第25話 幼馴染とブランチ
手をにぎにぎしたり、目があってニッコリしたりと、あんまり意味はないけど穏やかな時間を過ごしてしばらく。
「そろそろお風呂入ろっかな。昨日夜入れなかったし」
「あ、ごめん、僕がずっと話してたせいでお風呂も入れなかったんだよね......」
昨晩はモモ姉ちゃんの家に寄せてもらってすぐ話し始めて、そのまま寝ちゃったから、彼女はお風呂に入れていないんだ。
僕はそもそも昨日モモ姉に会った場所が場所だし、銭湯でしっかり風呂に入っていたから、そこまで違和感がなかった。
でも、モモ姉ちゃんはあそこで仕事してきたんだし、汗もかいて気持ち悪かっただろうに、僕の話を止めることなく聞いてくれたんだよな......。
その優しさにまた胸がいっぱいになる。
ただ、女性を風呂に入らせてあげることにも意識が回らないなんて、僕は相当いっぱいいっぱいになってるみたいで、要反省だ。
「大丈夫、気にしないでっ! なんならいっしょに風呂に入る?」
ニヤリと口角を上げながら挑発じみたことを告げてくるモモ姉。
昨日の時点の僕なら、モモ姉に対してだったら挑発には挑発で返すみたいに、「それじゃお願いしてみようかな?」みたいなことを言ってたのかもしれないけど......。
「あー............すごく魅力的な提案なんだけど......。僕の身体は......ね?」
「あっ......そっか。ごめんなさい、私、無神経なこと言っちゃって......」
「い、いやいやっ。それこそモモ姉が気にする必要ないんだって!」
そう、僕は腕に抱きつかれて胸の感触がしただけで発狂してしまう身体になってる。
しかも昨日の接触は、胸の感触といっても、下着越しであることがわかる硬さだったのに、だ。
それが一緒に風呂でも入ってモモ姉の身体でも見ようものなら......死ぬかもしれない。
最悪、彩咲にされた性的な仕打ちがフラッシュバックするかもしれない。
本番だけは回避してきたけど、ひどいことは色々されてきたわけで。
そういうわけで、丁重にお断りさせていただいた。
ただ、モモ姉が『ものすごく悪いことを言ってしまった』みたいな顔をしてるから、そこまで気にしないでほしいと思い、声をかえる。
「もしよかったらモモ姉ちゃんの後に、部屋のお風呂使わせてもらってもいいかな?」
そう伝えると、パアッと嬉しそうな明るい表情を見せてくれたので一安心。
「もちろんだよ! むしろ先に入っても良いんだよ!」
「いやいや、流石に家主より先に入るのは気が引けるし、なにより僕は昨日銭湯に行った帰りだったからね。お風呂を求める気持ちは絶対モモ姉ちゃんの方が強いだろうから」
心からの気持ちを言葉にしただけだけど、実際の理由はそれだけじゃなかった。
目が覚めたときから、モモ姉の方から『フェロモン』と形容するしかないような、言語化出来ない甘い感じの匂いが漂ってきていて、理性的なものがグラグラしてきてたってのがデカい。
自分の身体のせいで......いや、おかげで、かな? モモ姉に変な手を出すってことは、拒絶反応が出てできないだろうけど、それでも下半身は正直らしく、ごまかすので精一杯だった。
モモ姉には一刻も早くシャワーを浴びてもらって、そのフェロモンを適度に抑えてもらわないと困る。
そういう意図が大いにあった。
僕の卑猥な心の内には気づかなかったのか、なんともない様子で「ふーん、そっかぁ」と言って続ける。
「わかった、ありがとねっ。それじゃあお先に行ってきますっ。待ってて、すぐ上がっちゃうから!」
むんっと両手に握りこんで、ガッツポーズを2つ作るような仕草をして、風呂場に向かっていくモモ姉。
「......や、ゆっくりしてきてよ」
あざとさのレパートリーは大層豊富らしい。
*****
それから順番交代でシャワーを浴びた。
風呂場に残ったモモ姉の香りに、多少の興奮と軽い発作を起こしながらも、なんとか無事に身体を清めることができた。
「モモ姉ちゃん、あがったよー。ありがとー」
「いえいえ〜。ゆっくりできたー?」
「んー............」
「あ、あれっ? ゆっくりできなかった......? そんな反応が返ってくるなんて思ってなかったよ......」
「あ、いやー、なんていうか、モモ姉のフェロモンみたいなのが漂ってて、ちょっと発作みたいなの起きちゃってさ......」
「ほぇ?」
「接触したらだめなのかと思ってたけど、裸の状態でモモ姉の匂い嗅いだのがだめだったのかな......昔のことがちょっとだけフラッシュバックしちゃったみたいで......」
「そ、そっか......。でも無事だったみたいでよかったよ」
久しぶりに会った男が、自分の部屋の風呂の匂いを嗅いでいやらしい気持ちになってるのが怖いのか、僕から目を逸らすモモ姉。
わかってくれてはいるだろうけど、ここはちょっと安心してもらわないとね。
「うん、変なこと考えちゃってごめんね。でも、絶対襲ったりしない、っていうかできないから、そこは安心してほしいな」
「え? あ、いや、それは全然心配してないっていうか......別にいいっていうか......」
モゴモゴと言いよどむモモ姉が可愛らしい。
でも、『別にいい』とか、やっぱり男慣れしてる感じなのかもな〜。
まぁそれはそれとして......。
ぐぅぅぅううううぅぅ。
「あはっ。お腹へっちゃった?」
「うん、そうみたい」
口で『ご飯食べよう』って言おうと思ってたら、その前に身体の方が正直に声を上げてしまった。
「昨日の夜も食べてないし、今はもうお昼すぎだもんね。おなかすいてて当たり前だよっ。私ももうペコペコだっ。何か食べよっか」
ニコニコとしながら立ち上がって玄関の真ん前にあるキッチンの方に歩いていくモモ姉。
ガチャッと冷蔵庫を開けて『んー、何ができるかなぁ』なんてつぶやいている。
家にあるもので何か作ってくれるつもりなんだろう。
モモ姉のことだから、きっと僕の分も考えてくれてるんだろうけど......。
「えっと......僕も、食べ物、もらっても、いいの、かな?」
彩咲のところにいた頃のことを思い出して、自分がまともな食べ物がもらえるのか不安になる。
「もちろんだよっ。......あ。もし心配してるんだったら、当たり前だけど、ナナくんの元カノちゃんみたいに、食べ物じゃないものを食べさせたりしないから安心していいからね!」
「そ、そっか。ありがと」
「ふふっ。当たり前のことを言ってるだけで感謝されるなんて変な感じだねっ」
......笑顔に癒やされるなぁ。
シャワーも浴びたのに頭が起ききっていないのか、それともこの癒やし空間では必要がないと身体が勝手に判断しているのかはわからないけど、頭が一切回らず、未だに微睡みの中みたいな状態だ。
冷蔵庫の中を一覧する彼女の横顔を特に何も考えずにぼーっと眺める。
「うーん、卵と野菜がちょっと......あ、パスタはあったかも。そうだなぁ。家にあるもので今からすぐできるのは〜、カルボナーラか〜、オムレツくらいかな?インスタントならお味噌汁もあるけど、ナナくんは何か食べたいものあるー? って言っても、ほとんどなんにも作れないけど」
てへへっと言わんばかりに、チロッと舌をだしてウインクする、あざとさ選手権大会優勝候補筆頭選手のモモ姉こと、星迎真霜選手。
「候補ってか、もう優勝でいいよ......」
「何が優勝なの?」
「えっ、あ、声に出てた?」
あまりにあざとすぎて、うっかり声に出してしまっていたらしい。
ここに来てからの僕は気を抜き過ぎかもしれない。
彩咲がいないからって、あんまり油断してたら何に足元をすくわれるか分かったものではない。
ちょっとだけ気を引き締めていこう。
「ごめんごめん、独り言だよ」
「何が優勝なの?」
「いや、ほんとなんでもないよ?」
「何が優勝なの?」
ニコニコとしているのにちょっと圧を感じるように何度も尋ねてくるモモ姉。
この振る舞いを彩咲にされていたら恐怖しか感じないところだっただろうけど......。
「そういうところだよ」
「ん? そういうところって?」
きょろっとした目をパチクリさせながら小首をかしげるモモ姉。
「そういうところも」
「え? え? どゆこと?」
「あはは、モモ姉は言動全部があざとすぎて、あざとさ選手権優勝だよなって思ってたんだ。それだけ」
「もぅ、またあざといって言ったぁ〜。そんなことないもんっ」
頬を膨らませてプンスコしてる。
「ほらまた。わざとやってるよね?」
「何がよぉ〜!」
わざとじゃない天然モノらしい。
すごいな。
「はははっ、ごめんごめん。でもモモ姉のあざとさは折り紙付きだよ。大丈夫、抜群に可愛いだけだから」
「むぅ......。可愛いとか言われたらこれ以上怒れないじゃない......」
可愛いし、彩咲のときみたいに発言に注意しなくていいから、ついつい口が滑っちゃうんだよな。
......っと。いい加減お腹すいてやばいな。
「ごめんごめん。えっと、ご飯だけど、もしよかったらカルボナーラを、所望してもよいでしょうか?」
「わかりました! すぐ作るからちょっとだけ待っててください!」
ビシッと
うん、いい加減しつこいかもだけど、そういうところも、ね。
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