第12話 母を訪ねて

 ボルドがブリジットの情夫としてダニアに迎え入れられてから5日が過ぎた。

 その間、彼が知らぬ間にダニアの襲撃隊は2つの隊商を襲って略奪を働いていた。


 猟犬りょうけんたちにえさとして与えられる敵の男らのむくろが時折増えているのを見るたびに、ボルドは自分が今所属しているのが略奪者の集団なのだと改めて思い知らされる。


「ダニアの女は敵の男を殺して食うとか言われてるが、そんなのは何世代も前の貧しかった時代の話だ。今じゃいのししでも鹿でも好きなだけ食えるのに、誰が好き好んで人の肉なんか食うもんか」


 そう言って笑ったのは女戦士ベラだ。

 彼女は今、ボルドと小姓こしょうらが乗る馬車を護衛しながら彼にそう話しかけていた。


 この100年ほどの間、1つの王国と3つの公国がひしめき合うこの大陸は、温暖な気候が続いていた。

 草木が豊富に生え、それを食する草食動物が増え、さらにそれを食する肉食動物が多く分布している。

 そのためダニアの女たちは狩りによって潤沢じゅんたくな食料を得ることが出来たのだ。

 かつてのように食うに困って人肉食などをする必要はなかった。


「しかし奥の里に帰るのは久しぶりだな。もう一年くらい帰ってないだろ」


 そうベラがボルドの頭越しに声をかけると、馬車の反対側を護衛しているもう1人の女戦士のソニアがボソリと言った。


「一年と一ヶ月だ」

「チッ……細かいんだよおまえは。デカい図体ずうたいのくせに」


 そう辟易へきえきするベラを無視してソニアは周囲に警戒の目を向けた。

 街道を外れて草原を進む一行は、一台の馬車と3騎の馬のみという少人数だった。

 馬車に乗るのは御者ぎょしゃ台で手綱たづなを引く御者ぎょしゃ役の小姓こしょうが1人、そして荷台に座るもう1人の小姓こしょうとボルドだ。

 その馬車の左右をベラとソニアが護衛し、馬車を先導するように先頭を行くのが騎乗したブリジットだった。


 係留地を出発してからすでに2時間が経過していた。

 向かうのは奥の里。


 それは定住地を持たないダニアの民にとって唯一の例外となる土地だ。

 年齢を重ねて現役を引退したダニアの女戦士たちが、余生を過ごすために用意された居住地だった。

 歴代のブリジットをはじめ、40歳を超えた女たちの多くが身体的なおとろえから戦士として引退し、奥の里で隠遁いんとんする。


 そこで彼女らはまだ幼い女児たちを戦士として訓練し、一人前に育て上げる教育係として第2の人生を送ることになる。

 その他には数少ない男児が小姓こしょうとして教育されたり、年老いた小姓こしょうらが世話係として居住しているため、結構な大所帯だった。

 彼女らを養うべくダニアの現役部隊は定期的に奥の里を訪れ、略奪した金品や食料などの物資を届けてきた。


 ダニアの本隊はこの後、7日間の係留を終え、物資をたずさえて奥の里へ凱旋がいせんすることになるのだが、その前に先行隊としてボルドたちが先に向かうことになったのだ。


「久々に年寄り連中の顔をおがむな。どうせババアどもは元気にしているだろうけどな」


 そう言って笑うベラやムスッとした顔で馬にまたがるソニアの親や血縁の女たちも今はそこに住んでいる。

 そして荷馬車の前方で黒毛の馬にまたがって進むブリジットの母親である先代ブリジットもまだ存命で、今は奥の里で暮らしていた。

 そこに向かうボルドは今、正装に身を包んでいる。

 というのも今回の先行帰郷の目的は、ブリジットの初めての情夫であるボルドを彼女の母親に紹介することだからである。


「おいボルド。今日は先代にご挨拶あいさつだ。ビビッて縮こまるなよ? ブリジットもさすがに今日は緊張しているみたいだから、それにつられるんじゃねえぞ」


 ベラはそうボルドに耳打ちしてニヤニヤと笑う。

 ボルドは前方を進むブリジットの後ろ姿をじっと見つめた。

 彼女は先ほどから先頭の馬にまたがったまま一言も発していない。

 ここに来るまでの道中、ボルドは昨夜のとぎの後に彼女が言った言葉を幾度いくどとなく思い返していた。


― 処刑されたのだ。嫉妬しっとに狂った母の手によってな ―


 その後、ブリジットはそれ以上話すことなく眠ってしまったが、その言葉に浅からぬ衝撃を受けたボルドはなかなか寝付くことが出来なかった。

 ブリジットの話によれば彼女の母は彼女の父のことを寵愛ちょうあいしていたという。

 だというのに処刑したというのは、よほどのことがあったはずだ。

 嫉妬しっとに狂ったという言葉から、浮気などの背信行為があったということだろうか。


 ボルドは思考を巡らせる中、ロクに眠れず朝を迎えたのだが、朝になって政務に出かける際もブリジットはいつもと変わらぬ様子であり、彼女の父親の件はそれきりとなった。

 詳細を自分からたずねるわけにもいかず、ボルドはそのことが気になったままこうしてブリジットに連れられて奥の里へ向かっていたのだ。

 その話を聞いた後だからこそ、なおのことブリジットの母に謁見えっけんすることにボルドは緊張と不安を覚えていた。

 せめて奥の里につくまでの間に、心を落ち着かせようと思ったボルドだが、それを許さない状況が起きたのだと知ったのは、ブリジットが突如として張り詰めた声を上げたからだ。


「何かが来るぞ! 東北の方角だ!」


 そう言ってブリジットが鋭い視線を向ける先には、丘の稜線りょうせんを超えて砂煙が上がり、大勢の人間が嬌声きょうせいを上げながら馬に乗って猛然とこちらに駆け寄って来る姿が見えていた。

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