第15話 奥の里

 予期せぬ襲撃を退しりぞけたブリジット一行は、襲撃犯のうち分家の女の遺体だけをたずさえて奥の里へと帰還した。

 奥の里。

 入り組んだ山林の中を枝分かれする道を進んだ先にその場所は存在した。


 2時間ほどかけて山林を進む間に十数回にも及ぶ分岐ぶんきたため、もしボルド一人でもう一度ここを訪れろと言われても到底無理だろう。

 何の目印もない分岐ぶんきをブリジットは迷うことなく進んだが、ベラやソニアですらすべての分岐ぶんきを覚えているわけではなさそうだった。


「アタシらに恨みを持つ奴らは腐るほどいるからな。そんな連中にねらわれないようにこうして隠れ里になっているんだ」


 ベラは道中、得意げにそう説明してみせた。

 そうした分岐ぶんきて突然開けた平地に出たその場所こそが奥の里だった。

 初めて訪れるそこはボルドが現在身を寄せているダニアの一時居住地とは大違いで、定住できる木造住宅が立ち並び、道が石畳いしだたみ舗装ほそうされていた。

 里の周囲は高い石垣で囲まれ、その外側は急斜面になっていて外からの侵入は容易ではない。

 天然の要塞ようさいだった。


「ブリジット。よくお戻りになられました。お元気そうで何より」


 そう言ってブリジットを迎えたのは奥の里の最年長であり、この里の責任者である老婆だった。


「久しいな。シルビア」


 シルビアと呼ばれたその老婆は一礼すると、一行を里の中心たる館に招いた。

 この里で唯一、石造りのその館は、引退した代々のブリジットたちが過ごしてきた家だ。

 シルビアはその家の居間に一行を通すと、申し訳無さそうに言った。


「あいにくと先代は今、とこせております。夕餉ゆうげの時刻にはお見えになられるかと思いますが……」

「構わん。母上がお見えになるまで、ここでくつろがせてもらう。ベラとソニアも明日の朝までいとまを出す。親の顔を見てこい」


 ブリジットの言葉を聞くとベラは嬉々ききとしてその場を後にしたが、ソニアは外の馬車にせたままの女戦士の遺体のことをたずねた。


「あの女の遺体は? 犬に食わせるのか?」

「処分は検分が終わってからだ。ソニア。おまえの祖母はまだ健在だったな。顔を見せてやれ。その仏頂面ぶっちょうづらでも、孫娘の顔を見られれば喜ぶはずだ」


 襲撃犯が遺体となってもなお憎々しげなソニアだが、祖母の話を聞いて少し落ち着きを取り戻したようで、ブリジットに一礼するとその場を後にした。

 館にはブリジットとボルド、それから小姓こしょう2人のみが残され、シルビアから歓待かんたいを受けた。


「シルビア。こいつはボルドだ。5日前から正式に囲っている」

「鳥の便りで知りました。ボルド様。ようこそおいでくださいました」


 そう言って柔和にゅうわな笑みを浮かべるシルビアとボルドは挨拶あいさつを交わす。

 かつてはダニアの女として戦場に立っていただろうシルビアだが、今はすっかり腰も曲がり、老いに体をむしばまれていた。

 年齢はすでに80を超えている。

 頑健がんけんなダニアの女でも、この年まで生きる者はほとんどいない。


「シルビア。母上は最近また悪いのか?」

「ええ。日中はほとんどお顔をお見せになられません。あまり人とお会いしたくないようです」

「そうか……」


 そこでシルビアはボルドをチラリと見る。

 その視線に気付いたブリジットがわずかに嘆息たんそくした。


「シルビア。言いたいことは分かる。今の母上にはボルドは刺激が強すぎるかもしれん。だが、アタシは当代のブリジットとして成すべきことを成すだけだ」


 そう言うとブリジットはボルドの黒髪をでた。

 ボルドには彼女らの話の意味は分からなかったが、決して人前ではボルドに触れようとしないブリジットの手がシルビアの前で自分の髪をいていることにただただおどろくのだった。

 だが、そこでいきなりブリジットがシルビアに申し出た言葉に、ボルドはさらにおどろかされることになった。


「日が暮れる前に湯浴ゆあみをしたい。シルビア。用意してくれ。ボルドも一緒に入るからな」

「……えっ?」

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