第49話 ヤンデレ同士の賭けごと

「まじでムカつく。その女を庇うために言葉を選んで......。彩咲ささに嘘の愛を囁くとか、本当の本当に、ありえないよ」


「っ!?」



予想していたポジティブな反応とは真逆の、悲しみに塗れたネガティブな反応だったけど、その言葉から彩咲の感情の理由がわからないほど、俺はノータリンじゃない......と思う。


彩咲は俺の心が完全に真霜ましもさんに残ってることをわかってて、その上でどう答えるかを試してたんだ。

結果、俺はなんとかして真霜さんの安全を確保しようと、想ってもいない空虚な愛を囁いただけ。


僕の行動が彩咲ではなく真霜さんのためだけに練られたものだと気づいたから。

彩咲には恐れ以外のどんな感情もそこにはないことを悟ってしまったから。


だからこそ彩咲にとって俺の発言は望んでいた言葉であり、一番望んでいなかった言葉でもあったのかもしれない......。



「彩咲が............彩咲が一番なぁくんのこと好きなのに! 彩咲以外の人がなぁくんを幸せになんてできちゃいけないのに! なのになんで......なんでなぁくんは彩咲のこと愛してくれないの!!!!」



彩咲のその叫びはあまりにも悲痛で、珍しく垣間見える彩咲の弱い本心に感じられた。


愛してる人から、拒絶の目で見られて忌避される。それが与える傷、インパクトは計り知れない。


自分が真霜さんから似たような対応をされたら発狂してしまうこと請け合いだ。

まぁ、俺にそれだけのことをさせてしまうようなことをしてきた彩咲がよくなかったってのは、被害者目線抜きにしてもあると思うんだけど、それにしても俺はあまりにもデリカシーには欠けすぎてた。


「なぁくんは、彩咲の......彩咲だけのものだったのに!! 一生を2人っきりで添い遂げる運命だったのに!!!!! そこの最悪のアバズレのせいで......彩咲たちの未来はめちゃくちゃだよ!」



俺がもっと早く、彩咲がおかしくなる前にちゃんと話し合いをしていれば、彩咲をまともなままにさせてあげられる甲斐性を持っていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。


だから、それも含めて全部彩咲だけの責任ってわけじゃなく、俺が不甲斐なかったことにも多分な責任がある。


なのに、俺はこれまで全部彩咲が悪いって思って、これだけ傷つけてしまった。

1人の女の子をこれほどまでに憔悴させてしまったことに、一抹の罪悪感を抱かずにはいられない。



だけど、だからといって今更真霜さんとの絆をなかったことにはできない。

............ごめんな、彩咲。







「ふふふふふ。あっははははははははははは、げほっごほっごほっっ!!! ............はぁ〜あ。ふふ、どうやら賭けは私の勝ちみたいだね、織女彩咲おりめささ


「ま、真霜さん!?」


「ちゃんと織女彩咲に嘘ついてまで私のこと護ろうとしてくれてありがとね。ナナくん、大好きだよっ。んちゅ♡」


俺が感傷に浸っていると、さっきまで鎖で繋がれて気を失っていたはずの真霜さんが、俺の背後から高笑いしながら近寄ってくる。

そして、拘束されたままの俺の唇に優しくキスを落としてくれる。


真霜さんが口にした「賭け」なるものが凄く気になるんだけど......。

あと、いつもとなんかキャラ違くない!?


抱きつかれていて、下着しか着てない真霜さんの柔らかい肌の感触が地肌から直接伝わってきて、快感でいろいろどうでも良くなる。


ワナワナと肩を震わせる彩咲を尻目に、2回目の唇の接触を解いたあと、真霜さんは見とれてしまうような妖艶な笑みを浮かべ、ニコニコとした笑顔のまま切り出した。



「でも、私以外に愛を囁いちゃったのはよくなかったから、あとでしっかり反省しようね♪」


「......え?」


今の真霜さんが言ったの?

反省って......聞き間違い............かな?


「あの......『煩い!!!!!』」


「きゃっ」


俺が疑問をぶつけようとするよりも先に彩咲の叫びが鼓膜を打つ。

それと同時に彩咲がすごい剣幕で駆け寄ってきて、真霜さんを押しのける。


その反動で真霜さんが軽く尻もちをつく形になった。

大きな怪我になってはいないようでよかった。



「またキスしたまたキスしたまたキスしたまたキスしたまたキスしたまたキスしたまたキスしたまたキスした彩咲のなぁくんが汚された汚された汚された汚された汚された汚された上書きしなきゃ上書きしなきゃ上書きしなきゃ上書きしなきゃ上書きしなきゃ上書きしなきゃ」


焦点の合っていない眼。

ぶつぶつと小さくつぶやく独り言。

ジリジリとにじり寄せてくる影を落とした顔。


そのどれもが怖い。

だけどまた気を失うなんてダサすぎる。


ここは精一杯の勇気を振り絞って意思を伝えるんだ。




「近寄らないでくれ!!!!!」


「な............なぁ............くん......?」


「頼むから、それ以上俺の側に寄らないでくれ。ごめん、彩咲。ほんとうに、俺も悪かった。だけど、もう無理なんだよ。だからお願いだ。俺を解放してくれ......」


「........................」



何度目かの俺からの明確な拒絶の言葉に、またしても彩咲の瞳が揺らぎ、動きが止まる。







「うんうん、さすが私のナナくんだねっ。男らしくて素敵だよっ! ほら、負け犬元カノはさっさと降伏しなさい? ナナくんは生涯、私だけに尽くすの」


短い沈黙を破ったのは真霜さん。

さっきのちょっと変なテンションをまだ引きずっているみたいで、彩咲を執拗に挑発してる。


っていうか、真霜さん、ほんとになんかおかしいよ......。

まるで......彩咲みたいなことを言ってない......? いや、確かに真霜さんに尽くそうと思ってるんだけどね......?



「煩い煩い煩い煩い煩いっ! こんな賭け無効だよ無効! 大体、こんなの、なぁくんを洗脳してるあんたに有利すぎるじゃん!」


「ブザマな負け惜しみだね〜。私は洗脳なんてしてないし。あんたなんてナナくんにとっては正直な気持ちを言う価値もない、近寄られたくもない、私のために嘘ついて適当にいなしちゃえる程度の存在だったって、いい加減わかったでしょぉ〜?」


「違う違う違う違う違う違う違う違うううううううううううぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!! なぁくんは彩咲のものなの!!!!!!」


「ふ、まるで赤ん坊ね。往生際が悪いわよ。約束通り、ナナくんはあなたの脅しに負けずに私をちゃんと護ろうとしてくれたんだから、大人しく私たちの安全を約束して。それと、あなたの身体を開発させてもらう権利をもらうわ」


「誰がそんなのやるもんですか!」


「あらら、ま〜た嘘つくんだ。余計にナナくんに嫌われちゃうね〜。この泥棒猫が」


「泥棒猫はお前だろ............。お前を消せば全部丸く収まるんだ。お前の洗脳さえ解ければなぁくんの心は彩咲のところに戻ってくるんだ!!!!」


「......ふぅ。あなたのことだから、どうせ賭けに負けてもこうやってダッサい言い訳を繰り返して有耶無耶にしようとするだろうなって思ってたよ。私はホームレスとの交尾をしなきゃいけなかったかもしれないのに、あなたはなんにもなしなんて通用するわけないでしょ。安心なさい、私はあなたと違って優しいの。ナナくんと本番をさせてあげるつもりはないけど、触ってもらえるようにくらいは、してあげる」






..................その賭けとかもろもろの話、聞いてないんだけど......?

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