第21話 幼馴染とパニック

「わあぁあああああぁぁぁ!?!?!?!?」


押し付けられた柔らかい感触に、意識とは別のレベルからパニックに陥る僕。


「ナ、ナナくん!? どうしたの!? ごめんなさい、腕組むのそんなに嫌だった......っ?」


突然に錯乱したように叫びだして、暴れて、荒く肩で呼吸する僕を心底心配そうに見つめて声をかけてくれるモモ姉ちゃん。



正直、自分でも何が起こったのかわからなかった。

意識して振る舞った行為ではなかった。


だけど、モモ姉の胸の感触を感じた瞬間、確かに走った思考。

脊髄反射に近い速度で刹那の間に脳を駆け巡った思考。


<女性の胸部に触れるのは危険で、この後、恐怖が押し寄せる合図だ>という直感。もとい経験則。



さっきまでモモ姉と普通に話せていたから女性恐怖症とかにはなってないと思っていた。思い込んでしまっていた。


だけど性的な接触に対しては、僕の身体と心には、そうそう拭いきれない恐怖が条件付られてしまっているらしい。

何年にも渡って彩咲に刻み込まれた恐怖は、そう易易と僕を開放してくれる気はないようだ。



僕の腕に抱きついたことが原因だと認識しているのか、片手を自分の胸に置いて、もう片方の手を僕に触れさせて良いものかわからず空中でまごまごと遊ばせて、過呼吸状態の僕を心配そうに見上げておろおろするモモ姉。


可愛らしくおたおたするその様子を見ていると、なんだか緊張で強張った心身が絆されて穏やかな気持ちになり、少しだけ呼吸が安定してきた。


「はぁ、はぁ......っ。だ、大丈夫。......むしろ僕の方こそ、急におっきな声出して暴れちゃってごめん......」


「そ、それは構わないけど......えと......」


僕の反応が強烈な拒絶に映ったのか、眉をしょんぼりと下げるモモ姉。

いや、身体が拒絶反応を示してしまったのは紛れもない事実なんだけど。


「ほんとごめんね。でも、誤解しないで、モモ姉ちゃんのことが嫌とかじゃないんだ」


そう、身体はともかく、心は決して彼女を拒絶しているわけではない。

ふぅっと一呼吸入れて息を整えてから、落ち着いて弁明した。


「そ、そうなの......?」


「うん、心配かけちゃってごめんね。そのへんのことも、移動してから話そう。まずは、ちょっと、落ち着けるところに、移動させてもらっても、いいかな?」


未だ完全には収まらない荒い呼吸に、言葉が途切れ途切れになる。

息も絶え絶えに、とりあえず移動したい意思だけを伝えると、モモ姉は少し困ったように眉を潜めたあと、気持ちを切り替えたのか、キリッとした顔で続けた。


「う、うん、もちろんだよ! ごめんね、私のせいだよね。私の家、すぐそこだから。えっと、5分くらいだけど、歩ける?」


肩を貸したいけど自分が触れたらまたパニックになってしまう、と遠慮してくれているのだろうか。

少し先の方を指差しながら、優しく尋ねるだけに留めてくれるモモ姉。


「うん、大丈夫。自転車とってくるね」


その指差し方も、なぜかちょっとあざとく見えるのは僕が混乱してるからだろうか。


ここ数年感じた記憶のない甘やかな気遣いが骨身にしみる。



僕はなんとか呼吸を整えて、すぐそこにある駐輪場から、ここまで自分を運んでくれた自転車をとりだして、押しながらモモ姉の横にならんで歩き出した。



*****



宣言通り5分ちょっと歩くと、目的地にたどり着いた。


この町に着くまで長距離をなかなかの勢いで移動してきた。

たった5分歩くだけでも、まだ若干脚に溜まっていた疲労が感じられないでもなかった。


それでも銭湯でゆっくり仮眠が取れたおかげで体力的には大分ましだった。




目の前には木造2階建ての、率直に言ってボロいアパート。


やっぱりだ。

この建物の外見だけでも、見た感じ裕福で余裕のある暮らしをしているとはとても思えない。


モモ姉ちゃんがもらわれた家、確か、今の名前が......星迎ほしむかえ家、だったか?

どういう状態なんだろうか......。


はやく色々聞きたいけど、そこはもう少し我慢だ。


今のこの状況、絶対モモ姉ちゃんの方が僕に聞きたいことは多いハズ。


銭湯で閉館時間ギリギリまで眠っていた理由。

突然この町に現れた理由。

左目に傷が入っていて、明らかに焦点を定めずバグっている理由。

そしてさっき突然発狂しだした理由。


どれもこれも、すぐに聞き出したいくらい異常なことのはずなのに、モモ姉はまだ僕になにも聞いてこない。

いろいろあるってことを察してくれて、腰を落ち着けてから話そうってことなんだろう。


そうでなければ、こんな遅い時間に「待っててほしい」なんて言って引き止めて、家にまで上げてくれるなんてこと、普通はできないだろう。



モモ姉ちゃんの心遣いに感謝しつつ、疑問を心の中に留めて彼女について行くと、2階の一番奥の部屋の前で止まる。

そこで、鍵を取り出した。


その鍵には、見覚えのある赤いお守りがぶら下がっている。


それをぼーっと眺めていると、がちゃっと音がしてドアが開かれた。


モモ姉ちゃんはドアを90度開くと、片手でドアを持ったままこちらを向く。

そして、また親指と人差指でL字型を作って、矢印で指すように部屋の中を指差しながら、白い歯を少し見せるようににっこり可愛く微笑んで告げた。


「星迎真霜ハウスへようこそ!」





やっぱりあざといな。

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