決しようとすると、やはりお金が必要だった。


「お、お金が欲しい。切実に……」

「ではスライムを倒すというのはどうでしょう?」

「ス、スライム?」


 カミトの表情が曇る。彼の脳裏にはゴブリンの時の失敗が過ぎっていた。

「はい。街の魔力で動いている施設にはマジックイーターという魔力を主食にしているスライムがいて、それらを倒すと報酬が貰えます」


 スライムか……。ゴブリンよりマシだと思うけど……勝てるのか、という疑念がカミトの中で膨れ上がる。


「強さはどれくらいなんだ?」

「最下級の冒険者二人でギリギリ怪我なく討伐出来る程度です」

「うーん」


 どうしてもゴブリンに出会った際の失敗が脳裏を過る。例えゲームでは雑魚と呼ばれる魔物でも油断できないのは経験済みだ。

 そんな事を考えていたカミトの表情は不安そうだったのだろう。ユリエは静かにカミトの顔を覗き込む。


「カミトは私が守ります。だから安心してください」

「……いや。俺も戦うよ。ユリエだけに戦わせる訳にはいかないからな」


 カミトはなけなしの勇気を振り絞ると、ユリエを見てそう言った。

 流石にユリエだけを戦わせるのは良心の呵責に苛まれる。それに今のユリエの話し方からすると、彼女はきっと得た収入をカミトにも使うだろう。

 何もしないのは論外だ。ヒモ男になるつもりはない、とカミトは覚悟を決める。


「それじゃあ行こうか、ユリエ」


 カミトは立ち上がると、腰を下ろしたままカミトを見上げるユリエに手を伸ばした。

「はい」

 ユリエはカミトの手を取ると立ち上がり、スラム街の出口へ足を運ぶ。

「それじゃあついてきてください。こっちです」

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