蛮族女王の情夫《ジゴロ》 第一部【ブリジットの章】

第13話 襲撃！

　奥の里へ向かうブリジット一行に接近してくるのは、十数騎の騎馬に跨（またが）った者たちだった。

　ボルドは馬車の上から目を凝（こ）らす。

　向かってくるのは全員、頭に黒頭巾（くろずきん）を被った異様な風体の一団だ。

　そんな一団が手にした武器を振り回しながら嬌声（きょうせい）を上げてこちらに向かってくるのだから、ボルドは戦慄（せんりつ）を覚えた。

　明らかに害意を持った者たちの襲撃にボルドは怯（おび）えたが、女達はまるで臆することはなかった。

「フンッ。追い剥（は）ぎか？　ダニアの女戦士を襲おうってのかよ。マヌケな連中だぜ」

　そう言うとベラは戦意をその顔にみなぎらせて長槍を構えた。

　ソニアも長柄の斧（おの）を手に身構える。

　そしてブリジットは馬首を敵に向けると腰の剣を抜き放った。

「ベラ、ソニア。見たところ奴ら、弓の類は持っていない。引き付けてから叩け」

　まだ敵までの距離は３００メートル以上はあるだろうが、ブリジットはその眼力で正確に敵の装備を見抜く。

　ベラとソニアは馬車を守りながらの戦いを心得ていて、馬車から離れず落ち着いた様子で敵を迎え撃った。

　接近してきた敵は奇声を上げながらまっすぐ馬車に襲いかかってくる。

　一番最初に接敵するのはソニアだ。

「ヒァァァァァァッ」

　２人がかりで左右から突き出される槍をソニアは長柄の斧（おの）ですばやく弾くと、即座に馬を走らせて斧（おの）を振るった。

　一瞬で右側の敵の首が飛ぶ。

　さらにソニアはその勢いのまま左の敵が乗る馬の足を折った。

　馬は悲痛な嘶（いなな）きを上げて崩（くず）れ落ち、乗っていた男が地面に叩きつけられた。

　ソニアは斧（おの）を振り下ろしてその男の頭を叩き割った。

「フン。大したことないね」

　その時にはすでにブリジットやベラにも数人の敵が押し寄せていたが、彼女たちもソニア同様に次々と敵を葬（ほうむ）り去っていく。

　敵は馬車からベラとソニアを引き離そうと誘う動きを見せるが、２人は冷静だった。

　誘い出されることなく馬車を堅守する。

　その間にブリジットが馬を駆り、縦横無尽に駆け抜けて敵を蹂躪（じゅうりん）していく。

　ブリジットの振るう剣は光が糸を引くような速さで、それを受けた相手の首や手足がまるで細枝のように軽々と切断されていく。

　斬り裂かれて絶命する黒頭巾（くろずきん）たちは次々と落馬し、その弾（はず）みで頭巾（ずきん）が脱げる者もいる。

　無精髭（ぶしょうひげ）を生やした粗野な男の顔を見たベラが鼻を鳴らした。

「フン。きたねえ面（つら）だぜ」

　たった３人で自分たちの５倍の人数を圧倒するダニアの女たちの実力に感嘆するボルドは、特にブリジットの姿から目を離せなかった。

　彼女が実戦で敵を屠（ほふ）る姿を初めて見たが、ベッドの上での彼女とは大違いだった。

　血なまぐさい戦いの最中にあっても、ブリジットは美しかった。

　戦局はあっという間に傾き、14人分の死体が草原を血で染め、乗り手を失った騎馬たちが散り散りに逃げていき大勢は決したかに思えた。

　だが、そこでソニアが珍（めずら）しく唸（うな）り声を上げる。

「ぬうっ！」

　戦いの中でも寡黙（かもく）な彼女が声を荒げて武器を打ち合う相手は、黒頭巾（くろずきん）のみならず、全身を黒いローブで覆（おお）った異様な姿だった。

　だが、その相手はダニアの中でも最も大柄なソニアと相対しても遜色（そんしょく）がないほどの体格の持ち主であり、ソニアと互角に打ち合えるほどの膂力（りょりょく）を有している。

　その相手は巧（たく）みな槍さばきでソニアを押し込み、彼女の馬を穂先で一突きした。

　途端（とたん）に馬が嘶（いなな）いて卒倒し、ソニアはたまらず振り落とされる。

　だが、ソニアもただでは転ばなかった。

　落馬する寸前に長柄の斧（おの）を振り上げ、相手を攻撃していた。

　敵はその攻撃をのけ反（ぞ）って避けたが、斧（おの）の刃が黒頭巾（くろずきん）を掠（かす）めて切り裂き、その素顔が露（あら）わになった。

　その顔を見たボルドは驚きに目を見開く。

「おいおい嘘（うそ）だろ」

　落馬したソニアの代わりに馬車を回り込んで守りに入ったベラがそう声を漏（も）らした。

　襲撃者の最後の１人であるその相手は大柄（おおがら）のその体格とは裏腹に女だったのである。

　それもベラやソニアと同じくダニアの女の特徴である赤毛と褐色肌（かっしょくはだ）の屈強（くっきょう）な女戦士だった。