第14話


 (所長は何か知っている)

 

 しかし、確かめるのが怖い蓮はしばらくアイビーの家で引きこもっていた。


「所長が最近帰ってこないって心配してたぞ」


 窓際に座りぼーっと外を見ているだけの蓮に仕事から帰ってきたアイビーが言った。


「俺だって本当の事知りたいですよ‥‥でも臆病者なんですよ」


「あの男が適当言ってる可能性もあるぞ。蓮は所長が殺しを依頼したとでも思ってんのか?」


「思ってないですよ。でも両親と写真に写ってるのに俺に今まで隠してたって事は、何か言えない訳があるんだなって」


「それと殺しは関係ないだろ。てかここでいくら考えたって解決はしねーよ。でも所長に聞けば何か一つは分かるかもしれない」


「そうなんだけど‥‥」


「行ってこいよ、一応親父だろ。教えてくれるさ」


「‥‥分かりました、行ってみます」


「寒いからあったかくして行けよ」


 アイビーは蓮に上着を貸すと玄関まで見送った。


 (なんて言うんだろう、どんな顔するんだろう。昔から知ってたとしたら、事件の事も知ってるはずだよな)


 蓮の足取りは重かった。


 (‥‥俺って本当へたれだな。おじさんはいい人だし、きっと教えてくれるはずなのに)


 自宅に着く頃には深夜になっていた。外からビルを見ると事務所の電気は切れている。


 (もう家帰ってるんだ)


 自宅を前に急に動悸と息切れを感じた蓮は階段に座り込んでしまった。


 (本当に聞けるのか‥‥?)


 どのくらい座っていたのだろう、蓮はついに決心を決め玄関を開けた。


「ただいま」


「やっと帰ってきたか!」


 頬を赤くし嬉しそうにこちらを向いた所長はリビングで晩酌をしていた。


「‥‥うん」


「なんだ、元気ないな?なんかあったのか?」


「おじさん、聞きたい事があるんだけど」


 そう言って蓮は所長の前に座った。


「なんだ?かしこまって」


「俺の両親の事なんだけど」


 蓮は勇気を出して言った。


「それがどうしたんだ?」


 所長は平然としていた。


「俺の両親の事知ってるでしょ」


「まぁ一応引き取る時に施設の人には聞いてるけどな」


「そうじゃなくて。元々知ってるんでしょ」


 蓮がそう言った瞬間所長の動きが止まった。


「何言ってるんだ?知ってる訳ないだろ?」


 明らかに動揺している所長、グラスを持つ手が小刻みに震えている。


「俺、色々調べたんだ」


 蓮はあった事の経緯を話した。


「‥‥それで、何が知りたいんだ」

 

「違うよね?」


「なにがだ」


 心なしか所長の声がいつもより低くなっていて蓮と目も合わせようとしない。


「まさか、殺人を依頼したのが、おじさんって訳ないよね?」


「お前はどう思うんだ?」


「‥‥俺は、信じたくない。正直、違うって言って欲しい」


「まぁ、その男の話を鵜呑みにして、俺と結びつけるのは少々強引な気はするな」


「そうだよね。よかった」


 蓮はその言葉を聞いて心底ホッとした。


「なにがよかったんだ?」


「えっ?」


 所長は眉間に皺を寄せ蓮を睨んでいるようにも見えた。


「親が殺されてるのに、よかった?」


「違う!そうゆう意味じゃなくて」


 蓮にはなぜ所長が怒っているのか分からなかった。


「少々強引だとは言ったけど、違うとは言ってないぞ」


「‥‥‥どうゆう意味」


 蓮は変な汗をかき出し鼓動が早くなるのを感じていた。


「悪い事は出来ないもんだな」


「‥‥嘘‥‥だよね?‥‥違うって言ってよ」


「隠し通せるとは思ってなかったけど、まさかお前が自分で突き止めるとはな」


「何かの間違いだよね?おじさんがそんな事する訳ないじゃん」


 蓮には今の状況を受け入れる事が難しかった。


「お前は一体俺の何を知ってるんだ?」


「おじさんは‥‥」


 (そういえば俺、おじさんの事何も知らない)


 蓮は初めて所長に会った時の事を思い出していた。


 (俺に里親が見つかったって聞いた時、正直この年齢で引き取りたい人がいるって事にビックリしたっけ。でもおじさんとの毎日は退屈しなかったなぁ。俺は周りの空気を読みすぎるところがあって、自分でも疲れる性格だと思ってたけど、おじさんは俺が何かしても全部笑ってくれた。期待もされなかったから、すごく楽だった。全部俺のしたいようにさせてくれた。俺にとって唯一の家族だと思ってたのに)


「俺はお前が思ってるような人間じゃない」


「‥‥どうして。‥‥どうしてそんな事」


 蓮は震えていた。


「お前の両親。誠と薫と俺の三人は大学時代から仲が良かった。いつも一緒にいて俺は薫の事がずっと好きだった。でも薫は誠といつしか付き合うようになって、大学を卒業と同時に結婚した。そしてお前が産まれた。その後も俺たちはよく会ってた。もちろんお前も一緒にな」


 (そうだ、おじさんに初めて会った時、初めてとは思えない何かを感じてたのはこれだったんだ) 


「でもな、俺はどうしても薫の事が諦められなかった。俺の親父も元々探偵やってて、大学卒業した後はそこで俺も働いてた。そして、調査してるうちにある殺し屋と出会った。魔がさしたんだ」


「‥‥魔がさした?」


「誠がずっと憎かった。もし今、誠が居なくなったら、俺と薫、お前の三人で一緒になれるとあの時の俺は思ってた。自分勝手だよな」


「そんな‥‥」


「でもまさか、薫まで死んでしまうなんて。頼んでなかった。あいつは前がよく見えなかったから通行人だと思って刺したって。墓場まで持っていくつもりだった。お前を引き取ったのは、せめてもの罪滅ぼしのつもりで十分な生活をさせてあげたかったから、時間はかかったがな」


「そんなの理由にならないよ‥‥‥どんな気持ちで俺といたの‥‥」


「‥‥すまない」


 所長は蓮の方を見ない。


「どうしてくれるんだよ。おじさんの事信じてたんだよ‥‥おじさんの事、家族だと思ってたのに」


「取り返しのつかない事をしたと思ってる」


「もうおじさんとは暮せない」


「お前の事は本当の息子だと思ってる。図々しいよな。許してもらえるとは思ってない。でも生活だけは見させてくれ」


「許せないよ。正直命を持って償って欲しいくらいだ。そのくらい今おじさんの事憎いと思ってる。もう二度と会う事はない‥‥」


 そう言って家を飛び出す蓮。


 シーンとした部屋に所長の嗚咽が漏れる。


「はぁ、はぁ‥‥」


 蓮は一心不乱に走り、自分が今何処にいるのかさえ分からなくなっていた。


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