第2話 就職活動をするよ

「名前はなんとお読みするのでしょうか?」

「おっ、と申します。」

「おつ様ですか。」

「いえ、おっです。」

「おっ様ですか。失礼しました。」


このやりとりも、なかなか面倒くさい。

ちょっと変わった名前なので、知らない人が相手だとこうなるのはしょうがないが、

毎回これをやるのは面倒としか言いようがない。


ギルドに通い始めて、はや数日。

とは言え、そろそろ覚えて欲しいというか、

そもそも事務処理のほうでルビでも振っておいてくれないのだろうか?

単純な疑問がふっと涌いてみるも、誰も気にしてないってことか、

と一人で理解する。ちなみに納得はしていない。


毎回誰かが質問して、毎回同じ返答をして。

これに意味はあるのだろうか?

というか、わざわざこれを何回もやらされるほうの身にもなって欲しいのだが。


こういうちょっとしたことで、イライラはするし、ストレスというものは溜まっていくのだと思う。


なんて思っていると、ふいに声をかけられた。

「すみません、ちょっとお話良いですか?」

「は?はぁ…。」

なんだか良くわからないが声をかけられてしまった。

なんの用だろう、なんて怪訝な表情をしていると、

「ボク、勇者をやってる木村って言います。」

自己紹介と一緒に名刺を差し出された。

「これはこれはご丁寧にどうも。俺はおって言います。」

「いやーおっさんですよね。近くにいたので聞こえてしまって。面白い名字だなーと思ってつい声をかけてしまったんですよ。オッサンのおっさんなんつって。」

「あっ、はい。」

なんだ?もしかしてそれが言いたかったのか?

なんというか、それだけの理由で声をかけたのだろうか。

なかなかの勇者だな。いやそれで実際勇者なんだからな。

勇者って言うのは、とにかく勇気があるやつなんだな。


なんて思っていると、この後一緒に食事でもどうか?ということになった。

よく知らない人を食事に誘えるな、とつくづく勇者の行動力に感服する。


それでホイホイついて行ってしまう俺。

着いたところは前にも来たことがある定食屋だった。


「おっさん、実はボク、仲間を探してましてね。」

「へぇ。」

ちょっと慎重に返事をする俺。

「まぁ、いきなり仲間にってのは急過ぎるでしょうから、一度一緒に冒険してみませんか?」

「あぁ、まあそれくらいなら良いですよ。」

なんて言って快く了承する俺。


どうやら勇者はまだ駆け出しで、仲間募集中。それでギルドに募集をかけに行ったところ、たまたま俺を見つけたってことらしい。

まあ、こっちとしてはちょうど無職になったわけだし、雇ってくれるならどこでもかまわないんだが。

とは言っても、給料だとか、いろいろ心配する要素はある。


勇者は俺とは違って、ものすごい若かった。

まだ10代で、冒険者としてもまだまだ歴が浅い。

それでも、仲間を集めて冒険しようってんだから、勇者ってのはつくづくすごいな、と思う。

こっちは誰かになんとなくついていけば良いや、くらいにしか思ってなかったから。


勇者は仲間と連絡を取って、一緒に行ける日を決めた。

向こうはまだ学生なのだろうか。土日なら集まれるということだった。

それで週末に一緒に集まろうということになり、今日は解散ということになった。


「それじゃあまた。」

「はい。また今度。」


(なんだかわからんが、予定ができたな。)

しばらく特に予定もなく、ぶらぶらとしていたが、そろそろまた冒険の日々か?

正直言うと、ちょっと残念でもある。

でもまあ、まだお試しだし?ちょっとお遊びみたいな感覚で行けば良いかー。

かなりお気楽な俺だった。


週末。

勇者との待ち合わせ場所に行ってみる。

すると、既に勇者たちは来ていて、なんとも気恥ずかしいが、そこに声をかける。

「木村さん!おはようございます!」

「あっ!おっさん!おはようございます!」


元気に挨拶を交わす二人。

そして、それを見ていた仲間はちょっと引いていた。

「お前、この人のことおっさん呼ばわりとか、ちょっとどうなの?」

すると、すかさず勇者。

「違うんだよ、この人の名前は『おっ』って言うんだ。だからおっさんってのは失礼でもなんでもないんだよ。」

「え?マジで?」

なんてやり取りをする。

こちらとしては毎度のことながら、少し気恥ずかしい。

ただ、名前のおかげか、親しみやすい気はする。

そこは名前に感謝と言えなくもない。


「じゃあ今日は自己紹介も兼ねて、簡単なダンジョン攻略と行きましょうか。」

さすがだな、と勇者に関心しつつ、俺はついていく。


勇者のパーティはまだ低レベルではあったが、今回俺がいなくても十分攻略可能なレベルのダンジョンを選択していた。

この勇者、なかなかできる。

俺の中で、勇者の評価が上がっていく。


そして、冒険開始。こっちは余裕なレベルなもんで、気楽に進む。

しかし、勇者たちはそうもいかない。

それを察した俺は、先頭でずんずん歩いてもしょうがないので、一番うしろからゆっくりと着いていくことにした。


途中それなりに敵と遭遇するも、苦戦することなく進み、サクサクとダンジョンボスまで来ることができた。


「よし!ボス戦だ!気を引き締めていくぞ!」

何て言って鼓舞する勇者。なかなかできる勇者だな。


ボスモンスターの出現!

ボスの周りには雑魚も一緒にいる。


「おっさんは雑魚をお願いします!」

「わかった。」


俺は雑魚の相手をする。

その間、勇者たちはボスに集中する。

なかなか良い采配だ。


とは言え、勇者たちだけでは苦戦しそうだな、と思った俺は、

雑魚を早めに倒した。


「こっちは片付いたぞ。手伝うか?」

と俺が言うと、勇者たちは驚いていた。

「え?えっと、じゃあお願いします!」


別に俺が加勢しなくても良いかなーどうかなーなんてちょっと迷っていたが、

手伝って良いらしいので、少しだけ手伝って、ボスも難なく倒すことに成功。


「いやーお疲れ。」

「あ、はい。」


あまりにもボスを簡単に倒せてしまったので、拍子抜けというかんじの勇者たち。

もしかして、手伝い過ぎたかな?勇者たちに、ちゃんと経験値入ったかな?

なんて心配をしている俺。


ダンジョンの帰り道はなぜかみんなと距離があった。

あれ?なんかおかしいな?なにこの雰囲気。

みんなはなんかヒソヒソ話してるし。

なんか距離感じちゃう。おじさんちょっとさみしいなー。

君たち若者だけでなんか壁作ってる?

おじさんちょっとヘコんじゃうなー。


そして、ダンジョンから出た。

これでもう解散かな、と思いきや。

一緒に食事しようということになった。

え?良いの?おじさんも一緒で良いの?

どっちなの?おじさん困惑しちゃう。


「いや、おっさんすごいですよ!今日なんてものすごい楽でしたし。」

「え?そうなの?なんか邪魔しちゃったかなって、逆に心配しちゃった。」

「いやもう。めちゃくちゃ助かりましたよ!」

なんつって、終始俺を褒める勇者たち。

俺をそんなに褒めてもなんにも出ないよ。ガハハ!ってなもんだ。

まあこれが経験ってもんだよなあ。

伊達に長年冒険者やってないってんだよな。

役に立てたということに、少なからず喜びを感じる俺。

なんだか、今までにない充実感。

前にいたところでは味わえない感覚ではあるな。

でもまあ、俺みたいな熟練の者が初心者用のダンジョンに来てるんだから活躍して当然か。


「それじゃあ今日の冒険の分配を始めます。」

みんなが食べ終わった頃に、勇者はなにやら金勘定を始めた。

なんだこの勇者は?会計もできるのか?


大人しく見守る仲間たち。

「えーと、これがそれぞれの取り分になります。それで、これがおっさんの分ですね。はいどうぞ。」

「え?」

俺の取り分?なんだそれ。

今回の冒険でそんなものがもらえると思っていなかった。


「いやいやいや。こんなにもらったら悪いよ。」

「そんなことないですって。これは正当な報酬ですから。」

「いやでも…。」

なんて俺が戸惑っていると、勇者はやれやれというかんじで、

「それなら今回の明細を説明しますよ。良いですか?」

「え?」

テキパキと懇切丁寧に今回の収支を報告してくる勇者。

「以上のようになるので、これはもらって当然の金額となるわけなんです。わかりましたか?」

「う、うん。でもなんだか悪いなあ。」

「まだそんなことを。」

「いや、もうわかったって。」

なんだか思ったよりしっかりしていて、ビックリする。

いや、それに加えて報酬までもらえるとは。

今回はちょっと子どもの遊びに付き合ってみるか、くらいのつもりだったから、

まさかこんなことになるとはおもっていなかった。

なんだかすごいな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る