第26話 幼馴染と呼び方
僕のリクエストに応えて、モモ姉は手早くカルボナーラを作ってくれた。
別に生クリームから作ったりしてたわけじゃなく、パスタを茹でてレトルトのソースを温めてかけて、卵をのせたシンプルなもの。
後でふりかけていた胡椒の香ばしい香りが空腹をさらに刺激する。
「お、美味しそう......」
「レトルトしかなくってごめんね? ホントは何か手のこんだもの作ってあげたかったんだけど、家にある材料じゃほとんどなんにもできなくって......」
「いやいや、十分すぎるくらいだよ! むしろ僕の方がおじゃましてるのに、こんな立派なご飯までごちそうになっちゃって申し訳ないくらい」
「ふふっ、『立派な』だなんて、レトルトの食べ物に使う言葉じゃないよぉ......あっ」
楽しそうにツッコんできたかと思ったら急に申し訳無さそうな表情に変わる。
きっと僕がこれまで食べさせられてきたものを思い出して、僕に悪いことを言ってしまったとか思ってるんだろうな。
「あー、そういうの、あんま気にしないで? モモ姉になら、むしろネタにしてもらった方が気が楽だし」
「うーっ、そっかぁ。わかった、あんまり気を遣わないようにする〜」
渋々といった具合の承諾。
からの一気にテンションを転換させる。
「じゃあ食べよっか!」
「うん、そうだね。いただきます」
「はい、召し上がれ♫」
うまい......。
レトルトとはいえ、久しぶりの手料理っぽいもの。
昨晩、銭湯併設のレストランでもご飯食べたけど、それとは比べ物にならないくらい、美味しい。
味もそうなんだけど、そういう問題じゃない。
「モモ姉ちゃん......。美味しい、よ」
僕は、パクパクとフォークを口に運ぶ手を止めることのないまま話す。
ついでに目から滴り落ちる涙を止めることもないまま。
「ナ、ナナくん、ほんとに大げさだよ。............でも、うん、辛かったんだね。ゆっくり食べてね」
「ありがと。ありがとう」
それから皿のパスタが空になるまで、2人とも無言のまま、食器が軽くぶつかる音だけが部屋に響いた。
*****
「ふぅ......。ごちそうさま。ほんとに美味しかったです。ありがとね、モモ姉」
「いえいえ、お粗末様です。レトルトだったのにそんなに喜んでもらえちゃったら、むしろ気が引けちゃうなぁ」
「そうなの? でもほんとに美味しかったんだよ。気持ちの問題かもしれないんだけどさ、ははっ......。なんていうか、込もってたのかは知らないけど、愛情が込もってる感じがしたっていうか......」
「............。ねぇ、ナナくん。もしよかったらなんだけど......しばらくうちに泊まっていかない?」
「え?」
「今日はレトルトで私の愛情を込める余地があんまりなかったから、ちゃんとばっちり愛情を込めたご飯を食べてもらいたいし......、それに......」
「い、いやいや、流石にそんなのモモ姉に悪いよ」
「ぜ、全然悪くないよ! それにナナくん、
「え、えー......。それ、やっぱり僕ばっかり得してるじゃんか。僕はモモ姉になんにも返せないのに、そんなに迷惑を掛ける訳には......」
「私はナナくんと一緒にいるだけで癒やされそうだからそれで十分なんだけど。それじゃあナナくんが納得できない、か。うーん、そうだなぁ。それじゃあ、ちょっとだけ家事をしてもらうっていうのはどうかな?」
「家事?」
「うん。部屋のお掃除とか、お洗濯とか。別に絶対じゃないし、やれる範囲のことだけちょっとやってくれたら十分なんだけど......。どう、かな?」
「えー? うーん。でもー。えぇー。ほんとに、いいの?」
「うんうんっ! もちろんだよっ! むしろ私がお願いしたいの! ね、お願い、うちに泊まっていって?」
「そこまで言ってもらえるなら、ちょっとだけお世話になろう、かな?」
「やったぁ!」
諸手を挙げてあざとく喜ぶモモ姉は子どもみたいで可愛い。
「それじゃあ、ちょっとの間、よろしくお願いします、モモ姉」
「はいっ、こちらこそ不束者ですがよろしくお願いしますっ。あと、ちょっとじゃなくてずっとでもいいからね」
そう言いながらパチンッとウインクをかましてくる。
「あはは、やっぱりモモ姉あざといよ」
「もぉ、また言ったぁ。......そういえば、さ」
さっきまでの威勢のいい元気はどこにいったのか、何か言いたそうに口ごもる。
「どうしたの?」
「その、さ。ナナくん、私を呼ぶとき、昔と同じで『モモ姉』とか『モモ姉ちゃん』って呼ぶじゃない?」
「あぁうん、そうだね。......あ、もしかして、本当の姉弟でもないのに『姉』ってつけて呼ぶとか辞めろってこと!? ごめん!」
しまった、久しぶりに会ったいい年した男に姉呼ばわりされたら、鬱陶しいと思われても仕方ないかもしれない。
そんなこと特に気にせず昔のまま呼んでしまっていた......。
気をつけよう。
「い、いやいや、そんなんじゃなくって! ただ、『モモ』って私の昔の名前の『
「あっ、そっか......」
しまった、自分が思ってたことよりもセンシティブな問題だった。
新しいご家族にもらわれて苗字が変わってるのに、亡くなった本当のご両親の名前を元にしたあだ名のまま呼ぶなんて......。
「ご、ごめんっ。何も考えずに昔のまま呼んじゃってた......。そうだよね、デリカシーに欠けてたよね。ほんとにごめんなさい......」
「だ、だから怒ったりしてるんじゃないから! 謝らないで!」
「そ、そうなの?」
「そうなのっ」
「そ、そっか......。えっと、それで、なんて呼んだらいいのかな? 確か今の名前が
「うーん......」
「あ、もしかして馴れ馴れしすぎるのはだめだったり? じゃあ、星迎さん......とか呼んだ方が、いい、かな?」
「それはイヤ!」
「うおっ!?」
モモ姉は唐突に大きな声を上げたと思ったら、すごい剣幕でずいっと僕の目の前まで顔を近づけてきた。
提案した「星迎さん」呼びが相当お気に召さなかったらしい。
「その......いろいろあって、あんまりその名前気に入ってなくって......。ナナくんには......下の名前で呼んでほしい、かな」
「へ?」
両手の人差し指同士をちょんちょんと突かせて、唇を軽く尖らせながら、引き取られた先の家名を気に入らないと言う。
もしかしたら今のこの質素気味な生活と関係があるのかもしれないし、そこについては今はあんまり触れないほうがいいか......?
「えっと、もしよかったら、
「い、いいけど......」
「ほ、ほんとっ!?」
「う、うん、ほんとほんと」
僕の了承の言葉に、さっきまで曇り気味だった表情を明るく変えて、またずずいっと顔を近づけるモモ姉、もとい真霜姉。
「やったっ。じゃあ早速呼んでみてくれないかしら」
「うん。えっと......真霜、
............なんだこれ。名前呼ぶだけでなんか恥ずかしい!?
なんか真霜姉もニマニマしてるし。
え、今まで彩咲のところで散々辱められてきて、僕の中に羞恥心とか残ってないと思ってたのに!?
久々に感じる自分の心情に驚いていると、真霜姉がさらに畳み掛けるように口を開く。
「......その、『お姉ちゃん』扱いじゃなくて、もっと恋人みたいに親しく呼んでもらえたり、しないかしら......?」
「そ、それは......」
思ってた以上に恥ずかしいな。
「ダメ......かしら? ......こういうことはあんまり使いたくないけど......うちに泊まっていく変わりに、ダメ?」
目をウルウルすなっ!
可愛いなっ。
......しょうがない。
「ま、真霜........................さん」
流石に呼び捨ては厳しかった。
......なんでかはわからないけど。
「むぅ。まぁ今はそれでいいわ。でも、いつかは呼び捨ててくれたら嬉しいな♫」
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