第38話 太陽系ヤンデレと完済
ナナくんが部屋から失踪してからおおよそ2週間が過ぎた。
今日は12月14日。私の誕生日まであと2日......。
ナナくんはまだ帰ってきてくれてはいない。
少し前までと同じ、代わり映えしない、絶望的に幸せじゃない毎日を送ってきた。
いや、昔だったらここまでつらい気持ちにはならなかった。
あぁ......ナナくんに再会する前ならこんなに1人が辛くはなかったのに。
ナナくんが隣にいてくれる生活を知ってしまったから。
幸せな生活があり得るって知っちゃったから、私、欲張りになってるんだ。
この2週間で、お布団や枕、彼が着てた服についてた匂いもすっかり薄れてしまって、もう只々辛い。
だけどナナくんが置いていってくれた手紙を信じるなら、もうすぐナナくんは帰ってきてくれるはず。
そのことだけを心の拠り所に、私は必死に働いて、今日は今月の借金を返しに来た。
毎月手渡しで借金をお返しするために、この眼の前の大きいお屋敷みたいな建物を訪れてる。
離れにある事務所がいつもの場所。
ドアを開けるとその中ではよくドラマとかでも見かけるような、典型的な闇金の事務所みたいな風景が広がってる。
奥のデスクには、すっかり見慣れた強面の黒服の男性が陣取っていた。
「鬼門さん、こんにちは」
星迎家が借金をしている相手である金融屋さん、鬼門金融の頭取さん。
見た目30代半ばくらいの渋い男性で、乱暴されたりしてないし、借金が絡んでなかったら人情に厚い温厚な人物だと感じている。
普段は他の社員さんたちも事務所にいるんだけど、今日は彼だけらしい。
「ん? おぉ、なんだ、星迎んところの嬢ちゃんか。久しぶりだな。なんかあったのか?」
「え?いや、なんかあったっていうか......今日、毎月の返済日ですよね」
自分の誕生日を目前に、大金を人に渡すだけ。
星迎の家に引き取られて以来、誕生日に何かをもらった経験なんてない。
払ってばかりの人生。
......なんかホントに疲れちゃったよ。
もしもナナくんと再会してなかったら、私は今回の返済、バックレてただろうな。
憂鬱な気持ちが晴れることこそないけど、私の最後の支えである彼のことを思い出しながら、かばんから今月の返済分のお金を入れた封筒を取り出す。
......このお金があれば、ナナくんにもっと美味しいものを食べさせてあげられるのにな。
そんな気持ちが、封筒を差し出す手を重くする。
なんとか欲求に抗って鬼門さんに渡そうとした。
「............あん? なんだこれ? 金? いや、お前、もう完済してんだろうがよ。......あぁ、借用書とあの風呂の契約書を取りに来たのか。そりゃあんなもん、今すぐにでも破棄したいわな。うちは別に悪徳でやってるわけじゃねぇんだ。そんな金なくてもちゃんと返してやるよ。ちょっと待ってろすぐ出すわ」
「..................え?」
何を言われたのか理解できない。
鬼門さんは、私が差し出そうとした封筒を受け取ろうともせず、デスクの鍵を開けて、中に入っていた書類を探り出す。
そうしてしばらくして、借用書と、私が20歳になったら働かせてもらってる銭湯で裏の仕事をするっていうことを書き記した契約書を取り出して手渡してきた。
「ん、完済おめでとさん。ここでシュレッダーしてくか?」
「え? あ、はい......?」
「了解」
何が起きてるのかわからない私は、鬼門さんに言われるまま半分疑問の肯定の返事を返す。
目の前で、私を何年間も苦しめてきた借金の借用書と、私を地獄の未来へと誘うはずだった契約書が、シュレッダーの口に飲み込まれて短冊になっていく。
「はい、これで終わり。よかったな。自分のためにあそこまでしてくれる男と出会えてよぉ。しかも水揚げ前ギリギリに完済なんてな! まるで王子様じゃねーか、がっはっはっ。ま、お前には個人的な恨みとかはないからな。金さえ返したんなら後腐れもねぇ。せいぜい幸せにやれよ」
「あ......えっと?」
「ん? なんだ、まだなんか足りねぇか? ............まさかお前、聞いてねぇのか? ......ふむ、あの男......。まぁいい、そのうち帰ってくるだろう。部屋でも掃除して、飯でもつくって待ってろよ。そんじゃさっさと帰れ。二度とこんなとこ来んじゃねぇぞ」
「え? え?」
わけが分からないまま追い返される私。
本当に意味がわからないけど、どうやら私の借金はなくなったらしい。
さっきの話しぶりからすると、払ってくれたのは......ナナくん?
でも、彼は織女さんのところから逃げてきて、そんなお金なんて持ってないはず......。
......っ。
まさかこの2週間部屋から居なくなってるのはこのため!?
混乱覚めやらぬまま、家路をとぼとぼと歩く。
そうして普段の倍くらいの時間をかけて帰宅した。
頭はまだぼんやりとしたまま、鍵を取り出してドアを開けようとしたとき、フワッと幽な香りが私の鼻をついた。
私の大好きな匂い。
彼の体臭と同じ匂いがした。
幻覚ならぬ幻嗅?
いや、これは、部屋の、中から?
まさかまさか......。
テンパってしまって手が震えて、鍵穴に上手く鍵をはめられない。
しばらく格闘していると、鍵もさせてないのにガチャっと解錠される音がした。
そうしてゆっくりとドアが開かれていく。
匂いが段々強くなっていく。
それにつられて私の心臓の鼓動もどんどん早く強くなっていく。
完全に扉が開いて、部屋の中が見えるようになったとき。
「あ、真霜さん。おかえりなさい」
いつもと変わらないナナくんの姿が、私の視界に映った。
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