第3話 見てはいけないモノ
そこから僅か十分後、馬車の速度は減速し大きな壁に囲まれた街にたどり着いた。
恐らくこの世界は雑魚であるはずの魔物すら大きな驚異になるのだろう。巨大な壁で街を取り囲まなければ瞬く間に街は魔物によって廃墟にされる。
逆に言えば、今残っているのは迫りくる魔物に対する防衛措置が整っている街だけとなる。
そんな世界でも──いや、こんな世界だからこそなのだろう……街は随分と大きく人で賑わっていた。
「ありがとう。この恩は近い内に返す」
「あぁ。さっさと行け、このままここにいるとエドガーに何をされるか分からないぞ」
騎士に急かされカミトは彼に頭を下げ、立ち去ろうとした──その瞬間、騎士から声がかかる。
「ちょっと待て。最近変な噂が流れているんだ。『継承する者現れたり、かの者は長きにわたる戦いを終結へと導くだろう』どうやら教会関係の話らしいんだが、最近は魔導テロ組織の活動も活発になっているから気をつけろよ?」
「分かった。ありがとう。気をつけるよ」
それだけ言ってカミトは乗ってきた馬車を離れた。
一息つく頃には混乱した思考が落ち着き、カミトは自分を救うために騎士の一人が亡くなった事実に罪悪感を覚え始めていた。
「とりあえずお金が無いと、餓死確実だ。あの騎士の為に死ぬわけにはいかないよな」
(ゲーム起動時に選んだ能力が今の俺に備わっている以上、ゲーム的な要素が使える可能性がある。とりあえず試すべきは……)
カミトはそこまで考えると、躊躇しながら『ステータス』と呟いた。
その瞬間、カミトの眼前に星型多角形の中に描かれた自らの情報が映し出される。
大方の情報は先程の鑑定の水晶と同じなのだが、《スキル:タイムディレイ》という欄と、自分の体力値、魔力値、速度値が具体的な数値となって表記されていた。
「体力、一〇五。魔力、五〇か……。ゴブリンの攻撃で瀕死になった事を考えるとゴブリンの攻撃は一〇〇前後。レベルが上がらないと冒険者になるのは難しいか……」
一度きりの命である以上、失敗は出来ない。この世界がゲームの中だという確証が持てない以上、死ぬことも、これ以上人を死なせる事も許されないのだ。
今思えば『現在適合する世界を検索中』という文面はロードを挟む為の文字ではなく、実際に数多に存在する世界の中で、条件に合う異世界を探していたのでは……と考えられる。
そんな考察をしつつ、カミトは人混みをかき分け大通りを通り抜けた。
大通りの入り口には看板が立てられていたが、カミトには読めなかった。それでも通りの両端には服屋、食料品店、魔法道具店、奴隷商などの店があるのは分かった。
「そう言えば俺の容姿……どうなってるんだ」
カミトは丁度通り過ぎた店の前に立つと、ガラスに映った自分の姿を確認した。
ガラスに映っていたのは自分の慣れ親しんだ姿ではなかった。
静観な顔立ちに引き締まった肉体。元々の肉体より筋肉量は多く、かといって筋肉がありすぎる訳でもない。全体的にバランスの良い肉体。
服はゴブリンに引き裂かれたせいでボロボロではあるが、着ていた服は元の世界ではありえない不思議な服だった。
「髪の色が違う……。キャラクリエイトで作ったやつと一緒だ」
そこでカミトは気が付いた。
自分の姿を映した窓ガラスの奥で一人の少女が下着姿のまま盛大にすっ転んでいた。
地面にお尻を打ち付け涙目になった少女とカミトの目が合う。二人は揃ってぽかんとした表情のままお互いの顔を見つめた。
少女の年はカミトと同じ一六、一七と言ったところか。
若葉のように淡い蒼色の瞳。すっと通った鼻筋と、新雪のように白い肌。
腰まで流れた髪の毛は緋色と呼ぶほど深くなく、薄桃色だ。
少女は並外れて整った容姿の持ち主だった、初めてその姿を目の当たりにしたのであれば、カミトでなくとも目を奪われていただろう。
さらに今の少女は下着姿である。
転んだ影響か下着が微妙にズレ、際どいラインでギリギリ踏みとどまっている。
胸の膨らみは少々つつましやかだが、体の曲線は女性らしく、腰は折れてしまいそうな程に細い。
健康でしなやかな太ももの隙間からかわいらしい純白の下着が顔を覗かせていた。
その姿はあまりにも扇情的だった。
二人はしばらく固まったまま動かなかったが、一足先に我に返ったカミトは少女から視線を外した。
どうやらこの店は女性服を取り扱っている店らしい。
「逃げよう」
カミトは早足でその場を離れた。
興奮か、はたまた緊張していたのか、早まった鼓動の鳴る胸に手をあてカミトはあてもなく歩く──が、背後から凄まじい速度で足音が聞こえてくる。
次の瞬間、カミトは肩をガッツリ掴まれた。
「お前っ。こっちを向け!」
怒りに満ちた少女の声、恐らく先程の下着姿の少女だろう。
カミトは諦念の気持ちとともに振り向いた。
そこには女性らしい服装と、鎧を身に着けた先ほどの少女が息を荒げて立っていた。
「この覗き魔。私の下着姿を見ておいて逃げようなんていい度胸だな。衛兵所にいくぞ」
カミトの手を掴んだ少女はその細腕では考えられないような力でカミトの手を引く。
「ま、待ってくれ。勘違いだ。俺は自分の姿が確認したくて、ガラスを見ていたんだ」
「ほう? ならば何故逃げた? ガラスに映った自分の姿を見ていたなら逃げなくてもいいだろう? 嘘なんだろう? さぁ、衛兵所に行くぞ!」
有無を言わせないその口調に、従いそうになったが、このまま牢に入れば身元不明のカミトがどのような扱いを受けるか分かったものではない。
なんとかこの場を脱する機会はないかと、周囲を見渡していると、突如カミトの瞳にとあるモノが映し出され始めた。
それはゲーム内でいうプレイヤー名に該当する部分だった。
道行く人、そして目の前にいる少女の名前がカミトには見えていた。
「シェラ=アレクシア・フォン・メルシア、レベル二一」
そう口にしたのはほぼ無意識だった。
しかしそれを聞いたシェラは目を見開き、カミトの顔をまじまじと見つめた。
「何故それを知っている」
(まずいっ。名前とレベルを知っているとか……ストーカー扱いは確実だ)
「い、いやぁ……」
──終わった。この世界に来て何度この気持ちを抱いただろう。
今度こそ終わりだ、とカミトは思いながら小さくため息をついた。
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