一章 8.因縁

冴子は、景子と出張した時の事を思い出していた。


景子が寺井物産に入社して、営業研修の終了間際だった。

会社から栗林までは自動車で二時間くらいかかる。

朝、新商品のサンプルとパンフレットを車に積み込んで、景子が運転手だった。


冴子は、景子に銀行を辞めた理由を尋ねた。

景子は、バイトをしていたのが、銀行に知られてしまったのだと云った。

県外に出張という解放感からか、冴子の問いかけに答えていた。


景子の祖母が入院していたそうだ。

景子の父は、退職金の上乗せがあったので、早期希望退職に手を挙げた。

それで兄の学資を捻出した。兄は丁度、大学へ進学した時期だった。


博子という高校時代の友達が、景子の勤める銀行へ毎日、現金を預けに来ていた。

両親が、何軒かの飲食店を経営していて、博子は、一軒の飲食店を任されていた。

景子に店を手伝わないかと、以前から話を持ち掛けられていたそうだ。

景子は、実家の助けになればと考え、事情を話して、博子の店を手伝う事にした。


「どうして、銀行にばれたの?」冴子が尋ねた。

最初は、洗い場を手伝っていたのだが、接客する方が稼げると云われた。

不安はあったが、博子に口説かれて店に出ることにした。


「銀行の取引先の人が飲みに来たんです」

冴子は、隣町とはいえ、近い場所だから、知り合いの人と会っても不思議ではないと思った。

景子は、カツラ付けて、厚化粧すれば分からないと思っていたそうだ。

「ああ、なるほどね。でも、取引先の人って、どういう人なの?」冴子は尋ねた。


「薬屋さんに勤めている人なんです」

景子が、そう答えた。

「薬屋さんって?薬局?」冴子は、更に尋ねた。

「いいえ。医薬品の卸です。眉山薬業っていう会社で経理をやっている人です」

倉本が、景子のバイト先に、飲みに来た。

景子は、直ぐに気付いた。

だが、倉本は、気付かなかったようだ。

いや、気付かない振りをしていたのかもしれない。


倉本は、時々、石鎚山銀行へ預金に来ることがあった。

景子も、月末に眉山薬業の集金を預かるため、担当者の手伝いとして、眉山薬業を訪問することもあった。

特に話をした事は無かったのだが、顔は知っていた。


景子のバイト先に飲みに来た後も、何度か、銀行に来たが、特に変わった様子もなかったし、話しかけられることもなかった。


ある日、倉本が、預金に来た時に、明日、店へ飲みに行くと小声で云った。

倉本はアルバイトの事をやはり、気付いていた。


結局、景子のアルバイトは、銀行に知れて、退職することになった。

そして、その後も、倉本は、しつこく景子に、言い寄るのだった。


冴子は、すぐに、寺井と関係の深い、眉山岡西病院の院長を訪ねた。

眉山岡西病院は、眉山薬業の得意先だ。

冴子は、眉山岡西病院を通じて眉山薬業に抗議したのだった。

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