第35話 太陽系ヤンデレと告白への返事

「ふぅ、ごちそうさまぁ。すっごく美味しかったよ!」


「あはは、お粗末様です。そんなに言ってもらえると作った甲斐があるよ」


「これから一生、毎日私にお味噌汁を作ってください!」


「あっは。いいけど、それって普通男の僕の方が言う言葉なんじゃないの? ......いや、最近はそういうのを男だとか女だとかで分けるのは良くないのかな?」


「うふふふふ、どうだろぉ。......っていうか、えっ、いいの!? 今、『いいけど』って言った!? 一生お味噌汁作ってくれるって!? わざわざ説明するのも恥ずかしいけど、これってプロポーズみたいなもんなんだよ!?」


「............うん」



ほんと、そうやってわざわざ口に出して言われると照れるな......。

でも、なんか昨日は告白してもらったのに流したみたいにしちゃってたし......ね。



「昨日はその......真霜さんに告白してもらって、嬉しかったけど混乱してて、すっかり有耶無耶にしちゃってたんだけど......さ」


「う、うん。しばらくは考えさせてほしいって意思表示だったのかって思ってたんだけど......」


「いや、なんていうか、その......まだ抱きしめたり、キスしたりは......パニックになっちゃってできないと思うんだけど。もし、そういうのはそのうちってことでも良ければ、僕とお付き合いしてくれると、嬉しいなって」


「ほ、ほんとに良いの!?」


瞳を輝かせて食い気味に反応する真霜さん。

そんなに喜んで貰えると恐縮だけど......、答えを出す前にもうちょっと僕について知ってもらわないといけないことがある。



「うん。でも、ちょっと待って」


「な、なぁに......? もしかして、冷静になったらやっぱり私とお付き合いするの嫌になっちゃった、かな?」


「いやいや、僕から真霜さんを嫌になることなんてありえないよ。どっちかと言えば真霜さんが嫌になるかも......」


「それは無いと思うけどなぁ」



この数日間で僕の過去はいろいろ話したけど、それでもまだ伝えてないことはたくさんある。

その中でも、これを黙ったままでは付き合ってもらうわけにはいかない、ってことを話してなかった。


彩咲が僕の背中に刻んだ痕跡の話。


これを知られたら、捨てられるかもしれない。


そうでなくともあんまり人には知られたくはないことだけど......。

無関係の他人ならともかく、家族同然の彼女に知られるのは怖い。


でも、あの銭湯でも、僕と似たような入れ墨とか入ってる人結構いたし、さっき聞いたこの街の性質的には、そんなに異常なことじゃないらしいし。


とはいえ、自分のじゃない、他の女性の名前が背中にいくつも刻まれた男なんて、愛し続けてもらえるんだろうか......。

普通は、ムリだよな。



「な、なんだろう......。焦らさないで教えて?」


「その......、これまで彩咲にいろいろされてきたって話はしたよね」


「うん、聞いたね。ベッドに繋がれて監禁されたり、お薬漬けにされたり、その......排泄物を食べさせられたりしたこともあるって............」


「そうなんだよね。しかも、あの子の局部に直接口をつけて食べさせられたことも何回もあるんだ」


「............うん」


「だから、僕は真霜さんにはファーストキスをあげられないどころか、すでにそうやって汚された身なんだよ」



真霜さんは僕の話を聞きながら段々うつむいていた。

僕の「汚れてる」っていう発言を受けてから、数秒後、真霜さんはぱっと顔を上げてぎこちない笑顔を作ったかと思うと、ぼそっと絞り出すように呟いた。



「............それは悔しいけど。でも、ナナくんのこれからがもらえるなら、そんなのは些細なことだよ」


「っ......」



その表情に、声音に、『嫌だけどなんとか受け入れよう』っていう優しさがひしひしと伝わってくる。

嬉しいけど、この感じだと、背中の話はきついかな......。



「それだけじゃないんだ。正直、これは真霜さんには見せたくなかったけど、隠してはおけないから見せるね。これを見ても、同じこと言ってくれるのかな。嫌になったら、素直にそう言ってね」


そう言いながら上着に手をかける僕を、真霜さんは何も言わず不安そうに見つめる。

そして、Tシャツを脱いで背中を見せると、口元を手で覆うようにして、小さな悲鳴のような驚愕の声をあげた。



「う、うそ......。こんなことって......」


「うん、見ての通りだよ。彩咲が僕に刻んだ、彼女の所有物って証」


「こ、この赤いミミズ腫れみたいなのはもしかして......」


「そうだね、入れ墨だけじゃない、それは焼印」


「ひ、ひどい......」



背中全体にいうつも刻まれた「彩咲LOVE」とか「彩咲専用」とか、相合い傘に彩咲と僕の名前を書いたものとか。

それを見て、真霜さんは絶句。


僕は彼女に背を向けたまましばらく動かずに、彼女の次の言葉を待つ。

拒絶の言葉でも、蔑みの言葉でも、罵詈雑言だとしても、僕は受け入れないといけない。




ぐすっ。


「えっ?」


沈黙を破るわずかな嗚咽が耳に届いた。

予想していなかった反応に、慌てて振り返ろうとするも、向けた背中にこそばゆい感触がして、留まる。


......頭を預けられてる?


感触的に、真霜さんの髪の毛とおでこが、僕の背中にくっつけられてるらしい。


時折、ぽたぽたと涙が垂れてくるのも感じる。


その涙がどういう感情なのか僕にははかりきれず、黙って背中とおでこをくっつけたまま固まっていると、しばらくして真霜さんが「ずずっ」と鼻水を啜って話し出す。



「ナナくん、ほんとに辛い思いしてきたんだね。でも、大丈夫だから。これからは安心だからね」


「真霜さん......。これを見ても、嫌になってないんですか?」


「ならないよ! ......私、なんにも持ってないの。それどころかむしろ借金まみれで、ナナくんから色んなもの奪っちゃうかもしれない。このままだとナナくんに処女すらあげられないかもしれないんだよ。そんな事故物件な女と、ホントにお付き合いしてくれるっていうなら、これくらい、全然受け入れられる。むしろ私より傷ついてるナナくんの方を、癒やしてあげたい......!」



彼女の言葉を聞く限り、受け入れてくれるということだろうか。

本当に、太陽みたいにあったかく包み込んでくれる人だな......。


何も持ってないなんて嘘だ。

これまでのやり取りだけでも、十分すぎるくらい、受け取ってる。



「そんなことない。真霜さんはいろんなもの持ってるし、もうすでに僕にいろいろくれてるよ。少なくとも僕に滞在する場所と安心をくれているし、見た目の美貌と中身の可愛らしさだって持ってる。背中のコレを見ても、受け入れようとしてくれた。むしろ僕がなんにもあげられない側なんだから」


「............私、今日死んじゃうのかな......」


「な、なんで!?」


「だ、だって、ナナくんとお付き合いできるんだよね。こんなに幸せなことが起こるなんて、死ぬくらい悪いことが起こらないと釣り合い取れないじゃない!」



いや、僕と付き合うってことをそんなに幸せに感じてくれるなんて、どんだけ喜んでくれてるんだよっ。照れるわ!


「ぷっ」


「わ、わらったなぁ!?」


「いやいや、だって、あんまりにも喜んでくれるからなんだか面白くてさ。コレを見せたら嫌われてもおかしくないって思ってたから」


「んもぉ、私の想いはそんなに軽くないよぉ。でも、ほんとなんだよね......。一昨日までは絶対に無理だって思ってたナナくんとの未来が、今は目の前に、あるん、だよね?」


「そう、だね」



それからしばらく、もう何度目かもわからない彼女の号泣を頭を撫でながら見守った。


ややあって、彼女はぐずぐずと鼻水をすすりながら少しずつ話し出した。



「ぐずっ......。私、結構嫉妬深いかもよ?」


「あんまり他の女性の話を出すのはよくないと思ってるんだけど、前の彼女と比べたら、きっと大丈夫だと思うよ?」


「......その子よりもすごい束縛しちゃうかもよ......?」


「お、お手柔らかにお願いします......」


「............頑張る。でも、私はナナくんを傷つけたりするようなことは絶対しないからっ!」


「うん、そうしてくれると嬉しいな」


「もし、私が20歳になるまでにナナくんの女性恐怖症(?)みたいなのが治ったら、私のハジメテ、あげるからね」


「それは是非とも頑張って治さないとね」


「ナナくんも、本番はまだシたことないんだよね?」


「だね」


「じゃあ、一緒に迎えられるようにがんばろーね!」


「そうだね。不束な僕ですけど、どうぞよろしくおねがいします」


「こちらこそ、幾久しく!」



こうして僕らは、一応お付き合いを始めることになった。











「......私のナナくんの背中にあんな無粋なものを刻むなんて。織女彩咲おりめささ、やっぱり絶対に許さない......」


真霜さんが何やらぼそっと小さくつぶやいた言葉は、彼女の口の中で噛み潰されて、僕の耳には届かなかった。

心做しか、彩咲に似た悪寒を感じたけど、真霜さんは明るくて優しい人だし、気のせいだと思う。

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