蛮族女王の情夫《ジゴロ》 第一部【ブリジットの章】

枕崎 純之助

序幕 その日、彼は彼女の所有物になった。

 舞い散る血と飛び交う悲鳴。

 血を流すのも悲鳴を上げるのも男たちばかりだ。

 荷馬車を引く馬たちは錯乱してけたたましくいななき、荷車を引く奴隷少年ボールドウィンは成す術なくその場にうずくまることしか出来なかった。

 

 街から街へと流れる隊商は盗賊に襲われることも日常茶飯事で、そのために金をかけて傭兵ようへいを雇うのが当たり前だった。

 いつもならばそれで事足りるはずだったのだ。

 だけどこの日ばかりは傭兵ようへいたちはまるで役に立たなかった。


「ダ、ダニアだ! ダニアの襲撃だ! 死んでも荷馬車を守れ! 盗人ぬすっと女どもに小銭一枚くれてやるな!」


 そう叫んだ隊商の主である男は次の瞬間には首を斬り落とされてあっけなく死んだ。

 重厚な両手おのの一振りで隊商の主の首を胴から切り離したのは、馬に乗った身のたけ2メートル近い屈強くっきょうな女戦士だった。

 

 十数名の女戦士たちに次々と襲われ、傭兵ようへい、商人、奴隷どれいたちはあえなく死んでいく。

 傭兵ようへいも含めて40名ほどの隊商が全滅するのに20分とかからなかった。


 ダニア。

 昔からこの地域に根付く赤毛に褐色かっしょく肌を持つ女ばかりの部族だ。

 この一族は生まれる赤子の9割が女児ばかりで、いずれも高身長で筋肉質に成長し、過酷な訓練によって成人の15歳を迎えるころには一人前の殺戮さつりく戦士となる。

 彼女たちは諸国を流れ歩き、各所で略奪を行い日々の暮らしを続けていた。

 そんなダニアは蛮族ばんぞくと呼ばれ、諸国に恐れられみ嫌われていた。

 

「おい。まだ一人だけ生きてる野郎がいるぞ」


 恐怖のあまり動けなくなり、荷車のそばにうずくまっていたボールドウィンはその声の主である女戦士に脇腹を蹴り飛ばされて、地面に仰向けに転がった。

 体をさいなむ激痛にうめく彼を上から見下ろした女戦士が踏みつける。

 胸が圧迫されて呼吸が出来ずにボールドウィンは激しくき込んだ。 


「ガハッ! ゴホゴホッ!」

「貧相なガキだな。せ過ぎで肉付きも悪い。奴隷どれいか。どうするよ。戦利品として連れて帰るか? 留守番組のなぐさみ者くらいにはなるだろ」


 そう言って仲間を振り返った女戦士の表情が固まった。

 彼女が同僚だと思って気安く声をかけた相手は、彼女たちの長だったからだ。

 

「ブ、ブリジット……し、失礼しました」


 ブリジットと呼ばれたのは、赤毛ばかりの女戦士たちの中で1人だけかがやくような金色の髪を持つ少女だった。

 周りの女戦士たちよりも一回り小さな体をしているが、それでも180センチほどはあるだろう。

 しなやかな肉体を皮鎧かわよろいに包み込み、腰まで伸びた長い金髪はひもで縛ってひとまとめにされている。

 

 少女は倒れているボールドウィンに歩み寄ると、女戦士の肩に手を触れた。

 途端に女戦士がビクッとしてボールドウィンの胸から足をどけ、後方に下がる。

 少女はその場にしゃがみ込むと、彼の頭から足までを品定めするようにすがめ見た。

 それからボールドウィンのほほに手を当ててその顔をしげしげと見つめる。


 ああ……今から死ぬんだ。

 ボールドウィンは痛みに朦朧もうろうとする意識の中で自分の死を覚悟した。

 死ぬのは怖いが、奴隷どれいとしてこき使われていた日々がこれで終わる。

 そう思うと安堵あんどとあきらめの感情が胸に広がり、彼は目を閉じようとした。

 だが、そこで彼は見たんだ。

 ブリジットと呼ばれたその美しい少女が、その目を細めてあやしく笑うのを。


「この男を連れ帰り、我が情夫とする」


 蛮族ばんぞくダニアの女王・ブリジットは高らかにそう宣言した。

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