第47話 北風系ヤンデレと逆・逆襲2

「............今は彩咲ささがお話してるんだよ? どうして彩咲の目を見つめていないの? どうしてさっきからチラチラあの女を見てるの?」



物々しい拷問部屋の中、少し距離は離れているとはいえ、愛しい恋人が意識を失った状態で衣服を剥かれて晒されているのに、元カノ・・・の方を見続けるなんてできるわけもない。


一面では彩咲の威圧感のある声音に気圧されつつも、恐怖に負けて彩咲に意識を集中させるんじゃなく、ちゃんと真霜さんへの心配が頭の中の大部分を占めていることを実感して、心の中にわずかに安堵が立ち込める。


昔の自分なら、彩咲に威圧されたら、その瞬間に意識の全てを彩咲に注いで機嫌を取ろうとしたところだ。


そんな情けない自分が、この極限状況の中でも彩咲ではなく、愛しい彼女のことを想い続けられているのは、それだけ真霜ましもさんへの自分の愛情が強いことを表しているようで。

自分の気持ちがちゃんと強いものだって実感できているようで。


なんだか嬉しかった。



と、そんなことを頭の中に浮かべていると、彩咲がさらに声を低くして、怒りを顕にして問いかける。


「............何をニヤけてるの......? 今、彩咲は怒ってるんですけど?」


「......え? ニヤけてる......?」


やってしまった。

指摘されるまで気づかなかったけど、自分の真霜さんへの愛がちゃんと強いことを自覚できて安心したせいか、頬が緩んでしまっていたらしい。


こんなこと、彩咲と2人で暮らしているころには絶対なかった。

頑張って笑顔を作ろうとすることは日常茶飯事だったけど、彩咲の前で不意に笑顔が溢れるなんて、まだ彼女と出会ったばかりのころくらいのものだ。



「........................それで? どうして彩咲の目を見ないの? どうしてあの女をチラチラ見てるの? どうして彩咲が怒ってるのにニヤけているの?」


さて、なんと答えたものか。


ちょっと油断してしまったけど、いま、自分は岐路に立たされていると見ないといけないだろう。

俺の命も、真霜さんの処遇も、2人の未来も、その全てを彩咲に掌握された状態にある。


今の所、俺たちの作戦の通り、彩咲は真霜さんに価値を見出しているから危害を加えられていないけど、これ以上彩咲の機嫌を損ねればどうなるかわかったものじゃない。

そんな中で、あろうことか気を抜いて笑顔まで浮かべてしまった自分には、殴ってでも気合いを入れ直させないといけない。



彩咲の質問への答え。


彩咲の目を見ないのも、真霜さんのことを見てしまうのも、彩咲が怒ってるのに口元が緩んでしまうのも。

そんなのは決まってる。生理的、自然発生的、無意識的、本能的な衝動に任せただけ。意識的にやってたわけじゃない。


気づいたら真霜さんを目で追ってしまう、どうしても心配してしまう、愛しさに安堵してしまう。それだけ。


だけど、バカ正直にそんな答えを返すのは愚策の中でも下策。

彩咲の怒りのボルテージを上げるだけの結果に終わるのは目に見えている。


実際のところなんて彩咲もわかってて聞いてるんだと思う。

本当のことを言ったら拷問だし、お為ごかしに適当なことを言っても、結局は折檻されるんだろうけども。


それでも、いや、だからこそ、彩咲がこの問いかけで求めているのは本心ではない。と思う。


業腹ではあるけど、長年共に過ごしてきたのだからわかることはある。

彩咲が今求めているのは、謝罪と、嘘でもいいから彩咲に忠誠を誓って2度と他に目移りしないと約束すること、とかなんじゃないかな。


......まぁ、もちろんそれを言ったからといって許してもらえるわけじゃないだろうけどさ。

真霜さんはまだ意識が戻らないみたいだし、彩咲が期待することを言わなかったら、その時点で真霜さんに危険が及ぶ可能性が高い。


だから、ここは、涙をのんで彩咲の求めるような答えに近づける努力をしよう。

さしあたっては、「彩咲の眼が綺麗すぎて見れなかった」とか「彩咲と久々にこんなやり取りができて嬉しくてつい笑ってしまった」とか、そういう彩咲が喜びそうなことを言おう。


覚悟を決めて口を開いて空気を震わせようとした矢先、彩咲の声が先にこちらの耳に届く。


「ふーん、答えないんだ」


思案に費やした数秒の沈黙が、答えの拒否と取られてしまったらしい。

彩咲のこめかみに青筋がたつのがわかった。


......というのも一瞬で、なぜか急に表情を明るくする彩咲。

何かをピッカンひらめいたらしい。


表情が豊かな女性が好みだというやつは結構いるみたいだし、俺もそれは一般にいいことだとは思う。

けど、ここまでコロコロと極端な変容を見せられると、どう考えたって異常性の発露にしか感じられない。


うん、やっぱり彩咲はおかしい。


などなど、彼女の異常性に思いを馳せていると、彩咲が続ける。



「あ、もしかして、星迎真霜ほしむかえましもが怖くて言えないのかな? やっぱりそうなんだっ! 聞いたよ? なぁくんかあの女のどっちかに何かあったら一緒に命を絶つように命令されてるんだってね? そっかそっか、それでさっきからあの女が目を覚ましてしまわないかチラチラ確認してたんだね? こいつが起きてるのに余計なことを口走ったら殺されちゃうから! あぁ、なんて可哀想ななぁくんなんだろう。大丈夫、安心して? なぁくんのことは彩咲がしっかり守ってあげるから。だからほら、安心してもう一回彩咲に愛を囁いていいんだよ? ムラムラしてるなら、今すぐ子作りシちゃっても、いいんだよ? もしなぁくんが望むならすぐにでもコイツの息の根を止めてあげるよ? ね、今すぐ浮気したことを謝ってくれないなら、この後のお仕置き、ちょっとだけキツくしちゃうよ?」


案の定、いつもの通り、自分に都合のいい激烈な思い込みをして、捲し立てるように早口で攻めたてる彩咲の勢いに、言葉を発しようとした勇気ポイントが少し下がる。

っていうか、これまで俺に逃げられて、真霜さんとの仲を見せつけられて、ハグで気絶されて、どうしてそんな都合いい考えが浮かぶのか、心底不思議で仕方ない。


しかも、『お仕置きをちょっとだけ・・・・・・キツくする』だなんて、彩咲がそういうならよっぽどなんじゃないか?


「ほら、私、今までなぁくんにあんまり罰らしい罰って与えてこなかったじゃない? お仕置きっていう名目でなぁくんを喜ばせてあげるご褒美あげてただけだもんね? 彩咲のおしっことかうんち食べられて嬉しかったよね? 彩咲の身体舐めるの、幸せだったでしょ? でもそれだけじゃだめだったって気づいたんだぁ〜。アメとムチって大事じゃない? 今まではアメばっかりだったから、なぁくんはオイタしちゃうようになったんだなって。だから、彩咲も心苦しいけど、これからはちょっとのオイタでも、厳しいお仕置きをしてあげた方が、なぁくんの洗脳も解けて、彩咲のことまた好き好き〜♡ってなってくれると思って!」


......狂ってると思わざるを得ない。


アメとムチっていうなら、今までのは全部ムチだし、男として、いや、人間としての尊厳を踏みにじられて、ご褒美なはずがない。


本当に彩咲は、北風と太陽の北風みたいなやつだ。

自分の意思の向く方向に力づくで向かせようとしてくる。


けど、そんな脅しには、もう、屈しない。






とはいえ、さっきまでならほどほどに彩咲を喜ばせることを言えばいいか、なんて考えていられたけど、今それをするのはよくないかもしれない。


彩咲はさっきまで、「どうして?」と疑問形で問いかけてきていた。

だからこそ、その答えは自分で考えて最適なものを選択する余地があったわけだ。


だけど、コトここに至っては、すでに「愛を囁いてもいいよ。子作りしてもいいよ」っていう「正しい答え」まで提示してきている。

こういう場合、それ以外を答えることは、確実に彩咲の怒りを買ってしまう。


かといって、真霜さんとの約束で、彩咲に愛は囁かない、身体の関係は結ばない、片方に何かあったら2人で終わらせる、っていうことになってる。

真霜さんが気を失ってるからって、その約束を破ってまで生き延びたいとは思わない。


......もしこれが自分一人だけの問題なら、迷わず命を断ってたところだ。

でも今は真霜さんの命運まで彩咲に握られてしまっている。


俺が倒れたら、真霜さんは自害すら許されず、彩咲に辱められて拷問されてしまうかもしれない。


......なら、その場しのぎでも、彩咲に媚を売っておくべきか?


正しい答えには到底辿り着けそうもなく、口ごもっていると、彩咲はまたしても落胆した表情に変わり、ため息をつく。


「......はぁ、まだ答えないのか。あーあ、この手を使っちゃうと、まるでなぁくんがこの女のために・・・・・・・彩咲に媚を売るみたいに見えちゃうからあんまりやりたくなかったんだけどなぁ。なぁくんの洗脳がそこまで深いなら、しょうがないか。洗脳を解いて、彩咲に怯えちゃう悪いココロも取り去って、彩咲と1つになりたい気持ちを思い出させてあげるには、ある程度のショック療法が必要かもだもんね。うん、そうだよ。......そういうわけで、空鷲夏凪晴そらわしななは。あなたが今すぐ彩咲と子作りをしたい気持ちを思い出さないなら、あなたの手足を切り落として、彩咲と合体し続けるお洋服みたいに加工してあげる。ついでにこの女を自殺できないようにして、この女を外に待機させてる性病まみれのホームレス集団の中に放り込んで、妊娠するまで抱かせるよ」




実質選択肢なんてない究極の選択を突きつけられた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る