第13話
翌朝、あまり眠れなかった蓮はなんとか気持ちを落ち着かせてアイビーの家へと行くことにした。
蓮が起きた時には所長は既に事務所に降りていた。ここ数日所長とはまともに顔を合わせていなかった。
外に出ると蓮の心とは反対に雲ひとつない晴天だった。嫌なくらい澄んだ空気に余計な緊張が増す蓮はいっその事雨でも降ってくれたらと思っていた。
ピンポーン‥‥。
アイビーは真剣な面持ちで蓮を迎えた。
「入って」
「はい」
蓮が部屋に入り椅子に腰掛けると、アイビーは早速話し始めた。
「本当は昨日言おうと思ってたんだけど、実はクリーニング店にお前と行った日、あの後一人で行ってみたんだ」
「‥‥はい」
「お前でも分かるように簡単に説明するぞ」
蓮はアイビーの目を真っ直ぐ見つめると黙って頷いた。
「まずあの臭い、薬物だ」
「えっ‥‥」
「そして、あそこを薬物の取引場所として使ってるんだと思う。空き家は足が付きにくいからな」
「でもなんで俺んちに」
「それはたまたまだと思う。お前の担当してた対象もおそらくそこで薬物を買って食ってたんだと思う。それで変な臭いが染み付いてたんだよ」
「そんな‥‥」
「それともう一つ、ご両親の事件の犯人だけど‥‥。今はもう刑務所から出所してるらしい」
「ふぅ‥‥」
蓮は自分を落ち着かせる為深呼吸をした。
「大丈夫か?」
心配するアイビー。
「‥‥もう一度‥‥もう一度行きませんか」
「分かった」
アイビーは蓮に協力すると言った手前、心配の方が勝っていたのにも関わらず一緒に行く事にした。
外はすっかり暗くなっていた。
心なしか蓮の歩く速度は遅い。蓮は真実を知る為に葛藤しながらも覚悟を決めていた。
蓮の後をアイビーはゆっくり着いていき、クリーニング店の前まで来た二人。
「アイビー、開けて」
「うん」
カチャカチャ。
アイビーが手際良く鍵を開けると、蓮は前回同様ドアを開け先に入る。中は薄暗く、ライトを照らしながら奥に進む。
(夢で見ていた部屋だ)
物はほとんどないものの、蓮の記憶が微かに甦る。蓮は床に座り両親の事を考えていた。アイビーは何も言わず蓮の側にいたその時。
ガチャッ。
入り口の方からドアを開ける音がした。
「やばい!隠れるぞ」
アイビーはそう言うと蓮と近くにあった押し入れに入った。薄暗さに目も慣れてきていた二人は押し入れの隙間から部屋を覗いた。そこには全身黒い服に身を包んだ男がいる。
「売人だな」
アイビーが耳打ちする。
蓮は鉢合わせするのではないかと気が気ではなかった。その男はなにやら誰かと電話をしている。そして、電話を切るなりこっちに向かって来る。
(えっ‥‥)
その瞬間。
バッ!
勢いよく押し入れを開けられた。
「なんだ、ガキかよー」
男は言った。
蓮は腰が抜けて動けなかった。
(終わった)
そして、助けを求めようと視線を横に向けると、アイビーは顔面蒼白で、固まっていた。
(アイビー?)
「かくれんぼは終わりだよーさぁ出て出て」
男はそう言うと、振り返りまた電話をし始めた。
「アイビー?アイビー?」
蓮の呼びかけにハッとするアイビー。
「あのさ‥‥言うべきか迷ったけどお前の為だと思って言うよ」
「なに?」
「‥‥この男、蓮の両親殺したやつだ」
‥‥ドックッッ‥‥‥。
蓮はさっきまで怯えていたのが嘘みたいに頭に血が上っていくのが分かった。そして、
「‥‥おい」
蓮は押し入れを出て男に向かって言った。
「は?俺の事?」
電話をしながらこちらを振り向いた男は平気な顔をしている。
「お前ここがどこだか知ってんだろ‥‥」
蓮の声は震えていた。
「は?何言ってんだこいつ」
「15年前、ここで俺の両親殺したのお前だろ」
「もしかしてあん時ガキもいたのかよ、気づかなかったなー。それで?復讐でもするつもり?」
男は悪びれる様子もなくポッケからタバコを取り出し火をつけた。
「なんでだよ。なんで‥‥うちだったんだよ!」
「えっ?お前なんも知らねーの?確かにお前の親殺したのは俺だけど、頼まれてやっただけだから」
「は‥‥?」
「あっ、言っちゃいけないんだったー。まぁいっか。どうせお前らももうすぐこの世とはおさらばだしな」
そう言うと男はナイフを取り出す。
「‥‥誰に頼まれた」
蓮は男を睨む。
「いいよ、どうせ死ぬし教えてあげる。名前は知らない。でも確か探偵事務所やってたなぁ、今もしてるかは知らねーけど。黙ってたら一生保障してくれるって言うから大人しく刑務所にも入ったのに、だりーなー」
(探偵事務所?)
男が二人に近づいてくる。
(もういいや‥‥ここで死ねるなら)
蓮は絶望と疲れで諦めかけていた。
その時。
ガチャッ!
「動くな!」
警察が来たのだ。
「チッ!くそっ!俺は何もしてねーからな!」
警察が来た所で蓮は力果てて膝から崩れ落ちた。そして、男は叫びながら連れて行かれた。
蓮と男が話をしている間にアイビーが通報していたのだ。
「蓮、立てるか?」
アイビーが手を差し出す。
「はい」
やっとの事で立ち上がった二人は勝手に空き家に入った事を警察に注意されただけで済んだ。
「とりあえず帰るか」
「はい」
帰る最中も蓮はずっと元気がなかった。
「飯、食って帰るか!」
アイビーはそう言うと、返事も聞かずに以前行った店にまた蓮を連れて行った。
「またここですか」
「またっていうか毎日ここで食べてるし」
蓮の向かいに座ったアイビーはメニュー表を渡した。
「変な人ですね」
「褒め言葉として受け取っとくよ」
しかし、食事が来ても蓮は喉を通らなかった。箸を持ったまま一点を見つめていた。
「食わねーならもらうぞ!」
アイビーは蓮のご飯を無理して食べた。
その間もずっと下を向いてる蓮。
「今は動揺してると思うけど、それも時間が過ぎれば昔になる。あの男が言ってた事が本当なら、これからもっと傷つく事になるかもしれない。お前がしたいようにしろ。側にいてやるから」
アイビーはそう言うと、蓮の手を握った。
「ありがとうございます」
二人は店を出るとアイビーの家に帰った。
「所長に連絡しとけよ、あまり外泊ばっかりしてると心配するぞ」
「はい」
蓮は所長にメールをした。おじさんが言った通り、遊ぶのに忙しいからしばらく帰れないと。
「服は適当に着たらいいから」
ソファに座る蓮に毛布を渡した。
「なんかごめんなさい」
「お前は何も悪くない、悪いやつが悪いんだよ」
蓮はそのままソファで眠りについた。
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