第48話 北風系ヤンデレとおしおき

空鷲夏凪晴そらわしななは。あなたが今すぐ彩咲ささと子作りをしたい気持ちを思い出さないなら、あなたの手足を切り落として、彩咲と合体し続けるお洋服みたいに加工してあげる。ついでにこの女を自殺できないようにして、この女を外に待機させてる性病まみれのホームレス集団の中に放り込んで、妊娠するまで抱かせるよ」


彩咲の言葉の通りのことが実行された最悪の世界線を想像してはっと息を呑む。

絶対に、なんとしてもそんなことをさせるわけにはいかない。


彩咲のことだから、本気で自害できないように手を打ってからやるだろう。


最悪、自分はいい。だけど、真霜さんにそんな地獄を味わわせるわけにはいかない。

もしそんなことになったら、事前に決めて覚悟してた、何かあったら2人で一緒に終わろうっていう約束さえも守らせてはもらえない。


地獄の悲しみの中で生きるなんて耐えられない。


いや、真霜ましもさんを排除した後は、彩咲は俺を薬漬けにするだろうから、悲しみなんて感じることもできなくなっちゃうのかな。


それにしても、「気持ちを思い出さないと」か......。

彩咲は未だに俺が洗脳されたりしてて、彩咲への愛を忘れさせられてるって思い込んでるのか......。


この局面、どうすれば......。


彩咲の機嫌を損ねるからダメだとわかっていても、話題の中心になってしまっている最愛の彼女の方に視線が吸い寄せられてしまう。

先ほどと変わらない体勢で小さく肩を上下させたままの彼女。



「おい。この期に及んで彩咲じゃなくてソイツに目線をやるなんて、いい度胸してるなぁ? あ、それだけ彩咲と繋がってたいってこと? その女を破滅させたいのかな? それとも彩咲を怒らせたいだけか? なぁ夏凪晴、答えろよ」


どんどん口が悪くなる彩咲。

昔は、脅すときにたまに威圧的な話し方をしてくることはあったけど、それでもここまで粗野な物言いをしてきたことはなかった。


当時はこんなにも彩咲に反抗することなんてなかったから、今ほどの不興を買うこともなかったんだろう。

それに対して今の僕は、意識のかなりの割合を真霜さんに割り当ててしまっているから、彩咲の不満が留まるところを知らない大変なことになっているらしい。


彩咲はこのショック療法なる脅しで俺の心が戻ってくると信じてる。

だったらこれはもう......言うしかない......。


俺の尊厳なんて、真霜さんの無事には、変えられない。



「......彩咲、ごめんなさい。僕が間違ってました。俺の子どもを......『「俺」じゃないでしょ?』............僕の子どもを、産んでください......」


「どうして?」


「え?」


求められてる答えを言ったはずなのに、疑問形で返される。

何に対する「どうして」なんだ?


「どうして彩咲に赤ちゃん産んでほしいの?」


あぁなるほど、そういうことか。

ちゃんと『愛を囁け』と。


ショック療法で愛を取り戻してるなら、昔のように甘い愛を囁やけるだろう、と。


彩咲の表情は威圧感を込められたニコニコとしたもの。

期待してない答えは即罰則のときの顔。


ごめん、真霜さん。

本心じゃないから許してください。

できれば、眠ったまま、聞かないでください。



「....................................気の迷いで彩咲から逃げてしまったけど、どれだけ彩咲が大事な人だったのかを思い出したんだ。だから、彩咲のことを愛しているので、俺......じゃなくて、僕の子どもを孕んでもらって、家族になりたいんです......」


「星迎真霜のことは?」


「............」


やっぱり聞いてきた。

そうだよね。彩咲なら聞いてくると思った。


真霜さんへの愛は否定して、彩咲に忠誠を誓うように。



......仕方ない。仕方ないんだ。

今を切り抜けるためだけの嘘だから......。


でも、彩咲が真霜さんを生かす理由を損なわせないように、慎重に言葉を選ぶんだ。



「真霜さんのことは、もういいんだ。でも、今のお......僕は彩咲に触れられないんだ。だから、真霜さんには僕と彩咲が触れ合えるようになるために、協力してもらわないといけないと思うんだ。でも彼女が他の人に抱かれたりしたら、彩咲と繋がる仲介をしてもらえなくなるかもだから............」



言ってしまった......。

真霜さんとの約束を破る形になる。

でも許してほしい。決して......決して本心じゃないんだ。


心の中で真霜さんに最大級の謝罪を述べながら、俺の無様な宣言に機嫌よくにこやかに微笑んだり口角を上げているのであろう彩咲の表情を伺うため、恐る恐る顔を見上げる。










「まじでムカつく。その女を庇うために言葉を選んで......。彩咲に嘘の愛を囁くとか、本当の本当に、ありえないよ」


彩咲は心底悔しそうに唇を噛んで、瞳には一杯の雫を讃えており、その一部が頬に一筋の軌跡を描いていた。

その悲しみに満ちた形相は、かつて見た彩咲の表情の中でもとりわけ悲壮なものだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る