蛮族女王の情夫《ジゴロ》 第一部【ブリジットの章】

第1話 蛮族ダニアの集落

　ボールドウィンは元々、貧しい農村の生まれだった。

　だが、両親のもとで幸せに暮らした日々は彼がわずか３歳の時に終わりを告げた。

　押し込み強盗に襲われ、彼の両親はあっけなく殺害されてしまったからだ。

　残された彼は同じ村の農民の家に引き取られた。

　彼の人生が一変してしまったのはそこからだ。

　引き取った農民の家族からはロクな食事も与えられず、一日中働かされて奴隷（どれい）のような扱いを受けた。

　その挙句（あげく）、その家が貧しくなると彼らはあっさりと奴隷（どれい）商人にボールドウィンを売り渡した。

　そこからは隊商でこき使われる日々だった。

　そして１０年が経ち、彼が１８歳になったその日に隊商は蛮族（ばんぞく）の襲撃を受けてあっさり全滅した。

　いつ死んでもおかしくない人生だった。

　だが、不思議なことに今も自分はまだ生きている。

　これから一体どこに流れ着くのか……そんなことを夢うつつに考えていたその時だった。

「起きろガキ！」

　頭から冷水をぶっかけられてボールドウィンはハッと目を覚ました。

　冷たい水に濡（ぬ）れた肌に吹きすさぶ風が痛い。

　彼は今、上から垂（た）らされた縄（なわ）に両腕を縛られた状態で立たされている。

　衣服はすべて剥（は）ぎ取られ、何も身にまとわぬ全裸の状態だ。

　そこは体を洗うための水浴び場だった。

　頭上こそ屋根がついているものの、それを支える４本の柱以外には壁もない四阿（あずまや）だ。

　そこで彼に桶（おけ）の水をかけたのは２人組の見知らぬ女たちだった。

　赤い頭髪に褐色（かっしょく）の肌に、背が高く筋肉質な体。

　一目でダニアの女戦士だと分かる。

「うぅ……」

　ボールドウィンは寒さに震えながら、自分が今どうしてここにいるのか思い返した。

　奴隷（どれい）として隷属（れいぞく）していた隊商が彼女たちに襲われ、他の者たちは皆殺しにされたが、彼だけは殺されずに連れ去られたのだ。

　しかも彼女たちの女王であるブリジットの情夫として。

　情夫というのが何をするものであるのか、ボールドウィンも知っていた。

　隊商の男たちがそんな話をしていたのを聞いたことがあるからだ。

　情夫。

　夜な夜な女の夜伽（よとぎ）の相手をする男のことである。

　しかし自分がその情夫になるというのは想像すら出来ない。　

　なぜなら彼は貧相な奴隷（どれい）の男に過ぎないからだ。

　蛮族（ばんぞく）とはいえ女王が自分などを相手にする理由が分からなかった。

　そんなボールドウィンの困惑など構うことなく、女戦士たちはタワシと石鹸（せっけん）を手に彼の体をゴシゴシと乱暴に洗い始める。

　ヒリヒリとする肌の痛みに彼は身をよじるが、女たちは彼を力づくで押さえつけた。

「オラッ！　おとなしくしてろ！」

　ロクな食事もとらずにやせ細った彼は、力強い女たちを前に何も出来ずにひたすらに体を洗われた。

　そんなことを十数分続け、女たちは仕上げとばかりに桶（おけ）の水を彼の頭から二度三度とぶっかけた。

　すると女たちは目を見開き、ボールドウィンの顔をマジマジと見つめる。　

「へぇ……こいつは」

「意外にかわいいツラしてんじゃねえか」

　泥（どろ）と垢（あか）で薄汚れていたボールドウィンの顔はすっかり洗われて、端正な顔立ちが露（あら）わになっていた。

　その顔を見た女たちはニヤリと笑みを浮かべる。

「なるほど。ブリジットが気に入ったのはそういうわけか」

「先代のブリジットの情夫もツラのいい優男（やさおとこ）だったからな。受け継いでるんだろ。けど……」

　そう言うと女たちはニヤニヤしながらしゃがみ込み、ボールドウィンの下半身をマジマジと見つめる。

　そして女の一人が彼のそれをいきなり指でつまんだ。

　思わず彼は驚（おどろ）いて腰を引っ込める。

「ひっ！」

　だが女は彼のそれをガッと掴（つか）んだまま放そうとしない。

「こっちのほうはまったく期待外れだなぁ。寒くて縮（ちじ）こまってんのか？　ああ？」

「こりゃ最初のうちはいいが、数回ヤッたらブリジットに飽きられちまうな。そうなったらオマエ、あとは犬のエサになるだけだぞ。あいつらみたいによ」

　そう言うと女は後方を指差した。

　水浴び場の少し先にある地面には、そこには隊商の主らの死体が転がっていて、その死体を猟犬のような数頭の犬たちがガツガツと食らっていた。

　その恐ろしい光景に思わず吐き気を覚えて青ざめるボールドウィンを見て、女たちはゲラゲラと笑い声を上げた。

「せいぜい捨てられないようにブリジットに媚（こ）びを売っとくんだなぁ。そのイチモツじゃ望みは薄いだろうけどな。ハッハッハ」

　恐ろしい光景と女たちの笑い声が頭の中でグルグルと回り、ボールドウィンは眩暈（めまい）を覚えながら呆然（ぼうぜん）と立ち尽くすしかなかった。