第4話 世界救済の誘い

 しかし、カミトの予想とは全く違う反応をシェラは取る。


「お前、その服はどうした。ボロボロじゃないか」

「は?」


 突然の質問にカミトは目を瞬く。

 しかしシェラはカミトの言葉に眉を寄せ、もう一度同じことを口にした。


「だから……その服はどうした? と聞いている」

「ゴブリンに襲われた」

「つまり先程まで街の外にいたのか? お前は冒険者か?」

「いや、冒険者じゃないけど」

「冒険者以外の人間が勝手に街の外に出ることは国の法で禁止されている。何故外に出ていた?」


 怒涛の質問にカミトは言葉を詰まらせつつ、なんとか捕まらずに済むかもしれないと希望を持ち始めた。


「目が覚めたら森の中にいたんだよ」

「そうか……ところでお前、名前は?」

「か、カミト……」

「そうか。カミト。私はお前が何故森にいたか、説明出来るかもしれないぞ?」

「え?」


 唐突なシェラの発言にカミトは困惑しつつ、彼女の顔を見つめた。

 冗談などを言っている様子のない真顔。

 今の状況に打開策がない以上彼女に話を聞くのはアリだろう。


「……それで? 何か条件があるんだろ?」

「ふん。話が早くていいな。条件は二つ、お前の事を包み隠さず全て話す事、二つ目は後で話す」


 あまりにもカミトに不利な話。

 しかしカミトには頷くしか選択肢はなかった。


「……分かった。それじゃあゆっくり出来る場所に移動したい。ここで話すのは少しな……」

「分かっている。私もここで話すつもりはない。ついてこい」


 そう言うと、シェラはカミトに背を向け、どこかへ向かって歩き始めた。

 カミトが逃げるとは微塵も思っていないらしい。

 実際にカミトは逃げるつもりなど無いので彼女の判断は正しい。

 シェラが向かったのは、ギルドの中にある酒場──ではなく。厳重な警備のついた宿だった。シェラは宿の主人に挨拶するとそのまま階段を上り、二階にある部屋に入った。


「ほら、お前も入れ」

「あ、あぁ。ところでこの部屋って……」

「私が借りている部屋だ。ちなみに厳重な警備がついているから夜這いに来ようとしても無駄だぞ」

「始めからそんなつもりはない。それより、どうして俺が森にいたのか事情を知ってるんだろ? 教えてくれ」


 部屋の中に入ったカミトは妙にいい匂いのする事にソワソワしつつ、シェラを見つめた。

 しかしシェラはすぐに話す事無く、部屋に置かれた椅子をベッドの前に引きずる。


「その椅子に座れ」

「……分かった」


 カミトが腰を下ろすと、シェラはベッドの縁に座った。互いに向き合うような格好になり、カミトは先程のシェラの恥ずかしい姿を思い出してしまう。

 僅かに頬が赤くなるのを感じていると、シェラがギロリと睨んできた。


「変なことを思い出すなよ」

「お、思い出してない」

「ふん。どうだかな。まぁいい本題に移ろう。カミトお前元々この世界の住人じゃないだろ」


 図星だった。

 まさかそんな事を言われるとは思っていなかったカミトは取り繕う暇も無く息を飲む。

 そんなカミトの表情を見て確信を持ったのだろう。シェラはニヤリと口角をあげた。


「やはりか。私はお前を探していたのだ! カミト。お前にこの世界の救世主になって欲しい」


 興奮気味にカミトににじり寄ったシェラは彼の肩を掴む。

 しかしカミトは混乱していた。


「ま、待て待て。いきなり過ぎて何も分からない。全部説明してくれ」

「そ、そうだったな。お前は元の世界へ戻ることは出来ない。それだけは分かった上で今から話す話を聞いてくれ」


 そう言ってシェラが話し始めたのはカミトにとって衝撃的な事実だった。


 簡潔にまとめると既にこの世界は滅んでいる、との事だった。

 魔王と勇者。

 RPGによく出てくるその二つの存在は既に戦いを終え、人類は敗北した。

 それが約三〇〇年前。

 勇者の力を吸収した魔王は止めようがなく、この世界は魔界化が進行してしまった。

 カミトがいる場所はアルカ大陸、メルシア王国──ケイディア。

 赤道を南に置き北西に広がる大陸、その最東端の国。

 勇者が敗北する前は大陸の半分以上を領土としていたメルシア王国は今や見る影もない。ケイディアを含めた十数個の都市連合の国へと成り果ててしまった。

 空いた領地を奪ったのは魔族と獣人族を含めた様々な種族だった。

 敵は魔族だけではない、この『アスク』と呼ばれる世界の住人は激しい生存競争を常に繰り返している。


 生き残る為には他の種族を殲滅する。もしくは全ての元凶である魔王を殺すしか無い。

 しかし、勇者の力を吸収した魔王を止められる者は存在しない。

 これがこの世界の現状──難易度Very Hardの世界だった。


「なるほど……それで、どうして俺が異世界人だと気が付いたんだ?」

「簡単だ。まず剣も持たず鎧も無い奴が外に出るなどありえない。そもそも街から出るなど不可能だ。そして私の名前とレベルを知っていた事。異界の住人は一方的にそれらの情報を知り得る事が出来ると聞いたことがある」

「だけどそれだけじゃ決定打に欠けるだろ? 俺が武器もなく町の外に出る真正の狂人であり、かつお前のストーカーの可能性もある」


 カミトがそう言うとシェラはフフッと笑った。


「それはないな。私はこの街に来たばかりなのだ。私の名前を知っている者はいるが、顔まで知っている者は少ない。私の名前とレベルを一発で当てるなど不可能だ。それに予め聞いていたのだ。異界の住人がこのケイディアに来るとな」

「そうか……だけど、どうして俺に救世主になって欲しいってなんだ? 悪いが俺はレベルも低いし、能力だって高くない」


 救世主になって欲しいと言っているという事は他国を滅ぼすのではなく、魔王を倒して欲しいのだろう。勇者に出来なかった事を自分が出来る訳がない。

 カミトにはこの世界を救えるビジョンなど見えていなかった。


「魔王は既にこの世界に元々存在している神を超越しつつある。既にこの世界に生まれる生命に関しても干渉を始めているのだ。これがどういう意味か分かるか?」

「……魔王より強い者が現れない、か?」

「そうだ。この世界に魔王を超える力を持てる可能性があるのはお前しかいないのだ」


 シェラは真摯な瞳でカミトを見つめると手を取った。


「もう一度頼む。この世界を救ってくれ」


 カミトはシェラの握ってきた手を話すと、彼女から気まずそうに目をそらす。


「……そう言えば俺の話をするという話だったな」

「え?」


 突然のカミトの発言にシェラは驚き目を丸くする。

 しかしカミトは言葉を続けた。


「俺がついさっきまでいた世界は平和な世界だったんだ。命の危機に脅かされる事が殆どない世界だ。魔物なんかとは戦った事なんてないし戦闘技術もない。さっきだってゴブリンに殺されかけたんだ」


 神妙な面持ちをするカミトはシェラに向けられていた期待に押しつぶされそうになりつつ頭を下げる。


「……だから、俺には荷が重い。俺には世界は救えない」


 それだけ言うとカミトは椅子から立ち上がった。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! このままでは戦争と魔族による殺戮が起きて数千万、数億の生物が死ぬことになるんだぞ! お前はそれでもいいのか!」

「ごめん……」


 カミトはドアノブに手を掛け、そのまま部屋から出た。

 シェラもカミトを止めることはなかった。それがカミトに呆れていたせいか、それとも臆病者だと思ったのかはカミトには分からない。

 それでも一度眼前まで迫った死の恐怖を拭う事は出来なかった。

 ゴブリンに体を切り裂かれ、激痛の中、血を失い手足から徐々に感覚が無くなり、意識が遠のく恐怖。その恐怖をもう一度味わう可能性のある選択肢はカミトには選べなかった。


「…………」


 行くあてもない上に、途轍もない自己嫌悪に襲われ、カミトは重い体を引きずり街を闊歩する。

 やがてたどり着いたのは、街の西端に位置するスラム街だった。

(ここが俺にはお似合いだ)

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