第45話 北風系ヤンデレと逆襲
「
体感だけで言えば、彩咲と最後に会ったのはもう何年も前のことのような気がする。
でも実際にはそんなに経ってないんだってことを、こうして言葉を交わしてみて、彩咲から発せられる威圧感を直に受けて、それに相も変わらず昔と同じように気圧されてる自分の心に実感させられる。
僅かに手が震える。
恐い。彩咲が恐い。
威勢よく啖呵を切ったはいいものの、俺の言葉に返された強烈な睨みつけに、自然と身震いしてしまう。
ある意味ではそりゃあそうだ。
あそこから逃げ出してから実際に経過した時間はたったの2ヶ月ちょっとだけ。
あの場所で彩咲から何年も受け続けた恐怖の感情を、そう簡単に忘れることなんてできるわけがない。
彩咲には触れるどころか近づくだけでもこのザマだ。
真霜さんの肌だけは、触れられるけど。
それは彼女の太陽みたいな包容力の為せる技。
他の女性はもちろん、当然彩咲との対峙なんて、恐怖のシンボルそのものでしかない。
こんな体たらくで、真霜さんと考えた作戦を実行できるだろうか。
俺と真霜さんの安全な未来を確保するための重要な着想、『唯一俺が心を開いてる真霜さんが協力してくれて初めて彩咲ともある程度接触できるから、真霜さんがいないと彩咲が困る』というシナリオ。
彩咲にとって、真霜さんが害されずにいることに意味を与える手段。
真霜さんがいないと、俺は彩咲の言う通りにはしない、っていう手綱の握り方。
本番子作りまでするつもりはないけど、時間稼ぎのためには、頭を撫でたり、場合によってはあのころにやらされてたことをしないといけないかもしれない。
そう、『俺』と真霜さんの未来のため。
彩咲に自尊心を削り捨てられて、意思を奪い取られた結果生まれていた『僕』っていう弱い人格を捨てて、昔のちゃんと自分の意思で物事に立ち向かう『俺』になるんだ。
そのためにも、あの頃から思ってたことを一緒にぶちまけてやった。
さっきの宣言は、ケジメの最初の第一歩。
彩咲の鋭い視線に負けている場合じゃない。
とりあえず、無駄だとは思うけど、もう一回確認しておく。
「もう一回言うけど、たぶん彩咲は俺のことが好きなわけじゃない。だから彩咲、素直に俺を諦めてもらうってのは、やっぱ無理か?」
「何言ってるの、
......まぁ、彩咲ならそう言うよな。
「それに、この女の傍に居たいっていう想いだって、絶対洗脳されて歪められてるんだよ! きっと夏凪晴の意思じゃない!」
「真霜さんのことを悪く言うなっ!!!!!」
こいつ、また真霜さんのことを悪者扱いして!
俺のことならともかく、大事な真霜さんのことを悪く言うなんて許せない。
「..................ねぇ、なぁくん? あなた、今浮気してるってこと、わかってる?」
「......? 浮気だって?」
彩咲が急に呼び方を変えて、何やら哀れなものを見るような目を俺に向けながら、平坦な声で告げてくる。
いったい何を言いたい?
「そうでしょ? 彩咲はなぁくんと別れたりしてない。彩咲たちは間違いなくお付き合いしてるでしょ? なのになぁくん。あなたは別の女と子作りえっちまでしたんだよ。そんなの、浮気じゃなくてなんなの?」
「っ!?」
た、確かにそれはそうかもしれない......。
まさか今の状況、
彩咲の言葉に意思が揺らいでしまって混乱する
「ナナくん! 騙されちゃダメだよっ! 悪いのは絶対に
っ!!!
たしかにそうだ。あの頃ずっと言われてたことと近い話術なんだ。
あたかも正論に聞こえる言葉を並べることで混乱させて、いろんな調教と組み合わせることで思考力を奪って、いわゆるストックホルム症候群に陥らせるって手口。
......危ない。真霜さんがいなかったら今頃は彩咲の言葉にヤラレてるとこだ............。
「ありがと、真霜さん。おかげでいらないこと考えるところだったよ」
「えへへ、ナナくんが戻ってきてくれて、よかった♪」
まじで太陽みたいな笑顔。
俺は今、このために生きてる。
これだけは間違いなく自分の意思だと断言できる。
今日は真霜さんの誕生日だし、ほんとなら彩咲に構ったりしてないで、真霜さんを盛大にお祝いしたいんだけど......。
真霜さんに言われて、今はまず彩咲の問題に当たるのを優先しようってことだ。
チュッ♡
とりあえず、今すぐできる唯一のお返しとして、優しく抱き締めてくれてる真霜さんに、彼女の腕の外から包み込むように抱きしめ返しながら、彼女の唇にキスを落とす。
「へへへ、ありがと、ナナくん♡」
「こちらこそだよ、真霜さん」
真霜さんの全身から、なんだか甘い匂いが漂ってくる。
昨晩は彩咲を放置してた状態だったから、1回しかできなかったってことも相まって、ムラついてくる。
真霜さんの表情もトロけてるし、同じ気持ちなんじゃないかな。
2人で見つめ合って、幸せな時間に浸る。
ぐいっ。
「わっ!?」
突如、真霜さんが急に強い力で後ろの方に引っ張られてコケてしまい、慌てた声を漏らす。
........................浸りすぎて、油断してた。
彩咲がいつのまにか、俺にとっても真霜さんにとっても死角になっていた場所から近づいてきていたのに、気づけなかった。
真霜さんの背後、俺から見て左手側から、真霜さんのことを引っ張って倒したらしい。
余計なことを考えてる場合じゃないんだけど、さすがは彩咲だと感心してしまう。
失明している俺の左目側がどのくらいの範囲なら死角になるかを完璧に把握した上での位置取りとしか思えない。
抱き合ってたから、俺も少し真霜さんに引っ張られるカタチで倒れ込んでしまう。
その瞬間は何が起きたのかもわからないまま、地面に手と膝をつくような姿勢になる。
カシャン。
っ!?
「なに!? なんであなた......手錠は!? どういうこと!? んむっ!?」
さっきまで後ろ手に手錠で拘束されていた彩咲が、なぜかフリーになって、真霜さんの隣に立っている。
そして、逆に、真霜さんはさっきまでの彩咲と同じように、後ろ手に手錠をはめられて、口に猿轡みたいに彩咲が来てたカーディガンを充てがわれてる。
俺も何が起きたのか正確には理解できなかったけど、予期せぬタイミングで彩咲が自由になってしまって真霜さんが危ない状況にあるってことだけはすぐに把握できた。
だから慌てて声をかけようとしたんだけど......。
「ま、真霜さん!? やめろ彩咲! 真霜さんをはな......『だまりなさい』......っ」
彩咲が発する、
「夏凪晴、動くな」
さらに続けて、彩咲は俺に『動くな』と命令を出す。
何年にも渡って調教され続けた俺の身体は、2ヶ月経っても彩咲の命令には勝手に従ってしまうらしく、指先の一つすらも動かせない......。
手と膝をついた状態でコケたまま動けなくされている。
まるで、彩咲という女王様に五体投地しているかのような姿勢で固定されてしまう。
彩咲は、俺が彩咲の命令通り動かないことを確認するように、数秒間、俺をにらみつけ、それからゆっくりと口を開いた。
「..................よくも見せつけてくれたね、夏凪晴ぁ? はぁ。まったく、この程度で彩咲が揺らぐとでも思ってたの? 甘いよ。アマアマだよ。
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