第27話 幼馴染と彼女の現状

「と、ところでモモね......じゃなかった。真霜ましも、さん」


「なぁにぃ?」



僕の問いかけに満面の笑みで返す真霜さん。

......そんなに名前呼びが嬉しいのかな?


「えっと......、昨日、というか朝まで僕の話をたくさん聞いてもらったわけだけど、その......よかったら真霜さんの話も聞かせてもらえたりしない、かな?」



その申し出に、真霜さんの表情が一気に暗くなる。


「あ、ごめん、もちろん話したくなかったら無理に聞いたりしないからね!?」


「え? あ、ううん、そんなことないよ、大丈夫。でもどこから話したものかなぁってね。あんまり楽しい話にはならないと思うから......」



やっぱりそうなんだ。


「ほんと、無理に話さなくていいからね......」


「ふふふっ」


「な、なに!?」


「ううん、ナナくんはおっきくなっても優しいままだなぁって。そういうところ、変わらないなぁって思ったらつい笑っちゃった♫」



突然笑い出したから何事かと思ったら、僕が優しいって?


「......優しくなんかないよ。僕はただの興味本位でモモ......じゃなくて、真霜さんの話したくもないような過去を掘り起こそうとする意地汚い人間だよ......」


「ほらっ、そういうところだよっ」



ニコニコと優しくほほえみながら僕の頭を撫でながらそう宣う真霜さんは聖母みたいな輝きを幻視させる。


「あ、ありがと......」


「それは私のセリフだよ。気を遣ってくれてありがとねっ」


「も、もういいから! 話を戻すけど、もしよかったら真霜さんの話、聞かせてくれる?」



なんか無性に照れくさくなってきたから強引に話を戻すよう促す。


「あ、うん、そうだね。......そうだなぁ、まずは端的に結果、というか私の現状からお話するのがいいかな?」


「そうだね。それは、なんて言うか、聞いていいのかわからなかったけど、実際凄く気になるな。真霜さんを僕らの施設から引き取った人たち......星迎さん(?)は結構なお金持ちだって聞いてたから。その、なんていうか......」


「この私の部屋とか見た目の状態と一致しない、って思った、なんてところかな?」


「そうだね、言葉を飾らずに言えば、正直そう思った」



僕が言葉にしづらそうにしてるのを見かねたのか、真霜さんが言いたかったことを補足してくれる。


「うん、その疑問は尤もだと思う。部屋も私自身も、できるだけ気をつけてはいるけど、自分の見た目のケアもかなり怠ってしまってる部分あるから......」


「や、見た目は凄く良いままだと思うけど......」


「ナ、ナナくん!......はっ」



僕の言葉に真霜さんは両手を広げて近づいてこようとして、途中ではっと何かに気づいたようにピタッと止まった。

多分僕に抱きつこうとして、でも僕が抱きつかれたらパニックになってしまうってことを思い出して留まってくれたんだろう。


「ごめんね、ナナくん。危ない危ない。嬉しすぎて危うくナナくんを気絶させちゃうところだったよっ。よく思い留まったぞ、私っ」



両手を自分の胸の前でグーの形にして『むんっ』としながら、自分を褒める言葉を呟く真霜さん。

その微笑ましい光景を見せてくれることで、凍りそうになったその場の空気を適度にほぐしてくれた。


「ありがと、真霜さん」



可愛らしい姿にまた頭をよしよしと撫でてしまう。

そうして撫でる僕の手に自分の頭をこすりつけるようにしながら幸せそうに目を細める真霜さんはやっぱりあざとい魔性を放ってる。


真霜さんは2歳年上だし、包容力も満点だけど、ついついこうやって撫でてしまいたくなるような柔らかな雰囲気もあるんだよな。


「って、真霜さん、また話が逸れてるよ!」


「しまった! ......むぅ、まったくぅ、ナナくんが悪いんだからねっ」



............彩咲の傍にいた頃、何度となく『なぁくんが悪いんだからね』と、彩咲の暴力やら束縛のすべてを悉く僕のせいにされてきた。

あのころは「あなたが悪いんだからね」という言葉がめちゃくちゃ嫌いで、彩咲から言われるたびに鳥肌が立つくらいだったんだ。


なのに。なのに、それを真霜さんから言われても、『かわいいな』って気持ちしか湧かない。

どうやら僕は、再会してからの短時間で、それくらい真霜さんに絆されて信用してしまっているのかもしれない。


「うんうん、話を遮っちゃってごめんね〜」


「もぉ適当だなぁ。でも許してあげちゃいますっ。それじゃあ、続き話すね?」


「はい、お願いします」



真霜さんは『ふぅ』っと一息入れて、ここまでの和やかな雰囲気をちょっとだけ引き締めると、神妙な面持ちで、アタリマエのことかのように衝撃的な事実を告げた。





「結論から言えば、私を引き取った両親が経営してた会社が倒産して借金まみれになって、それを返すために私もお仕事しながら倹約生活してるの。普段忙しいのとお金がないのとで、お部屋のこととか身だしなみのこととかがあんまりできなくなっちゃってる、って感じかな。このシルバーアッシュの髪も、ストレスで白髪がでてきちゃったからそれっぽく染めたんだ」



......もしかしたらとは思ってたけど、やっぱりそっか......。


当時はきれいな黒髪だった真霜さんの髪色が変わってたのも、単に大人になって染めたくなった、ってわけじゃなかったんだな。

銭湯で彼女を見かけたときも、最初誰かわからなかった大きな要因だったけど、そういう苦労の現れだったのか。


でも......それでも............。


「えっと、正直僕なんかがどういう言葉かけて良いのかわからないって感じなんだけど......まずその銀の髪、真霜さんにとっても似合ってて素敵だよ」


「ふふふ、ありがと。ナナくんにそう言ってもらえて嬉しいな♫」



そう言って微笑む真霜さんの表情には、少なくとも表面的には、憂いを感じ取ることはできないくらい明るさに満ちていた。

僕に言えることなんて、彼女の素敵さは変わらないってことを正直に伝えることくらいなものだから、それを素直に受け取ってもらえてとりあえず一安心。


それよりも今は確認しておかないといけないことはいろいろある。


「............ちなみに、その借金ってどれくらい......なの?」


「えっと、会社が倒産したのが私が高校3年生のときのほとんど終わりの頃で、あと1ヶ月で大学進学って頃だったんだけど、その最初の頃で1億くらいの損害が出て、星迎の両親が私財とか諸々売り払ってなんとか7500万円くらいは返せたの。でも、残りの2500万円くらいはどうしようもなくて、借金になっちゃった。それで私も働いて頑張って返してるところなの」


「2500まんえん......」



正直自分の感覚では2500万円というものの価値を正しく評価できないくらいの大金。

......ちょっとでも考えるだけでも業腹だけど、彩咲の家、織女おりめ家なら、それくらいのお金はポンっと払えるんだろうな。


それにしても、あぁ......真霜さんも、あれからたくさん苦労したんだろうな......。


「ん? っていうか、そんな中でさっき僕にご飯食べさせてくれたの!? ごめん、全然気が回ってなかった! さっきのパスタの分のお金は、後で絶対返すからね!」



そうだよ、借金で自分の首も回らないって状態なのに、当たり前みたいに僕にパスタ食べさせてくれた!?


「そんなの、私よりナナくんの方がひどい状態なんだから当たり前だよ」


「い、いやいや、僕より真霜さんの方がやばい状態でしょ!」



待てよ......。


昨日の夜、不自然な時間にあの銭湯から出てきた、一見あの場にそぐわないキャバ嬢みたいな派手な格好の人たちと金持ちそうなおじさんたち......。

そこで働いているらしい、ものすごい借金を負った真霜さん......。

久しぶりに会った僕を不用意に部屋に上げてあざとい仕草をし続けるとか、男慣れしてるような振る舞い......。


......まさか。




「............もしかして、真霜さんが働いてるあの銭湯って......実は風俗店みたいな側面があったり......する?」








「よく、わかったね」

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