第44話 太陽系ヤンデレと業腹な契約
「
これは私にとって、業腹な契約。
心の底から実行したくなかった交渉。
本来なら、こんな女に、絶対にナナくんと接触させたくはない。
ナナくんは一生私だけに愛を注いで欲しい。
でも、多分そういうわけにはいかない。
昨日はなんとか織女彩咲を抑えることができたけど、多分この女、服だけじゃなく身体の中にも発信機を仕掛けてるはず。
この子の余裕そうな振る舞いは、私が生命までは奪わないってことをわかった上での判断だろう。
居場所が割れてるなら、もしかしたらすぐにでも織女の家の人間がここに突入してきて、私の立場がなくなってもおかしくない。
だったら、『ナナくんが女性不信で織女彩咲に触れられない。私だけはナナくんの心に触れられる』っていうアドバンテージがあるうちに、ほどほどのところを落とし所に交渉しよう。
そう考えた。
この女の生命まで奪ってしまえばいいかって思ったけど、ナナくんに止められて冷静になって考えたら、それは良い手ではないことに気づいた。
織女の家はかなりの力を持った家だと聞いてる。
ナナくんの裏取引の履歴からココの場所まで特定されちゃったわけだし。
そんな家を敵に回してしまったら、私とナナくんは、これまで以上に生き辛い人生を送らないといけない。
見つからないところに逃げるっていうのも考えたけど、逃げた先で、『いつか見つかるかもしれない』ってビクビクしながら過ごすなんて、そんなのはもはや拷問。
そうなるくらいなら、この女にもある程度エサを与えてあげて、目の届くところにおいておいて、そうやってある程度平和に暮らすのが良い。
ナナくんにはすっごく申し訳ないし、私自身、嫌で嫌でしょうがない。
けどこれは昨晩、織女彩咲をスタンガンで眠らせて、うちに運んで浴槽に突っ込んでから、ナナくんと話し合って決めた作戦。
彼女との対話次第ではもっと穏便に、都合のいい展開が訪れないかって思ってたけど、意外とこの女には隙がなかった。忌々しい子だ。
そんなわけで、私は涙を飲んでこの作戦を実行することにした。
だけど、ナナくんの寵愛っていっても、肉体関係まで持たせてあげるつもりはない。
せいぜい頭をなでたりするくらいで満足させる。
ほどほどのご褒美で時間を稼いでる間に、織女彩咲をおとなしくさせる作戦を考えるんだ。
そこまでが私とナナくんの作戦。
残念ながら今すぐにはいい案は思いつかないから......。
ごめんね、ナナくん。
私がいいアイデアを思いつけないばっかりに、こんなカス女の相手をさせることになっちゃって......。
織女彩咲は、私の提案に、長く長く迷った末。
「............絶対に後悔させてやる。なぁくんのハジメテを奪った、なぁくんの種を受けたあんたなんか、気を抜いてたらすぐにそのへんの性病まみれのホームレスの赤ちゃん身篭らせてやる」
「ふっ、怖い怖い。でももしも私に何かあったら、ナナくんは多分一生あなたに心を開かないから安心して? 万が一のときは一緒に死のうねって、約束したから♪ そのことだけ、忘れないでね?♡」
本当に恐い。
この子さえいなければ、私とナナくんは心底安心して過ごせるのに......。
でも、ここで威圧されて押し負けるような女じゃ、ナナくんは護れない。
精一杯気丈に振る舞って、逆にやり返してあげる。
「..................とりあえずあんたの要求は飲む。だから、この格好と場所だけ、どうにかして」
「もし変な行動したら、ぶっ転がすわよ。私もナナくんも、生命を捨てる覚悟だってあるんだから、あなたにトドメをさす覚悟だってもちろんあるんだから」
「わかったから。手錠を解いて、服を着させて。寒いし、浴槽の中で寝させられて、身体も痛いの。あと、いい加減なぁくんに」
......ほんとにナナくんも生命を断つかもしてないってわかってくれたみたいだし、めちゃくちゃなことはしない、よね?
「しょうがない、わかったわ。ただし手錠はそのままよ」
さすがにそこまで自由に動けるようにするわけにはいかないからね。
「もうそれで良いから、早くして」
......ほんとにこの子、この状況で冷静すぎじゃない?
けど、しょうがないか。
「ほら、これでいいでしょ」
薄いカーディガンとスカートだけ履かせてやる。
「ふん、何この服。しょぼい仕立てね。なぁくんの前に立つのに全然相応しくないよ」
「嫌でも着ててもらうよ。あんたの下品な身体をナナくんに見せるわけにはいかないからね。言っておくけど、ナナくんに余計なこと言わないでよね」
このヤバイ子のことだし、どんなおかしなことをナナくんに吹き込むかわかったもんじゃない。
でも、私達の作戦をちゃんと機能させるには、この女に信用されてない私からの言葉だけじゃなく、ナナくんから直接わからせてもらう必要がある。
やっぱり業腹だけど、仕方ない。
「あんたが持ちかけてきた取り引きの話でもしてやろうかしら?」
「ふっ、そんなの意味ないよ? 当然ナナくんと相談して決めたことだもん」
そんなくだらない脅しは意味ないから。
「ちっ、このアバズレが」
この女、また言いやがった......。
まぁいい、別に織女彩咲と馴れ合うつもりもないんだ。
言いたいように言わせておけばいい。
けど、ちょっとくらい言い返してヤラないとね。
あーあ、今日、私の20歳の誕生日なんだけどなぁ......。
コイツの目が覚める前に、ナナくんがちょっとだけお祝いしてくれたけど......。
くそぉ、ほんとに、この女さえ居なければもっと盛大にお祝いしてもらって、今晩も......って予定だったのに。
こうなったら精一杯の憎しみを込めて。
「ほらいくよ、負け犬バージン女」
*****
「なぁくん......。やっとゆっくりお話できるね」
「さ、彩咲..................。ひ、久しぶり、だね」
カーディガンとスカートに手錠を着けた織女彩咲を連れた私は、ナナくんが待つ居間へと移動した。
いやいやだったけど、とうとうナナくんを織女彩咲に合わせるときが来てしまった。
織女彩咲はあたかも感動の再会とでも言わんばかりに目元を潤ませている。
それに対してナナくんは目を合わせないよう斜め下の地面を見つめながら、たどたどしくお返事を返す。
当然だよね。
完全なDVを受けてた相手との望まぬ再会なんだもん。
こんな辛いことをナナくんに強いるしかできない、弱い私を許して............。
「ほんと、久しぶりだねぇ、なぁくん? いえ、
このアマっ!
怖がってるナナくんを追い詰めるみたいな言い方して!
バチンっ。
「いったぁ! ちょっと! なにすんのよ!」
「あなたのその減らず口があまりにもおいたが過ぎるから、ちょっと黙らせないとね」
ナナくんを困らせる悪い口にはお仕置きしないとね。
ほっぺたを一発ぶっただけで終わらせてあげたことを感謝して欲しいわね、まったく。
「............夏凪晴? こんな暴力女からはできるだけ早く離れた方が良いよ。大丈夫、ちゃんと助けてあげるからホントのことを言ってちょうだい? 本心では彩咲のところに戻ってきたいんだよね? この女に、無理矢理言わされてるだけなんだよね?」
こいつ本気で......っ!?
どれだけ巫山戯続けたら気が済むの!?
ほら、ナナくんも困ってる。
「あなたね! ちょっとはおとなしく......ナナくん?」
私がもう一回激昂しそうになったところを、ナナくんに手で制されて言葉を止める。
「真霜さん、大丈夫。大丈夫だから。ちょっとだけ話させて?」
「ナナくん......」
もぅもぅ! 男らしいよぉ! カッコイイよぉ!
ナナくんのそういうところ、ほんとに大好きだよ!
......ほんとは話してほしくないけど......しょうがないよね。
ナナくんはカッコイイ顔をさらにキリッとこわばらせて、ふぅって1つ深呼吸してから、ゆっくり言葉を紡ぎ出した。
「彩咲、君のところから逃げ出したこと、僕は..................いや、
うん、ほんとに大好きだよ、ナナくん!
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