第24話 幼馴染と寝起きのひととき

「辛かったよね......。苦しかったよね............。痛かったよね..................。大丈夫、もう......もう大丈夫だからね。心配しなくていいからね............。ここにはナナくんにひどいことする人なんて、いないからねっ!」


モモ姉の優しい声音に、その言葉に、気づいたら僕は涙を流していた。


「辛かった......? 苦しくて痛かった......?」


「そうだよ、ナナくんはいっぱい我慢して、頑張ってきたんだよ! もう、無理に頑張らなくて良いんだよ......!


「そ、っか。僕は、頑張った、のか......」


「そうだよ、頑張りすぎたんだよ。大丈夫。私は絶対にナナくんの嫌がることはしない。無理に触れたりしない。だから、ナナくんはここでゆっくりしてて、いいんだよ」


涙で前が見えなくなっていたけど、モモ姉が顔を上げて優しい表情をしてることはわかった。

重ねた手にギュッと力を入れているのも感じる。


もしかしたら、僕を抱きしめようとしているのを意識的にこらえてくれているのかもしれない。

......さっきみたいに僕がパニックに陥ってしまわないように。


彩咲は絶対にしてくれなかった細やかな気遣い。

そんなあざとさじゃない包容力に気づいてしまうと、なおさら感情が抑えきれず、滂沱の涙を禁じえない。


そのまま僕らは2人して、手だけ重ねながら声を上げて泣き続け、いつしか限界が来て眠りに落ちていた。



*****



「うぅ......ん〜」


窓から差し込むさんさんとした太陽の光に目を覚ます。

昨晩、というか朝まで話していたからか、まだ目がしょぼしょぼする。


しばらくして視界がクリアになると、目の前にモモ姉ちゃんの顔がアップで映った。


「あ......おぅ、そっか............」


多少の混乱もありつつも、昨晩、2人とも泣きつかれてほとんどそのまま横になったんだったな、と思い出して落ち着く。


彩咲の傍に居たときの癖で、目を覚ましたときに身体の状態を確認する。


あのころは、起きたら入れ墨やら焼印やらが増えてたり、着けられた記憶のはっきりしない打撲痕やら火傷の痕が増えてたりしたから。

自分の体の状態を確認するのはほとんど習慣みたいになってる。


と、大げさに言ってみたけど、起きてすぐに、『今は彩咲から離れてる』ってことと、『周囲に彩咲がいる気配はなく、昨日来たモモ姉の部屋にいる』ってことが確認できたので、丁寧に確認したりはしていない。


単に、モモ姉と手を恋人繋ぎにしたままだなぁ、とか、ベッドで向かい合って寝たっけ?ってこととか、手足を縛られたりしてるわけじゃないなぁとか、モモ姉のまつ毛長いなぁとかとか......。

あ、最後のは自分の体の状態じゃないか。


っていうかモモ姉も、小学校以来7年ぶりの年頃の男を不用心にも家に上げるとか、わりと正気じゃないよな......。

..................もしかしてこういうの慣れてたりすんのかな......?

昨日は一瞬、肌やら髪のツヤやらがこころなしかくすんでるようにも見えたけど、それでもモモ姉は美人だし、昨日見ただけでも大分あざとかったし、モテそうで全然ありえる。


あー、それはなんか嬉しくはないな。

短い間だったけど、もともと同じ施設で育った家族みたいなもんだし、そんな人が男をとっかえひっかえしてるところを想像するのはなんかムズムズする。

姉妹がいるやつは、こういう気持ちになったりするもんのかな?


あとでなんとなく聞いてみるか。



ともかく自分が五体満足、監禁されてたりする様子もなにも問題なしの状態であることが認識できた。


顔を動かして部屋の中の時計を確認すると、時間はすでに13時を回っている。

通りで窓から差し込む光が妙に燦々としてるわけだ。


まぁそもそも眠ったの朝だったし、恥ずかしながら泣きつかれてたし、こんな時間まで寝てしまってても仕方ないよな。


誰にするでもない言い訳を心のなかで唱えながら、少し今日の予定を考えてみる。



どうせ僕は行き先もやることもないんだし、彩咲がいたところからも大分遠くに来た。

山の中をそれなりに長いこと自転車走らせたから追手とかもしばらくはこないというか、このままじっとしてたら見つからないはず。


そのうちなんとかして、過去を探られない形でお金を稼いだり住む場所を見つけたりして生活の基盤を手に入れないといけないけど......。

今日はせっかくモモ姉に会えたんだから、ちょっとだけこの街でゆったりして、それから考えても良いかもしれない。


手元に残ったお金だけでも、もう少しの間くらい生きていくくらいはできそうだし。

高校は......あと半年で卒業だったけど彩咲に辞めさせられてるだろうから、僕は中卒か〜。


ま、派遣バイトとかならなんとか雇ってもらえるだろ。



昨日は僕の話をしただけで眠ってしまったもんなぁ。

モモ姉も今日休みって言ってたし、モモ姉の現状も気になるし、昨晩じっくり話を聞いてもらってなんだか楽になった気もするし、もし許してもらえそうなら、今日は僕が話を聞いてあげられたりしないかな?


でも事情も何もわからないし、別にまずい状態かどうかもわからないし、無駄に恩着せがましいか。



横になったまま目を閉じて、どうしようかな〜とぼんやりと思考を巡らせていると、ニギニギと手を柔らかく握られる感触が伝わってくる。


「あっ、モモ姉ちゃん、起きた?」


起きてからまだ声を発してなかったから気づかなかったけど、昨日たくさん話したからか、寝起きだからか、いつもの自分らしからぬガラガラ声がでた。


「ふふっ、おはよ。ナナくん、声が変になってるよ」


起き上がることのないままクスクスと笑いかけるモモ姉。

朝起きてコレほど平穏な気持ちになったのはいつぶりかわからない。



あぁ、昨日からこんなのばっかりだな。

逃げ出した初日に味わったスポーツドリンクの美味しさにも衝撃を受けたけど、モモ姉に会ってからの衝撃の多さは比べ物にならないな。

失礼かもしれないけど、彩咲と同じ女性、っていう観点で無意識に彼女と比べてしまっていたりするからだろうか?


愚痴をこぼしても優しく共感して僕のために怒ってくれるところ。

痛いことをしたり、身体に何かを刻み込んだり、食べ物じゃないモノを食べさせようとしたりしないところ。

無理に身体に触れてこないでいてくれたりと、細かい気を利かせてくれるところ。


どれも彩咲と居た頃には味わえなかった安心感を与えてくれる。

ある程度の期間、離れてたけど、それでもやっぱり家族みたいなもんだから、安心できるのかな......?


「昨日いっぱい喋ったからかもね」


モモ姉の『声が変になってる』って指摘に適当に答える。

彩咲と居たときは、一挙手一投足にできるだけ注意を払っていた。

質問されたときとかは、どう答えるべきか悩んでいたし、ときには悩みすぎてタイムオーバーで折檻されたことだってあるくらいだ。


なのに、モモ姉の質問にはこんなに気安く答えられる。

昨日最初会ったときから割と気安く話せていた気もするけど、ここまでではなかった。

それもこれも、昨晩話を聞いてもらって、優しく包んでもらったおかげだろうな。


あぁ、また彩咲と比べてる。

これ、もはや新しい癖みたいなもんだな......。


勝手に人を評価するなんて、あんまりいい癖じゃないし、そのうち意識して治さないとな......。


「ふふ、そうだね。たくさんお話してくれてありがとね。本当ならぎゅってしてあげたいところだけど、もしかしたらナナくんの身体がびっくりしちゃうかもしれないからね......」


にこやかに微笑んでいたかと思えば、抱きしめられないことを本気で申し訳なく思っているのか、しょんぼりした表情を見せてくれる。


朝から......いや、もう昼だけど、寝起きからコロコロといろんな表情を見せてくれるなぁ。



「全然気にしないで。こうしてもらってるだけで凄い安心するから。むしろ、いろいろありがとね」


繋いだ手を軽く動かしながらお礼を伝えると、しょんぼり顔をまたにこやかに戻してくれる。




それから数分くらいの間だろうか、まだ微睡みの中を漂ったままの僕らは、何を話すでもなくお互いの手をニギニギして過ごした。

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