第二話 深い海の中へ


 ミキもダイビング経験者だと言うので、二人で潜ってみることにした。

 ダイビングスーツは、俺は持っていない。いつもレンタルで済ませて来た。

「お兄ちゃんのとあたしのが実家にあるから、取りに行こうか」

 乙矢の実家に来てみると、両親は二人とも出かけていて留守だったが、ミキはポケットから家のカギを取り出して玄関を開けた。

 乙矢の部屋のクローゼットにはダイビングスーツが二着あった。ミキが言うには、一つが乙矢ので一つはミキのものらしい。ミキは自分のものを着て、俺は乙矢のものを借りた。

 酸素ボンベやレギュレータ、ゲージやフィンなどの海に潜る道具も一式借りた。


 小名氏海岸に着くと、海には誰もいなかった。この辺りは海水浴場なので、夏には海の家が開いて大いににぎわっているが、冬の時期は海の家も閉鎖されていて、誰もいない。

 そういえば、この辺りに、小学校の同級生の品岡の親が経営している海の家があった。小学生の頃は、夏休みの間に、俺や乙矢やみんなで手伝ったっけ。

 子供相手なのでバイト代は出なかったけど、代わりに、何でも飲んだり食べたりしていいと言われた覚えがある。かき氷とか焼きそばとか色々もらって食べるのが楽しかったな。

 中でも一番印象に残っているのは、乙矢がお客さんの頼んだヨーグルトを運んでいた時に、二回も転んでこぼして怒られていたことだった。当時は隣のクラスだったけど、随分ドジな奴がいるなって、ものすごく印象に残っている。


 そんなことを考えながら、俺たちはボートに乗った。五分ほどしたところで喜美野中のダイビングスポットに着いた。

 ここに何かがあると言う解釈で合っているのかわからない。でも先に進むしかない。

 さあ海中に潜ろうとした時に、ミキがダイビングスーツのポケットから何かを出した。

「これ……」

 その紙は、乙矢が残した謎の付箋紙と同じ紙だった。乙矢の字で、「オナシ」と書いてある。

「アノ」「エキ」「ウミ」「イナカ」「オナシ」か。これで、アイウエオがそろった。

 やはり、小名氏海岸で合っているようだ。

 ダイビングをするのは二年ぶりだ。ミキと一緒に耳抜きの仕方からおさらいした。レギュレータを咥えるのも久しぶりだ。緊張する。

「うわ」

 ダイビングスーツを着ていても、冬の海は寒かった。

 今は12月。気温より水温は温かく15度くらいだったが、それでも冷たい水が浸みてくるようで、身体が震えて来た。  

 やばいな。これは長い間は潜れない。短期決戦で行こう。

「ミキ大丈夫か?」

 震える声で俺が尋ねると、ミキは涼しい顔のまま、全然大丈夫だよと答えた。

 強いな。さすがだ。

 乙矢が俺に何かのメッセージを残したのなら、俺のダイビングのスキルを知ってるあいつはきっと、そんなにややこしい深いところには隠していないはずだ。きっと浅いところにある。

 震えながら潜ると、行ったことのある喜美野中のダイビングスポットがあった。ここは、沈没船があって、初心者でも潜れる観光名所になっている。

 夏の海とは違う珍しい魚が泳いでいるが、ゆっくりと鑑賞してはいられないので、ライトを照らしながら手探りで俺は進んでいった。

 全く心当たりがないわけではない。俺の考える本命は、二年前に乙矢と一緒にここへ潜った時に来た、沈没船の中にある宝箱だ。

 あいつが俺に何かを託すのならきっとその中に……。


『白石、この沈没船には、宝箱があるんだ。その中には金銀財宝が詰まっていたらしい。もちろん今は取り出されてしまってもう何もないが、俺はきっと、宝箱から溢れ出して見つかっていないお宝が、この近くの海中の岩場の陰にきっとあると思っているんだ。だから俺は、ここに何度も潜りに来てる。いつかもし、本当にお宝が見つかったら、おまえにやるよ』

『いや、いいよ、なんでだよ。おまえが見つけたものはおまえのものだろ』

 二年前の会話が思い起こされる。

 ……あった。あの宝箱だ。

 俺はあの時と同じ宝箱を開けた。


 気が付くと、ミキが近くに泳いできていた。

 俺が首を横に振ると、海中でミキも首を横に振っていた。指を上向きに指して浮上の合図をしているので、俺も一緒に上がった。

 ボートで休憩しながら、ミキが尋ねる。

「どう?白石くん。そっちは何かあった?」

「いや、何もなかったよ」

 俺はそう言いながら、ポケットの中に入れたものを悟られないよう、なるべく意識しないようにした。

「うそ。ここまで来たのに、何もないなんて」

 ミキはため息をついた。

 ボートに上がってからも、俺はもう、寒さで震えるわ、ゼイゼイハアハア息が切れるわ、しばらくあおむけに休んでいた。

「あたしはもう一回潜って来るね」

 ミキは平然としてそう言って、海中に戻って行った。

 呼吸が落ち着いてくると、俺は、ミキがいない間に、さきほど海中の宝箱から見付けたものをこっそりと取り出した。

 小さなビニール袋の中に、手紙と、綺麗な石のついたチェーンが入っていた。

『海底で見つけた貴重な宝物の石です。売れば数千万円の価値があるので、白石君が持っていてください。乙矢』

 そうか、何度か潜ってるうちについに見つけたんだな、お宝の石を。

 ありがとう、乙矢。

 でも、この石を俺に託して、一体おまえはどこに消えたんだよ?俺が探してるのは石じゃない。乙矢なんだ。

 肝心な乙矢本人の行方についての手掛かりは分からなかった。

 俺は、ミキがボートに戻って来る前に、その石を再びポケットにしまった。

 その時、俺のスマホに意外な人物からの着信があった。

「もしもし……え?本当ですか?」


 俺がボートの上でストーブに当たりながら休んでいると、諦めずに何度か潜っていたミキが、ようやく海上へ戻って来た。ミキはかなりイライラしているように見えた。

「何もなかったわ。ここまでして、収穫ゼロだった。潜る必要なかったって思うと辛い」

 俺たちは、一旦諦めて浜辺に戻ることにした。

「他に何かお兄ちゃんからお宝について聞いてないの?ここまで来て、何か思い出したこととか手掛かりとか何もない?」

「手掛かりなら、あるじゃないか。ミキが着たダイビングスーツに入っていた付箋紙だよ」

「え?オナシってやつ?」

「そう。俺は、さっき、ボートに横になりながら、ずっと考えていたんだ。「アノ」「エキ」「ウミ」「イナカ」「オナシ」その文字を頭の中で入れ替えていた」

 あのいなかうみえきおなし

「入れ替えると……”品岡亜紀の海の家”……」

 俺がその言葉を口にすると、ミキも、ハッとしたようにこちらを向いた。

「俺と乙矢の同級生に、品岡ってやつがいて、そいつのうちが海の家をやっていたんだ。この近くだから、ちょっと行ってみよう」

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