一章 6.訃報

秋山は、午後から、ハヤブサの四国支店へ出向いて行った。

時間は午後一時半ということだったので、十分前にハヤブサを訪問した。


ハヤブサ四国支社の二階会議室には、ハヤブサの支社長が、正面中央の席に着いていた。

四月に合併する会社の社長四名と、証券会社の井本さんが、その周囲に席を取っていた。井本さんの隣に、秋山と面識のない人物が座っていた。

面識のない人物は、おそらく、木島薬品の社長だろう。


四社の出席者は、まばらに、席に着いていた。富樫課長も、すでに来ていた。

出席者は、イヨヤクの速水管理本部長と沖田課長、眉山薬業の倉本課長だ。

「岬君は、ちょっと遅れてくる」速水本部長が、秋山の疑問に答えるように云った。

「秋山君。こちらが木島薬品の木島社長です」

ハヤブサの鳥飼支社長から紹介されたのは、あの知らない顔の人だ。

こんな間近で鳥飼支社長の顔を見るのは初めてだ。

「秋山と申します。よろしくお願いいたします」秋山は、木島社長に名刺を差し出した。

「木島薬品の木島といいます」

木島社長から丁寧に名刺を渡された。

名刺には、木島薬品株式会社、代表取締社長、木島有一とあった。

秋山は富樫課長の隣の席に腰を下ろした。

「秋山君。そんな後に座るな。もっと、こっちにこいよ」

イヨヤクの沖田課長が席を立って、お茶を入れて秋山の前に置いた。

そして、沖田課長は皆の湯飲みを見て回り、飲み干している人の湯飲みに、お茶を注いでいる。


沖田課長は合併準備会の際にも、よく皆のお茶を注いでいた。

会議のお茶汲み担当のようだと、秋山は思っていた。

とても秋山には真似できない。

社長の湯飲みが空になっていても、社長に頼まれない限り、お茶を注ぐようなことはしない。

お茶のお代わりを尋ねることもしない。

秋山は、自分が飲みたければ自分でお茶を入れる。

見ると、思ったとおり、倉本課長が、嫌な顔をしている。

倉本課長は、意見が合わないと、表情に現れる。

特に、イヨヤクの沖田課長に対しては、良い感情を持っていない。


木島薬品の木島社長から、会社の謄本、組織図と従業員名簿、決算書等々、資料が配られた。

当然の事だが、取扱は厳重に注意するよう指示された。

会議の内容は、木島薬品が新会社と合併するにあたり、会社の財務内容を調査する。

そして、合併に支障の無いよう適切な処理をする。ということだ。


今回の業務については、地域的に、眉山薬業の倉本経理課長が、適任なのは分っていた。

しかし、眉山薬業の倉本課長は、今回の合併に際し、眉山薬業の総会の後、六月末日で退職することになっている。

慰留しているが、現在のところまだ回答が無いそうだ。

沖田課長と岬課長は、自動倉庫の計画と、もう一つ別件で動きがとれない。

富樫課長も実務研修で身動きできない。


つまり秋山が、その処理にあたることは、初めから決定していた。

ただ、何か問題が生じた場合を想定して、沖田課長が補佐することになった。

秋山は、木島社長と打ち合わせて、四月下旬に、訪問する事にした。

木島社長と懇意な、会計事務所の経営コンサルタント部門に所属していることにした。

会議は二時間足らずで終了した。

五人の社長とハヤブサの支店長、証券会社の井本さんが、一緒に一階へ下りて行った。


結局、岬課長は、会議に間に合わなかった。

「沖田君。今日、飲みにいかないか?」速水本部長が沖田課長を誘っていた。

明日は土曜日なので休日だ。

「今日は、こちらにいる友達と会う約束になっているんです」

沖田課長が、速水本部長の誘いを断った。

「そうか、会議が急に決まったのに、もう、飲む約束ができているんかいな」

速水本部長は、残念そうだった。

「じゃあ、しかたないな。秋山君と富樫君はどうかなぁ?後から岬君にも声を掛けて」

その時、携帯電話の着信音がした。

速水本部長の携帯電話に着信があった。

速水本部長は、席を外す事無く、携帯電話に応答した。

「はい、速水。そうか」速水本部長の曇った表情で、何度も頷いた。

「ああ、沖田君。関谷君が亡くなった。今晩、通夜だそうだ」速水本部長は、淡々と話した。

「そうですか」

関谷課長の入院は、癌の再発が理由だった。退院してから自宅療養していた。

時期は、何時になるのか分からなかったが、皆、知っていたようだ。


「どうする?すぐに戻って、支度するか?」

速水本部長は沖田課長に聞いた。

「いや、友達と会う約束があるので、会ってそれから行きます」

沖田課長は、ちょっと迷って答えた。

「そうか。じゃあ後ほど秋山君、富樫君はどうする?」

速水本部長が聞いた。

「行きますよ。少し遅くなると思いますが」秋山は答えた。

「私も、少し遅くなります」

沖田課長も少し遅れる事を伝えた。

「私は、葬儀には行きます。今日はちょっと」

富樫課長は今日は参列できないようだ。

「そっか、一日から本社勤務だったな」

速水本部長が云った。

速水本部長は、それ以上は、聞かなかった。

「はい」

富樫課長は俯いて返事をした。

秋山も関谷課長の事を詳しくは知らないが、薄々は、知っていた。

合併後の経理課長は、関谷課長に決定している。

しかし、関谷課長は復帰できない。

関谷課長が、亡くなる事を前提に、岬課長は、物流センター業務課長として、本社勤務に決定していた。

関谷課長が、亡くなった後、経理課長に就任するためだった。


「倉本君はどうする?」

返事がなかったので、速水本部長は、もう一度尋ねた。

倉本課長は、何か熱心に見入っていた。木島社長から提出された資料を見ていた。

倉本課長の、返事はなかった。

「何や?知ってる人でもいるのか?」

速水本部長は、倉本課長の見ている資料を覗き込んで云った。

秋山には、何を見ているのか分らなかった。

速水本部長が、問いかけたので、従業員名簿を見ていたのだと分かった。

倉本課長は、徳島県だから、同じ徳島県の医薬品卸業者に、知っている人がいても不思議ではなかった。


「えっ?ああ、僕は行きません」

倉本課長は、慌てて答えた。

速水本部長は、ちょっと不機嫌そうだった。

何を見ていたんだろうと思ったのか、皆が木島薬品の従業員名簿を見た。

釣られるように、秋山も従業員名簿に目を通してみた。


富樫課長は、ロビーの公衆電話へ向かった。

秋山がロビーに下りた時、富樫課長は、沖田課長と話していた。

内容はよく分からないが、富樫課長の電話の相手と、沖田課長は、知り合いのようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る