第7話 北風系ヤンデレと外での時間

「みんなおはよ〜」


「「「「「「「おはよう〜」」」」」」」



彩咲ささの軽快な挨拶に、クラスのみんなが笑顔を向けて挨拶を返す。

彩咲はクラスでもかなりの人気者。


外行きの振る舞いでは、一切の陰を見せず、キラキラと煌く笑顔で元気いっぱいの可愛らしい女の子を演じきっている。

もしかしたらこっちが素で、僕にだけ見せている昏い姿が特別おかしいだけなのかも。


まぁ、僕にとっては病んでいる彩咲の姿が現実なので、どっちが本当の姿だとか、そんなのはどうでもよくて、考えるだけ無駄なことなんだけど。



空鷲そらわしくんも、おはよう」

「おはよう、夏凪晴ななは

「おっす、空鷲〜」

「はよっす、夏凪晴〜」


「うん、おはよう」



かくいう僕も、自分で言うのもなんだけど、それなりに友達には恵まれていると思う。

今みたいに男女関係なくクラスのみんなから個別に挨拶ももらう。


「ねぇねぇ、空鷲くん。いい加減どこの大学を受けるか決めたの〜? 教えてくれなーい?」


「はは、内緒、かな」


こんなふうに女子生徒と雑談をすることも珍しくはない。


彩咲はヤンデレだし、こういうのを許さないのではないかと思われるかもしれないが、女子と話しているからといってそれを突然やめさせてきたりするわけではない。


もちろん、しばらく話してたら近づいてきて混ざろうとしてくるけど。

僕らが付き合ってるのは周知の事実なので、別に違和感のある動きだとは認識されない。


......まぁ、異性と話した分だけ、帰ってからお仕置きされるわけだけど。

僕から話しかけてるわけじゃないのに圧倒的理不尽。


にもかかわらず、僕が他の生徒を邪険に扱って遠ざけることは許されていない。

なんでも『彩咲の素敵な彼氏』のイメージを損なうようなことはしてほしくないんだとか。


自慢がメインなのかもしれないけど、僕をある種の高嶺の花的な存在にして、他の女生徒が手を出せないレベルにしておきたいらしい。


そんなわけで学校内での対人関係の行動については彩咲は表立った制限をしてこない。



ちなみに僕らは今、高校3年の秋に差し掛かっている。

普通なら受験する大学を決めて、それに合わせた勉強をしていておかしくない時期だ。


自分で言うのも何だけど、僕自身は運動も勉強もある程度できるし、見た目もそれほど悪くないし、コミュニケーションスキルにも何も問題はないと思う。

さっき言った「彩咲の素敵な彼氏」としての体面を保つためにも、努力している部分はある。


とはいえ夜は昨晩と同じように、調教されるばかりの日々。


家で勉強はさせてもらえたことなんて、ここ数年ない。

ご飯とお仕置きの時間以外は、彩咲へのラブレターを書き続けさせられているし。


学校での活動は束縛されていないから、その分を授業の時間だけで埋めないといけない。

だからこそ、数学なんかの主要科目も体育なんかの副教科も、僕は心の底から死にものぐるいで取り組んでいる。


その姿がみんなには真面目に見えるらしく、実際その範囲でしっかりと成績は残せていることもあってか、友達付き合いも、少なくとも表面上はうまくいっていると思う。



そんなわけで、みんな当たり前に僕が大学に進学すると思っているらしい。

彼女から受けた『どこの大学を受けるのか?』って質問も、これまですでに何回も受けていて、その度にごまかしている。


実際には、僕に進学なんて許されていない・・・・・・・のに。

高校を卒業したら一生何もせず、彩咲の家で、彩咲とその実家にお世話になる形でヒモ生活を始めさせられることになっている。


えっちという最終防衛ラインを超えない言い訳として、「責任を取れるようになるまではシない」って理由を掲げてはいるわけだけど、高校を卒業したって、僕が彩咲を養うってことはさせてもらえないんだ。


......誰か助けて............。



そんな状況であることを第3者に伝えること自体、もちろん許されていないし、仮にそのことをみんなに伝えたところで冗談扱いされるだけなので、僕にできるのは適当にごまかすだけ。



そう、彩咲の僕への実際の仕打ちを、みんなは知らないし、ぶちまけたとしても信じてはもらえない。


以前、恥を忍んで僕の調教風景を盗撮したビデオや音声を録音して見せたけど、『そんなものを創ってまで・・・・・織女さんを独占したいのかよ〜』なんて和やかに流される始末。

ここに僕の味方はいない。


いやみんなイイ奴らなんだけどね?

こと彩咲がらみのHELPは受け入れてもらえることはない。


この学校、この街、社交界の知り合いなんかは誰も彼も、彩咲の長年に渡る手回し、外堀埋め活動によって、『空鷲夏凪晴織女彩咲彼女にゾッコンで、なんとしてでも繋ぎ止めようとあの手この手を講じている』という共通の認識が築かれてしまっているのだ。


たまに現れる「僕の味方になってくれそうな人」に行き当たる度に、僕が毎日書かされている・・・・・・・ラブレターを見せつけられる。

びっしりと手紙を埋め尽くす愛の言葉の羅列に、彩咲の主張は真実味を強く帯びてしまい、それ以上疑う人はほとんどいなくなる。


それでも、過去に親身に取り合ってくれた友達もいたけど、彼らは誰も彼も例外なくいつの間にか転校してしまい、連絡が取れなくなった。


おそらく彩咲が何かしらの手回しをしたんだろう。


いつからか僕は彼らのような人を巻き込まないように、友人に相談することもしなくなった。







「そういえば空鷲よぉ〜。お前まぁた織女おりめの首にキスマークつけてきやがってよぉ。相変わらず独占欲強すぎだねぇ〜」


びくっ。


辞めてくれ。望んでやったわけじゃないんだよ。


クラスメイトの男友達が「このこの」ってな感じで茶化してくる。

悪気を一切感じないから質が悪い。


こういう話をするなら、せめて、小声でお願いしたいんだけど......。


ほら、周囲のみんなの好奇の視線がこっちに向いちゃってるじゃんか。

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