第14話 分家の女

 草原でブリジット一行を襲撃してきた黒頭巾くろずきん集団の最後の1人は、赤毛と褐色肌かっしょくはだ屈強くっきょうな女戦士だった。


 ボルドはおどろきに目を見開く。

 それはダニアの女戦士そのものだったからだ。

 その姿を見たブリジットはいぶかしげに目を細め、ベラは不快感をあらわに声を荒げた。


「おいテメー。見ねえツラだな。どこの隊の所属だ? 何をトチ狂っていやがる」


 そう言って槍を構えるベラの後ろで、落馬させられたソニアが憤怒ふんぬ形相ぎょうそうで立ち上がる。

 そしてベラを押し退けて前に出た。


「このクソ野郎!」


 めずらしく怒りにえるソニアは、鋭くおのを繰り出すが、女戦士はこれを真っ向から受け止めた。

 屈強くっきょうな体格の戦士同士が武器を激しくぶつけ合う音がガツンガツンと響き渡る。

 だがその音をもかき消すほどの、りんとした怒声どせいが発せられた。


「静まれぇぇぇぇぇっ!」


 それは大気を震わせるような大きな声ながら、美しい響きをともなったブリジットの声だった。

 その声にソニアのみならず相手の女戦士も動きを止める。

 ブリジットは女戦士を見据みすえると静かに問うた。


「貴様。分家の者だな?」


 分家。

 唐突にブリジットの口から出たその言葉の意味が分からずボルドは内心で首をかしげる。

 だが、彼以外のその場にいる人間には腑に落ちたようだった。

 ボルドのとなりに座る小姓こしょうがそっと耳打ちした。


「初代ブリジットの時代に我らとたもとを分かった者たちです。同じ祖先を持つので我らと顔や姿がよく似ているのです」


 初めて聞く話にボルドはあらためてソニアと対峙たいじしている女戦士の顔を見た。

 顔つきや体格はダニアの女戦士そのものだ。

 ベラは槍を肩にかつぎ、ソニアと向かい合う相手を横目で睥睨へいげいした。


「なるほどな。王国の子飼いになった奴らか」


 それを聞いた相手の女はその顔をゆがめて笑う。


「クックック。分家? 王国の子飼い? 笑わせるな。盗賊とうぞくふぜいが本家気取りか。貴様らは一族の恥さらしなんだよ。我らと同じ顔、同じ姿で戯言たわごとを語るな。反吐へどが出る」


 そう言うと女戦士は再びソニアに槍を向けて突進し、ソニアもこれを迎え撃つ。

 だがその瞬間、2人の間に一陣の風が吹き渡った。

 ブリジットが2人の間を駆け抜けたのだ。


 次の瞬間、敵の女戦士は苦しげな声を発して武器を落とした。

 その両ひじが切り裂かれ、血があふれ出し、骨まで見えている。

 ブリジットによって一瞬でひじけんが斬り裂かれたのだ。


「あうううっ……」

「今さら本家だの分家だのとどうでもいい話だ。なぜ貴様らが我らに刃を向ける? 答えよ」


 そう言うとブリジットは敵の首に剣の切っ先を向ける。

 そのあざやかな剣さばきにベラは口笛を鳴らし、獲物を奪われたソニアは憮然ぶぜんと口を引き結んだ。

 女戦士は武器の握れなくなった手を震わせて、苦悶くもんの表情でブリジットを見つめる。


「き、貴様がいつわりの女王だからさ」

「なに?」

「覚えておくことだ。我らが女王クローディアこそが正当なるダニアの血統だということをな」


 そう言うと女戦士はベラやソニア、小姓こしょうらに目を向けながら呪詛じゅそのように言葉をつむぎ続ける。


いつわりの女王ブリジットよ。貴様の部下、側仕そばづかえの者たちに至るまで、ことごとく皆殺しにされることになる。そう遠くない未来にな」


 そう言いながら女戦士は最後にボルドに目を止めた。

 赤毛でも、小姓こしょうたちのような剃髪ていはつでもなく、黒髪のボルドを見た女戦士はニヤリと笑う。


「そこにいる黒髪の小僧は情夫か。面白い。その情夫をブリジットの前で犯し、なぶり、しゃぶり尽くしてから……殺してやる。我らの手でな」


 鬼気迫る視線を向けられたボルドは思わず恐怖におののき、ベラとソニアは目に殺意を宿して武器を強く握った。

 だが、女戦士の挑発にもブリジットはまるで気色けしきばむことなく冷然と部下たちに命じた。


「ベラ、ソニア。こいつは捕虜ほりょとして連行する。拘束こうそくしろ」


 だがその瞬間、ヒュンッと空気を切り裂く音がひびき渡り、女戦士の後頭部を矢が射抜いた。

 太い矢のやじりが女戦士の頭部を貫いて眉間みけんから突き出ている凄惨せいさんな様子に、ボルドは思わず息を飲んで目をらす。

 女戦士はすでに絶命していた。

 即死だった。


 ベラとソニアは即座に低い姿勢を取り、小姓こしょう咄嗟とっさにボルドを馬車の上で押し倒して身をせる。

 だが、周囲を見回してもどこにも人影らしきものはない。


「どこから矢が……」


 困惑する一行の中でブリジットだけはその眼力で見抜いていた。

 はるか前方に広がる林の木々の上から、1人の人物が飛び降りて林の奥へと走り去っていくのを。

 だが、そこまでの距離は軽く500メートルは超えるだろう。

 とても人の手で矢を届かせることが出来る距離ではなかった。

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