第19話 幼馴染 星迎真霜

「はいっ! モモ姉ちゃんですっ。覚えててくれて嬉しいわ!」


素直に驚いた。

逃げ出して遠くに来た先の、何気なく入った銭湯で、こんな再開をすることになるなんて、微塵も思ってもみなかった。


言われてみれば彼女の目元や鼻、口元にはそこはかとなく見覚えがある。


モモ姉ちゃんは僕が幼稚園の年中の頃に両親をなくして僕と同じ孤児院に入ってきた2歳年上の女の子だった。

僕自身は1歳の頃には両親を事故で亡くして以来、身よりもなく、ずっとその施設にいたから、その施設では僕のほうが先輩だった。


モモ姉ちゃん施設に来たばかりのときは、他の子たち同様ふさぎ込んでほとんど話もしてもらえない状態だった。


それもさもありなん。

僕らがいた施設にくるのは、両親をともになくしていて、かつ親戚筋にも頼れる人が居ない、そういう天涯孤独な子どもたちだけだったから。

幼いながらにそんな境遇になった子たちが、いきなり元気いっぱいに新しい環境に馴染めるはずもない。


そんな来たばかりのモモ姉ちゃんに施設の案内をしたり、一緒に遊んだりしていたのが僕だった。


当時の僕は男女とかの意識はほとんどなくて、純粋に新しい家族として彼女を迎え入れていたと思う。

そのころは僕ら以外にその施設にいる子はほとんど居なかったのもあって、僕らはそれなりに一緒の時間を過ごした。


幸いにして、モモ姉ちゃんは小学校4年のとき、つまり僕が小学校2年生のときに新しい家族のもとに養子として迎えられ、施設を巣立っていった。


僕は高校に上がってもそういう話がなかったけど、彩咲といろいろとあって、彼女の家に援助を受けながら一人暮らしを始めていたっていう経歴がある。




......まぁ僕の話はともかくとして、モモ姉ちゃんとは僕が5歳のときから10歳までの5年間、文字通り同じ釜の飯を食べた家族だった人だ。


あえて言うなら幼馴染と形容するのが適切な関係だろうか。


アニメや漫画のような、ずっと一緒に生きてきたって感じの幼馴染とは違う、純粋な意味で、幼い頃に仲良くした子、という意味での幼馴染。


それでも当時の思い出は僕の中にもそれなりに残っているし、この再開には得も言われぬ感慨深さがある。

かけられた声に懐かしさを覚えるのも必然だったろう。


小学生の当時とは当然声が変わっているけど、それでも言われて聞いてみればその優しい響きにはどこか当時の面影がある。


「あはは、なかなか気づけなくてごめんね」


「ううん、全然いいの! ちゃんと思い出してくれたんだからっ」


と、ここまで思い出して、苦笑いとともに謝罪をしながら、ふと気づく。

僕がモモ姉ちゃんに全然気づけなかった理由の一つ。


「その......モモ姉ちゃんが大人になって、あの頃よりもすごくきれいになってたから気づけなかったっていうのはもちろんあるんだけど......。なによりその、髪の色が違ってたから、余計にわかんなかったんだ」


少なくとも施設に居た頃のモモ姉ちゃんの髪は艶めくような漆黒だった。

それが今は輝くシルバーアッシュ。


そういうイメージチェンジだろうか。

髪色や髪型だけで人の印象は大きく変わったりするものだし、僕が気づかなかったのも、しょうがない......よね?


「あー、これ?」


モモ姉ちゃんは自分の前髪を小さくつまんでいじりながら、少し寂しそうな表情を見せた後、弱々しさを感じさせる笑顔で「いろいろあって染めたんだよね〜」とのたもうた。


その表情からは、あまり細かく聞かないでほしいという意思が感じられたので、僕の方もそれ以上追求しないようにする。


「そうなんだ。でも、モモ姉ちゃんはよく僕だってわかったね」


そう、僕はモモ姉ちゃんのこと全然気づかなかったけど、彼女は自信はなかったように見えたけど僕のことを認識していたようだった。


彼女は名札を着けていたけど、当然僕は着けていない。

なにか特筆するほどの特徴があるわけではないと思うんだけど......。


「んー、なんでだろうね? 私もなんでかわからないんだけど、話し方とか雰囲気かな? 昔とは全然違うんだけど、なんだか面影感じちゃって、つい声をかけちゃったんだ」


ふーん? そういうもんなんだ?


「そっか。でも声かけてもらえて嬉しいよ。おかげで思わぬところでモモ姉ちゃんに再開できた! ありがとね!」


「いえいえ」


僕がお礼を言うと、純粋そうな笑顔を返してくれるモモ姉ちゃん。

その輝くような笑顔には心が洗われるようだ。


彩咲のようなドロドロとした黒いものが流れ出しているような恐怖心を抱かせる笑顔じゃなく、僕の心をポカポカと温めてくれるような優しい笑顔に、肩の力が抜けるのを感じる。



2人の間ににこやかな空気が流れるも、モモ姉ちゃんはすぐにはっとした表情をする。


「そうだっ、ナナくん! ここ、もう閉館時間なんだった! いい加減ここ出ないとっ」


「あ、あぁ、そうだったね。長居しちゃってごめん。それじゃ行くよ。また会えたらいいね」


僕はそう言い残して改めてレジに向かおうとする。

しかしそれは彼女に腕を掴まれてまたも阻止される。


「ちょっ、ちょっと! 『また会えたら』なんて寂しいこと言わないでよっ。よかったらどこかでお話して帰らない?私ももうお仕事上がるから。その......もしよかったら待っててほしいかなって......」


台詞の後半になるほど顔をほんのり赤くして、小さく首を傾げながら少しの上目遣い成分を散りばめて要求してくるモモ姉ちゃん。


うん、あざとい。

あざとさ100点満点です。


でも、僕も大概ちょろいらしい。


「あ、うん、わかった。じゃあ、外で待ってるね」


僕の答えに満足したのか、パアッと明るい顔をして「うん! すぐ行くからね!」と元気よく返事をして、業務員用の部屋に入っていった。



そんなモモ姉ちゃんを見送って、僕は今度こそ会計を済ませた。

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