宇宙からの訪問者はかわいいだけじゃない

御剣ひかる

玉虫色のみどりちゃん

 オリオン大星雲の辺りから発せられた小さな流星は数秒のうちに大きくなって消え、次の日のニュースを少しだけ賑わした。SNS上でも「火球か?」「キレイだったね」と、写真や動画とともにいくつかが投稿された。

 それから一週間ほどが経ち、人々がすっかり忘れ去った頃。

 宇宙からの訪問者は、ひっそりと地上で活動を始めていた。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 璃那りなは砂遊びが大好きな五歳の女の子だ。今日も祖父が家の庭に作ってくれた小さな砂場で山を作り、トンネルを掘っている。

 木枯らしが吹く寒空の下でも、ズボンのすそとセーターの袖をまくり上げて秘密基地の建造に余念がない。

「りなちゃん。風邪ひくからそろそろおうちに入っておいで」

 母親が呼んでも「はーい」と返事だけして、目の前の山の側面をそぉっと削っている。

 璃那の経験則からして、あと二回呼ばれるまでは大丈夫だ。怒られない。

 つまり母があと二回呼ぶまでに納得のいく仕上がり、あるいはきりのいいと思えるところまで掘り進めないといけないのだ。

 これ以上ない集中力で、固めた砂を少しずつ削っていく。

 昨日は山の半分ほどで崩れてしまった。同じ失敗は許されない、大事な場面だ。

 だがそんな大切な時に、視界の端にちらっと動くものを見た気がして、驚きにびくんと体が動いた。

 璃那がじっとそちらを見ていると、ちょこちょこと動くものがある。

 虫さんかな? と璃那は首をかしげる。

 だが彼女の視界に入ってきたのは、玉虫色のうねうねと動く柔らかそうな物体だった。体高は二センチほどだ。

 こんな生き物は璃那は見たことがないし、物だとしたらどうやって動いているのか判らない。

 一番近いものに例えるなら、スライムだ。そう、某有名ゲームの敵キャラの、あれだ。

 だがそいつには目や口はない。形だけがスライムっぽいのだ。

 見間違いか目の錯覚かと璃那は不思議そうに眼をしばたかせるが、幻のごとく消えたりしない。

「ねぇ、……だぁれ?」

 ぷるぷるぷよぷよと動いているそれがじっと自分を見つめているような気がして、璃那は尋ねた。

 それは答えない。

 だがぷるんと大きく揺れてから、まるで首をかしげるかのように上部が傾いた。

 かわいい、と璃那は笑顔になった。

「わたし、りな。……おいで?」

 璃那がてのひらを差し出すと、それはちょこんと跳び乗ってきた。


 “コノ、ホシ、ノ、セイブツ、ト、セッショク、カンリョウ。……ジョウホウ、シュトク”


 玉虫色のそれからからそんな声が漏れたが璃那にはピュルピュルという音にしか聞こえなかった。

「りなちゃん、まだ遊んでるの?」

 お母さんが様子を見に来た。

 見つかったら捨てられちゃうかも。

 璃那は慌ててそれをポケットに入れて立ち上がった。


 璃那が親に隠れてそれを飼い始めて十日が経った。

 璃那は、ぷるぷるのそれに「みどりちゃん」と名前を付けていた。緑色だからという安直な理由だ。厳密にいえばそれは玉虫色なので緑とは少し違うのだが。

 みどりちゃんの存在は璃那だけが知っている秘密だ。両親に知られれば捨てられてしまうかもと危惧した璃那は、みどりちゃんにも「わたしがいないときは、かくれてるんだよ」と言い聞かせていた。

 みどりちゃんが言葉を介するかどうかは璃那には判らない。だがなんとなくみどりちゃんは璃那の言っていることを理解しているのではないか、と感じていた。

 なので璃那は幼稚園で起こった出来事もみどりちゃんに話して聞かせている。みどりちゃんは我関せずといった具合でふるふると緩やかに体を揺らしているが、いやがってるわけではない、むしろ積極的に話を聞いてくれているのではないかと璃那は解釈している。

 食事は璃那がこっそり部屋に持ってくるおかずやおやつだ。皿の上の食べ物の上に乗っかって包み込み、ぷるんぷるんと小刻みに震えながら消化しているさまが美味しそうに食べているように見えると璃那は喜んでいる。

 みどりちゃんは最初より少し大きくなった。体高は五センチほどになっている。しかし子供が可愛いとめでるようなしぐさは変わらず、璃那はますますみどりちゃんを好きになっていた。

 そんなある日。事件が起こった。

 璃那が幼稚園で男の子とぶつかって転んでしまったのだ。相手の男の子に悪意はない。他の子とふざけて遊んでいて、そばを通りかかった璃那に気づかなかったのだ。

 不幸中の幸いなことに、璃那に目立った怪我はなかった。だがお気に入りの手袋が泥だらけになってしまったことがショックだった。

 母親は洗濯をすればきれいになるよと言ってくれたが、まったくの元通りになるわけじゃないと璃那はべそをかいている。

 家に帰ってからも璃那はぐずぐずと泣きながらみどりちゃんに話して聞かせた。

「てぶくろ、どろのよごれがのこっちゃう。たつやくんがぶつかってきたからよごれちゃったんだ」

 みどりちゃんはまるで慰めるように、璃那の手の上に乗ってゆらゆらと体を揺らした。


 “璃那の敵を認識”


 みどりちゃんがつぶやいた。だが璃那にはやはりピュルピュルという音にしか聞こえない。

「げんきだして、っていってるの?」

 璃那の口元に笑みがこぼれた。

 みどりちゃんは困ったようにぷるんと震えたが、それ以上は何も言わなかった。


 次の日も、その次の日も、たつやは幼稚園に来なかった。

 風邪か何かかなと璃那は気にしていなかったが、夜、トイレに行きたくなって目が覚めた時に、両親がひそひそと話しているのを聞いてしまった。

「たつやくん、まだみつかってないんだって」

「誘拐されたって子?」

「誘拐っていうより、失踪? 防犯カメラとかに全然映ってないから手がかりないんだって」

 失踪という言葉は判らないが、たつやがいなくなってしまって見つからないということは理解できた。

 なんだか怖くなって、璃那はトイレに起き出すこともできずにぎゅっと目をつぶった。


 朝、璃那はおねしょをしてしまったことを母親に叱られた。

 そんなに強く叱られたわけではないが、夜中の両親の会話がショックでトイレにいけなかったのに、それを璃那一人のせいにされてしまってふてくされた。

「わたし、わるくないもん。おかあさんとおとうさんがあんなはなし、してたからだもん」

 つい、幼稚園に行く前にみどりちゃんを手に乗せて愚痴をこぼした。

 みどりちゃんは、ピュルピュルと声を発した。

 また慰めてくれているんだと璃那は笑った。


 その日のお迎えの時間になっても、璃那の母親が来ない。

 少しして、幼稚園の先生たちが慌ただしく速足で行き来するようになった。

 いつもの時間の一時間後に璃那を迎えにきたのは、祖父だった。

「おかあさんは?」

「ちょっとおでかけしているみたいだから、しばらくはじいちゃんといっしょにいようね」

 璃那の問いに答える祖父は微笑を無理やり浮かべているが、とても困惑していた。


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「夫婦謎の失踪! 数日前には近所の幼稚園男児も。関係性は?」

「失踪した男児と、夫婦の娘は同じ幼稚園に通う同級生」


 新聞やテレビのニュースを騒がせる事件は、未解決のままやがて忘れ去られた。

 璃那は祖父母に引き取られ、帰らない両親を待ち続けている。

 みどりちゃんがその後どうなったのかは、彼女にも判らない……。



(了)


年末の創作チャットでお題をいただきました。

お題:目の錯覚 星雲 玉虫色

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

宇宙からの訪問者はかわいいだけじゃない 御剣ひかる @miturugihikaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説