第13話 北風系ヤンデレと脱走

あれだけ威勢よく啖呵を切ったにもかかわらず、僕の全身は恐怖と、謎の快楽に打ち震えていた。


「ま、まさかさっきのキスで何か流し込んだの......?」


急激な感覚の変化に驚く。

あんなに咄嗟のことだったのに、ナニカ仕込むことなんてできたんだろうか。


まさか僕が何か言い返すのがわかってて、それを読んだ上で最初からクスリか何かを口の中にふくませていたのか......?


「ふふっ、どうでしょーか。単になぁくんがえっちなだけなんじゃなの〜? 彩咲のせいにしないでほしいなぁ〜♫」


......これはやってるな......。


いつものクスリほどじゃないけど、下半身に血が集まるのを感じてしまうくらいには昂ぶってきている。


「さぁさぁ。どうやらなぁくんはさっきのキッスで出来上がっちゃってるみたいだし、早く人生最後のお洋服をヌギヌギして、シよ?」


鎖に繋がれた僕は、ジリジリとにじり寄ってくる彩咲から後ろ向きに這いずるように後ずさる。


「ま、待ってよ彩咲。僕はそんなの望んでないよ......」


「大丈夫。すぐに気持ちよくてそんなこと思えなくしてあげるからね♫」


ずりずりと後退を続けるも、すぐに後ろの壁にぶつかって行き場を失う。


「ふふっ、怯えちゃってカワイイ♫

ハジメテで緊張してるんだね。心配しなくても彩咲も初めてだからね♡

2人でいろいろ模索していこっ」


目の中にハートマークを幻視してしまうくらいには明らかに発情しきった彩咲が、腰を抜かして足を放り出した姿勢の僕の上にまたがって、顔を寄せてくる。



「いやだってば、やめてよ......彩咲......んむっ、んちゅ......」


僕の言葉は彩咲には届かず、またしても唇を貪られる。






........................もう、いいか......。


たっぷりとした甘やかな口づけに、僕の心が折れかける。

全部諦めて、彩咲のペットとして、ここで生きていくしかないのか......。


そんな諦念にまみれかけたときだった。







プルルルルルルルルルル。プルルルルルルルルルル。プルルルルルルルルルル。


電子的な音。携帯端末の着信音が鳴り出したのは。


プルルルルルルルルルル。プルルルルルルルルルル。



僕は彩咲に携帯端末をもたせてもらえていない。


どうせほとんど常に彩咲の隣に居させられているから彼女との連絡手段は必要ない。

僕はもともと孤児だから親との連絡も必要ない。

友達との交流なんかは、彩咲に「僕が機械系が苦手で持たないだけ」って嘘をつかされていて、みんなそれを無邪気に信じてくれていて、全部の連絡を彩咲経由でとることになってる。


個人的なやり取りには、今日のラブレターみたいに、手紙とか物理的な手段をとってもらうしかない。

まぁそれも彩咲に検閲されるんだけれど......。



そんなわけで、この着信音は彩咲の端末から響いている。



プルルルルルルルルルル。プルルルルルルルルルル。プルルルルルルルルルル。



彩咲は何度もなり続けるソレを無視して僕の唇を貪るのを辞めない。


プルルルルルルルルルル。プルルルルルルルルルル。


「もうっ! いいところなのに! 一体誰よ!」


だけどしばらく放置しても止まないそれにしびれを切らしたのか、彩咲はポケットの端末をとりだして画面を確認する。


「......って、パパか......なんだろ?」


どうやら彩咲の親父さんからの着信らしく、彩咲は残念そうな複雑そうな表情をしつつも、無下にはできない相手だからか、しぶしぶ僕から離れて電話をとった。



「もしもし、パパ? 彩咲だけど、どうしたの? ......うん、うん。そう......そうなの。なぁくんがね......そうなの。うん、うん、そうそう。......うん、よろしくね。..................えー、いま良いところだったのに〜? ............うん。そっか、わかった、でもすぐ帰るよ? ..................うん、わかった、じゃあ今から行くよ。......うん、それじゃあ後でね」


コンクリート打ちっぱなしの色気のない、というか物々しい部屋に、ピッと通話の終了を告げる電子音が響く。


「パパからだった。なぁくんの退学と、ペットとして飼育していく上でいろんな手続きとお話があるからって、今すぐ一回実家に戻ってこいだってさ」



天からの恵みかと思った。

彩咲は残念そうに語るソレは、僕にとっては正しく蜘蛛の糸、神様が底辺で蠢く僕に垂らした救いの手だった。


ありがとうございます......彩咲のおじさん......。

けどできれば僕のペット化に反対してほしかったです......。


「すっごく良いところだったのにね......。でも、安心してね。すぐに帰ってきてさっきの続きをさせてあげるからね。自分でしちゃだめだからね?もしシテたら............ふふふ」


最後まで言わないのは、僕に「どうなるかわからない恐怖」を植え付けるためだろう。

彩咲の常套手段の一つ。


ってわかってても恐怖を感じるのを止めることなんてできない程度には身体に刻みつけられてしまっているわけだけども。



「今日だけはパパからどうしても帰ってこいって言われちゃったから、これから自由に過ごすためにも、今日ばっかりは従わなきゃ......。またなぁくんにお預けをさせちゃうことになるのは心苦しいけど......。急いで戻ってくるからね。そしたらいっぱいシようね♫」


「そ、そうなんだ。僕は大丈夫だから、安心して行っておいで?」


「うん、そうする。彩咲が帰ってくるまで、大人しく待っててね?」


すごく不安そうな表情をする彩咲。


「わかってると思うけど、もしも逃げようとなんてしたら、今度こそ・・・・、手足の1、2本くらいはもらうからね?」


「............」


「お返事は?」


「はい......」



僕の返事に満足そうにうなずくと、彩咲は鋼鉄製のドアを開けて、部屋をあとにした。




バタンッとドアが閉まる重々しい音が響く。

それから数瞬の間、僕は放心状態のまま動けないでいた。


だけど、とてもとても久しぶりに彩咲が近くに居ないこの状況。

僕はそれに気づいた瞬間、はっとして、欲求にまみれた下半身から意識を外すように思考を動かし始める。







このままじゃどうせ彩咲が戻ってきたらさっきの続きをさせられてしまう。

僕の人間としての人生は終わりを告げてしまうんだ。


逃げるなら、人間としての自分の人生をつかめる可能性があるとしたら、これが最後のチャンスだ。



いつかこんな日がくるかもしれないとは思っていた。

完全にこの部屋から出られなくされるような日が。


そんなときに向けてずっと準備してきた逃走計画。


この鋼鉄の鎖も、手錠も、首輪も全部外すやり方も、普通は彩咲にしか開けられないはずの鋼鉄の扉をこじ開ける術も、服や耳たぶに仕込まれたGPSを取り払って追跡を逃れる方法も、ばれないように最新の注意を払っていろいろと考えて準備してきた。


この準備のために、わざわざ何度かダミーの逃走を企てたことだってある。

その度に部屋中に僕の絶叫が響き渡るような拷問にかけられたりもしたけど、それも全部このときのための布石。







彩咲が少し離れたところにある実家につく頃まで、つまりこの家からできるだけ離れるまでのおよそ1時間、計画を頭の中にリフレインさせて待つ。


そしていい頃合いを見計らって......。



「よし、そろそろかな」


ガチャリ。ゴトン、ゴトン、ゴトン。キィィィィ、バタン。ダッ。


僕は自分に嵌められた枷をベッドに隠していた針金を使って取り払い、GPSまみれの服を脱いで、裏技でドアを開けて、部屋を飛び出した。

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