第8話 北風系ヤンデレと誰かからの手紙
「そういえば
周囲のクラスメイトが興味深そうな眼でこちらに注意を向けている。
僕がまた惚気みたいなことを言うのを、まるでテレビのバラエティ番組でも見て楽しむかのように期待しているのだろう。
こうしてノロケのマネごとを煽られるのも、
昔、彩咲に脅されて、学校中、街中で彩咲への愛を語らされていたことがあった。
結果、いつの間にかこうして周囲の人間たちの方から、僕にノロケを語らされるようになったというわけ。
今日のネタは、昨晩、背中を焼印を捺されたあと、首元と胸元に大量につけることを強要されたキスマークのことらしい。
......そりゃそうか。彩咲の首元見たら、痛々しいくらいに大量についてるもんな。
「あはは、彩咲は僕のものだからね。見せつけておかなきゃ」
もちろん今更逆らうなんてことはしない。素直に、思ってもいないことを口にするだけ。
それは素直なのかって?......そんなこと、もう僕もわからんよ。
そのあとも何人ものクラスメイトが僕のもとに来て雑談したり、同じように惚気を引き出して帰っていったりで、朝の時間は終わりを迎えた。
授業時間はいつものように、可能な限り、持てる力のすべてを注いで集中した。
事件が起こったのは放課後。
彩咲と一緒に帰ろうと下駄箱を開けたとき、目に映ったのは一通の手紙らしきもの。
「......なぁくん、なにそれ」
僕がそれを認識したのとほぼ同時に、彩咲が僕の下駄箱を覗き込んで呟いた。
「な、なんだろうね」
可愛らしいピンクの便箋。きっとラブレターだろう。
彩咲と僕の(表向きの)ラブラブ関係は学校中、ひいては街中に知られているからか、彩咲と付き合いだしてから僕が告白されるってことはこれまでなかった。
不毛な横恋慕をしないためっていうのがあるのだろうけど、僕にとっては好都合だった。
万が一にも誰かから告白なんてされてしまった日には、彩咲がどうなるか、わかったものじゃなかったから。
............にもかかわらず、なんだこれ?
今更なかったことにはできない。
便箋は彩咲にも見られてしまった。隠しきれはしない。
「なぁくん、早く開けて読もうよ」
「う、うん......。でも、僕だけに宛てたものだったら......」
「なぁくん宛てに来た話なら、彩咲が全部把握するのは当たり前だよね? なぁに? 彩咲に逆らうの?」
周囲に他の生徒がいないのをいいことに、2人きりのときにしか出さない圧を出してくる。
「わ、わかったよ。じゃあ、開けるね」
ハート型のシールで留められた便箋を開封すると、中から一枚の手紙が出てくる。
そこには可愛らしい丸っこい文字で、「空鷲夏凪晴くんへ。お話したいことがあります。もしよければ放課後、屋上に来てもらえませんか」とだけ書かれていた。
差出人の名前はない。
時刻はすでに放課後になっている。
そうすると、この手紙が指示している「放課後、屋上に」というのは、今のことを示しているのだろう。
手紙から顔を上げて、チラッと彩咲の方を見てみると、貼り付けたような笑顔で僕の方を見ていた。
「さ、彩咲......。これ......」
どうしよう、と言おうとしたところで、彩咲が口を開いた。
「そりゃ、いかなきゃだめだよね、なぁくん?」
表情が一切かわらない。
いまの彩咲を周りのみんなが見たらニコニコと機嫌が良さそうに見えるだけなんだろうけど、僕にはわかる。
............やばいほどキレてる。
これ、僕がなにかしたわけじゃないのに......。
でもそんなの関係ないんだろうなぁ......。
家に帰るの憂鬱だなぁ。何されるんだろう......。
これまでなかった展開だから、どんなことになるのか予想もつかない。
まぁ、告白ではない可能性も十分ある。
この文字の感じでその可能性は薄いだろうけど決闘の申し込みとかの可能性もあるもんね。
あとは世の中には嘘告白なんていう文化もあるらしいし、表向きラブラブで嘘告白に変にOKされてしまって、無駄にこじれたりしなさそうに見える僕らカップルを標的にしたっていう線も十分にある。気がする。
嬉しくはないけど、本気告白されるよりはそっちのほうが後々のことまで考えるとダメージは少ないかもしれない。
「じゃ、行こっか。屋上」
そう告げた彩咲の声に、僕の意識が思考の海からサルベージされる。
ため息を一つこぼした後、僕らは屋上に向けて歩き出した。
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