第42話 北風系ヤンデレと再会2

「ねぇ、なぁくん。いいえ、夏凪晴ななはぁ? どういうこと? その女は何? 急に彩咲の元からいなくなったと思ったら、なに、浮気するためだったの? だめでしょ、夏凪晴の全部は彩咲のものなんだよ? あれだけ言うこと聞くように教えてあげたのにまだわかってなかったなんて、彩咲は悲しいよ。ほら、こっちに戻っておいで?」


彼女は光を宿さない瞳を瞬きで閉じることもせずに僕を突き刺し続けたまま、片腕を前に出しておいでおいでをする。


僕らと彼女の距離はおよそ10m。


場所はスーパーに行く途中の、なんでもない住宅街の道の真ん中。

昼間のこの道の人通りは少なく、目に見える範囲に助けてもらえそうな人は見当たらない。


仮に誰かいたとしても、こんな痴話喧嘩みたいなものに好き好んで巻き込まれてくれる物好きはいないかもしれないけど。


回らない頭をなんとか動かそうとするけど、混乱状態にあるためか、何も思いつかない。


そんな僕を見かねたのか、真霜ましもさんが代わりに口を開いてくれた。



「ふざけたことを言わないで。あなたが織女おりめさんね。話は聞いてる。でも残念、ナナくんの全部はもう私のものよ。あなたが諦めて大人しく帰ってくれれば全部丸く収まるのよ」



若干煽るようなセリフを吐く真霜さん。


......まずいよ。彩咲をそんなふうに煽ったら、真霜さんが危ないよ!

僕が、守らなきゃ......。でも身体は動かない......。



「......は? なんでお前が答えるの? 彩咲ささは夏凪晴に聞いたんだけど。つーか、夏凪晴があんたのものですって? 何意味分かんないことほざいてんの?」


「残念だったわね、私とナナくんは昨日、1つになったの。ナナくんがたくさんリードしてくれてね? 生でシたよ。赤ちゃんもできちゃうかもね」



普通なら恥ずかしいカミングアウトに照れてしまうところなのかもしれないけど、状況がそれどころじゃない。

まぁ、すでにこのやり取り自体が異常だから「普通」を語るのもおかしいけど。



「......嘘だよね、なぁくん......? 私とだってまだシたことないのに、こんなアバズレとなんて、あるはずないよね?」


「............」



っていうか、脅すような名前呼びが、あだ名呼びに戻っているじゃないか。

それだけショックを受けているんだろう。


それでも真霜さんのことを悪く言わないでほしい。

彼女はアバズレなんかじゃない。


と、文句の一つも言いたいところだけど、僕の口は真一文字に引き結ばれたまま一向に動いてはくれない。



「気持ちよかったし、幸せだったなぁ。あなたみたいな外道は大人しく帰って、泣きながら一人で慰めて寝てたら?」


本当に幸せそうに綴る真霜さんの言葉を受けて、彩咲が僕の方を流し目でちらっと見る。


辞めてほしい。見ないで欲しい。

視線が合っただけでビクついてしまうから。


僕はその視線に何も返さない、いや、返せないまま無言を貫く。

だけど、僕のその反応はそのまま、答えになっていたらしい。



「..................本当......なんだ。本当にこんな女とえっちしたんだ。..................そっか、洗脳されてるんだね、可哀想ななぁくん。今助けてあげるからね」



普段の真霜さんなら言わないような煽りに真っ向から乗っかるように、彩咲がポケットからバタフライナイフを取り出して叫ぶ。






「ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな、消す消す消す消す消す。大丈夫だよ、夏凪晴。すぐに彩咲があなたのこと取り戻してあげるからね。帰ってきたら、今度こそ一生、彩咲のお部屋で一緒に過ごす生活を送らせてあげるから。余計なこと考えられないようにおクスリで脳ミソも蕩けさせてあげるからね。だから、もうちょっとだけ待っててね」



ひえぇ......。

彩咲に連れ戻されたら、いよいよ僕は終わりらしい。


絶対戻りたくない。


せっかく内臓までかけて、なんとか真霜さんと結ばれて、ようやくこれから穏やかで幸せな時間を過ごせると思ってたのに!



「理解力のない妄想女は嫌ね。ナナくんは私のものだし、私だけがナナくんのものなの。心も、身体も、ね♡」


「こんの、クソ女ぁ!」



煽る真霜さんに襲いかかる彩咲。


僕はこの場で一番物理的な力は強いはずなのに、恐怖で震えて一言も口を挟めない。

そんな情けない僕をさし置いて、状況だけが悪い方へと転がっていく。



「上等よ! 私も、ナナくんの背中に悪趣味なモノを刻んだり、ナナくんのハジメテの経験を色々と奪ってくれたことにお礼をしたいと思ってたしね。私に愛をくれるナナくんのためにも、二度とナナくんに近づけなくさせてあげるわ!」



真霜さんの勝ち気な挑発に、さらにヒートアップするかと思ったら、意外や意外。彩咲が少しおとなしくなって、おそるおそるといった体で口を開く。



「............まさかとは思うけど、なぁくんの腎臓を買ったのはお前かしら?」


「......へぇ、その話まで知ってるんだ。けど残念、それは私じゃないわ。むしろできることなら私が買い戻したいくらいよ」


「......そう。闇取引になぁくんらしき出品者がいたからここを見つけられたのだけど、私より先に購入した不届き者がいたらしいのよね。あなたかと思ったんだけど」


「そんなお金無いわよ。むしろ私の借金を返すために、ナナくんは自分の身体まで犠牲にしてくれたんだから。そんなこと、望んでなかったけど......。それでも嬉しかったわ♡」





「..................お前のせいで、なぁくんの身体の一部を他人に取られたでしょう!!!! どうしてくれるのよ!」



そう言い放った彩咲の恫喝から一転、2人が急に駆け寄って肉弾戦を始める。


いやいや、彩咲刃物持ってるんだよ!? 真霜さん危ないって!

............なんか凄い戦ってる......。



自分の話なのに、なんかついていけない。


彩咲は相変わらず、というか、さっきまでよりむしろ恐さが増している。

もしかしたらあの部屋・・・・に連れ帰られるかもしれない。


そう思うと、やっぱり僕は1人、動けないし、話せないまま、2人の尋常ならざる戦いをただ眺めるだけしかできない。

僕はほんと、全く以て情けない男だ......。







けれど、しばらくして、熾烈を極めた戦いはあっけなく終焉を迎えた。

真霜さんが彩咲の首筋に青白い電気を走らせて。


多分違法改造のスタンガンかな?



「......ふぅ、なんとかお掃除できたっ。やったよ、ナナくん! もう安心だね!」

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