第50話 4年前の追憶
地面に点々と続く
彼女が追っている相手は、ブリジットに片腕を斬り落とされて敗走中のベアトリスだ。
リネットは彼女を追跡する任務を命じられたわけではない。
今、ブリジットは情夫バイロンの
ベアトリスの追跡はリネット自身の判断だ。
本家を危機に
「裏切り者は許さん」
そう
近付き過ぎてもいけない。
重い手負いの相手とはいえ、ベアトリスは分家の女王クローディアの実妹だ。
異常筋力による戦闘能力はブリジットに匹敵するほどであり、リネットが勝てる相手ではない。
だが……。
「これでは長くは持つまい」
地面に続いている
片腕を斬り落とされているのだから無理もない。
いかに応急的な止血処理を
ならば死ぬのを見届けてから、死体をブリジットの元へ持ち帰るほうが簡単で安全だ。
そう考えたリネットの耳に水音が聞こえてくる。
少し行くと、森の奥から流れてきた
その池のほとりの大きな岩の上に身を横たえているベアトリスの姿が見える。
斬り落とされた腕の切断面からおびただしい量の血が
ベアトリスは
リネットは
だが……。
「そこにいるのは……リネットか」
ベアトリスは宙を見つめたまま、
気付かれている。
リネットはベアトリスの勘の鋭さに内心で舌を巻いた。
おそらく追跡している時から気付かれていたのだろう。
リネットは静かに
そんなリネットを見てベアトリスは弱々しく笑う。
「やはりか……。見事な追跡だったから、おまえだと思ったよ。リネット」
「……なぜブリジットを裏切った? あれほど献身的だったあなたが」
リネットには理解が出来なかった。
ベアトリスは分家出身者でありながら、本家のために多くの貢献をしてきた。
それがなぜ今になって……。
「……このままではダニアは滅びる。本家も分家もな」
「何だって?」
「おまえも知っているだろう? ここ数年で公国は急激に力をつけてきた。王国はそのことに危機感を抱き、我ら分家を急先鋒に
「戦を……」
公国の件はリネットもすでに知っていたが、王国が戦を仕掛けようとしていることはリネットには初耳だった。
西の王国と東の公国の戦が起きれば、ダニア本家が主に活動している公国西部は戦火の真っただ中となる。
本家も戦に巻き込まれ、その被害は致命的なものになるだろう。
ベアトリスは静かに目を閉じると話を続ける。
「その戦の結果を見ることなく我らは滅びるだろう。公国の戦力を大きく
ダニアを統合する。
それはベアトリスが本家の者たちに
「
「それだけではない。同時にクローディアの血族を増やし、将来に渡って戦力を充実させることも重要だと王を
「なっ……」
その話にリネットは絶句した。
にわかには信じ
「クローディアが……王に
「そうだ。女王としての誇りも何もかなぐり捨てて、王の
リネットは知らず知らずのうちに拳を強く握りしめ、声を震わせて言った。
「馬鹿な……女王の身でありながら自分を売ったというのか?」
「それもこれも全ては一族を守るためだ。貴様らのブリジットにそのような
それだけ言うとベアトリスは体を震わせる。
すでにその目は光を失い、リネットを映してはいないようだ。
いよいよ死が目前に近付き、ベアトリスの意識は
その口からここにはいない娘の名が
「バーサ……母はここで死ぬ。だが、ダニアは決して滅びぬ。バーサ……ダニアの未来を……頼む」
そう言ったきりベアトリスは事切れた。
リネットはその
ベアトリスの言葉と自らの胸の
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