愛 嬌
玄関で
驚いた
声を立てず、
石段がある。
ちょうど道路に面している部分に車庫があり、二階層が住居のドアになる。
鍵をあけるのにも
建物自体は大きくなく、こじんまりとしているが、庭は広かった。長年手入れしていないらしく、雑草が生い茂っていて、地植えの
(ああ、そうだった……)
……高い塀に囲まれた家屋は、経年変化のさまがみてとれたぐらいで、雨どいの汚れやコンクリートの黒ずみまでもが、澄んだ空気のなかに凛として浮かび上がっているように
翼は、
居間へ続く短い廊下をつたっていくと、縁側の大きな開閉窓のそばで、古い
おそらく翼の母親なのだろう。
すると、翼は携帯電話を取り出し、電話をかけた。
いきなり婦人の膝元のコードレスフォンが鳴った。なんと翼は実家の固定電話回線にかけたのだ。
《もし、もし、石沢様? 覚えておられますでしょうか? 私です、私、タナベでございます!》
翼がそんなことを言い出したのを聴いて、
どういうわけなのか、翼は“タナベ”という人物に成りすましているらしかった……。
「ひゃあ、田辺さん? あら、どうしていらしたの? 昨日はお電話くださらなかったのに……」
《……はい、ごめんなさい。昨日は所用がありまして……》
「あ、そうそう、あなた、二十四だって、この前おっしゃってらしたわね。うちにも息子がいるのよ。ええ、同じ二十四歳……もう六、七年会っていないの……わたしが悪いの……あの子を怒らしてしまって……」
《……なるほど……いろんなことがございますからね。ちょっした行き違いで……》
「そ、そうなんです……でも、わたし、前にも言いましたでしょ? 最近、急に物忘れすることが多くなって……病院で
《ええ、お聴きしました……だから、先月、ヘルパーさんも手配させていただきました》
「はいはい、よくしてくださって、助かってます……ありがとうございます」
《と、とんでもございません……》と、翼は話を合わせている。
まだ情況がわからず
ふたりは裸足のままだった。
「ね、これ、どういうこと? タナベさんて、誰?」
「うーん、タナベさんのことは、あたしも誰なのか知らない……たぶん、翼クンのお母さんの初恋のひとか、イケメンの教え子かも」
「ええっ? そ、そうなの?」
「ま、ハクシではないことは確かだけど」
「・・・・・・?」
「ほら、あたしが聴いた、翼クンが歳上のひととコソコソ話していたのは、こういうことだったわけ」
「え? でも、親子なんだから、直接、話せば済むことでしょ!」
「あたしも同感……でも、いろいろ、あるんでしょ、他人からみたら、そこまでしなくてもいいのに……とおもうようなことでも、本人たちには、すんなりといかないこと、いっぱいあるのかも。ま、あとで、翼クンに教えてもらったらいいじゃない……お母さんとの間で、一体、なにがあったのか……これからどうしたいのか……互いに話し合う時間はいっぱいあるのにさ。……その時間がない人もいるんだから、ねッ」
あっけらかんとした表情で、
「あ、ハクシは元気にしてた?」
「あれ、マミン……ハクシが結婚したの知らなかった?」
「ほんと、それ?」
「年内には……子ども産まれるみたい」
「ひゃあ……みんな、立ち直るの早いわ」
「ま、ひとによるけど、ね」
「アヤン、あ、り、が、と」
「ま、翼クンとうまく行かなくっても、ま、ほら、あたしがいるし、ね」
「あら、中村さんとの結婚、来月だよね」
「うふっ……それはそれ、これはこれ」
なにか言い返そうと慌てた
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