第2話 北風系ヤンデレ 織女彩咲

「うんうん、素直ななぁくん大好きだよ! じゃあ、も〜っといやらしい気持ちになって、今晩こそなぁくんが彩咲ささを押し倒す勇気が出せるように、今日も後でおクスリも飲みましょうね〜」



ハート型が刻まれた怪しく小さな円形の錠剤。

最近、ある町で開発されて世の中に出回るようになった性欲増進薬らしい。


これを飲んだら、尋常じゃないくらいムラついてしまうんだよな。


けど、僕は絶対に彩咲とはヤらない。

それが僕に残された最後の一線。


僕の覚悟が揺らがないための、最終防衛ライン。

これを越えたら、越えてしまったら、多分僕の弱い心はポッキリ折れて、この昏くてドロッとした生活に甘んじるだけの廃人になってしまう気がしてならない。


僕はまだ、正常な人間でいたい。


だから、シない。


意味のある我慢なのかどうかも、最近はわからなくなってきてるけど、もはや意地の領域。


織女彩咲は、常日頃、こんなふうに僕を躾けて結ばれようとする、ヤンデレなのだ。







北風と太陽という寓話がある。


そのお話は、擬人化された『北風』と『太陽』が力比べをするために、どちらが道を行く旅人の上着を脱がせられるかを競うところから始まる。

先攻の北風は強い風を吹かせて力ずくで無理やり上着を吹き飛ばそうとする。でも旅人はしっかりと上着をホールドしてしまい、それはうまくいかない。

逆に太陽は周囲の温度を上げて、じっくりと環境を『暖かくて上着を着る必要がないと思わせる場』へと変えていく。


その暑さに旅人は上着を脱ぐことになり、結果、力ずくの北風ではなく、場をうまくコントロールした太陽が勝負に勝つことになった、という話。


この話は、罰則や脅迫、力ずくで物事にあたるよりも、寛容さや適切な対応が、成功を掴む近道であることを示唆している。




このお話に、今の僕の状況、というか彩咲の行動を照らし合わせてみる。


完全に無理やり僕の心と体を自分に縛り付けようとしている。


昔はもっと可愛らしい束縛だったんだけどな......。

最近では完全に暴力的で支配的な北風のような束縛になってしまった。


彼女はそんな、北風系ヤンデレなのである。


もともとは僕の方にも結構な愛情があったのに、何年も続くこの強引なやり方に、僕は心のコートを厚く着込むようになっていった。









彩咲ささに飲まされたハート型があしらわれた錠剤。

このクスリの効果はまじで異常なくらいで、もうここ1年は毎晩飲まされてるけど、僕はほんとよく耐えていると思う。


自分で自分を褒めてあげたいですね、まったく。


けど、ここで嫌がる素振りをしたら、またお仕置きされてしまうから......。



「毎日ありがと、彩咲。でも僕の意志は変わらないからね。高校卒業して、ちゃんと責任取れるまでは、手を出さないから」


嘘だけどさ。そんなつもりで手を出してないわけじゃないけど。



「やぁん、なぁくんってば、強い決意を持っててカッコイイ! でも、そんなどうでもいい自分ルールなんてさっさと捨てて、いい加減、彩咲を抱いてよ♡」


「だめだよ。僕は彩咲に恥じない自分になりたいんだ。だから、ね? それまでは待ってくれないかな?」


「むーっ。毎日そう言って誤魔化す〜。まぁ良いや! 今晩にでもその決意を取り下げて、彩咲を抱いてくれていいからね!」


「......無いとは思うけど、頭に入れておくよ」


「ふふっ、強がっちゃって。もうソコは元気いっぱいなのに♫」



確かに、もうクスリが効いてきて、一部への痛いくらいの充血を感じざるを得ない。



ぐぅ〜っ。




理性が虫の息なのに、いや、虫の息だから? まだお粥的な何かを2口しか食べさせてもらえてない僕のお腹の虫は生き生きと鳴き声をあげている。

............ダジャレってる場合じゃないか......。



「あはっ。えっちより先にもっとごはん食べたいんだね。大丈夫、いっぱいあるからね♡」






彩咲はそう言って、また1口お粥を自分の口に含んで盛大に口の中でかき混ぜた。

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