3:猫イライラ

「ノー! 違います。天使の世界は天国の一歩手前、この世からは見えない世界です。猫さんの変身が解けたらこの世へ戻しますので、安心してくださいね」

「ふーん」

「変身している間はおじいさんの記憶を少々、脳みそにコピーしてあげます。だから人間として問題なく行動できますよ」

「すげえな。でも、この体じゃあ、あんまり動けねえ」

「116歳ですからね。だけど喋れます。さあ、サクッとサンキューを伝えちゃいましょう。もう一度、レッツサンキュー!」


天使は両手の拳を突き上げてキラッと光り、消えてしまった。

絶対おもしろがってるな。


オレはなんだかなあと思いつつワイドショーを見ていたが、退屈なので近くにあったリモコンのボタンを押してテレビを消した。


時間が経つにつれて、だんだんじじいの記憶が頭に染み入ってくる。

明治生まれで戦争を経験した。子どもは三人いるが、みんなもう高齢のため亡くなった。さっきの二人は孫。交代でじじいの世話をしている。じじいは世界最高齢の年齢に迫る、超高齢者。


昔気質の寡黙な性格、口下手で照れ屋。妻や子どもに面と向かって、感謝の気持ちを伝えたことは果たしてあったのか。

部屋が静かになると、隣の部屋で喋っている孫達の声が聞こえてきた。


「ねえ、葬儀のときのお花だけど、ボリュームはこれくらいがいいかな」

「うーん、これくらいはあったほうがいいんじゃないか? おじいちゃん、地元じゃ長生きで有名だし。弔問客が結構来るだろ。ほら、テレビの取材とかも。あんまりしょぼい花だと孫はケチだって言われるぞ」

「そうね。棺はどうしようか。立派なやつにしとく?」

「そうだなぁ。でも全部立派にすると高くつくなぁ」

「ほんとねぇ」


二人はオレの葬式にかかる費用について話し合っていた。

待て、オレ、というかじじいはまだ死んでねえぞ!

あいつら、オレの耳が遠いと思い込んでやがるな。だから目の前で文句を言ったり、今もでかい声で喋ってやがるな。けどオレ、全部聞こえてるぞ!

しかもケチケチしやがって!


「生前贈与はもう終わったのか?」

「それはばっちり。後はこの家と土地だけよ」

「カズシさんと揉めそうだな」

「今のうちに話し合っておきたいけど、あの性格じゃあね」

「おじいちゃんの世話もろくにしないくせに、あの野郎。土地をよこせの一点張りだろ」


カズシはもう一人の孫だ。性格がきついので孫達の間では評判が悪く、財産分与でひと悶着あるらしい。


いざ死んでから葬式や遺産のあれこれを決めるのは大変だ。

死ぬ前に決めるのは、合理的と言えば合理的。

だが気分が悪い。

オレはまだ生きてるのに、死んだ後の話ばかりしやがる。

こんなやつらに礼なんか言ってやらねえ。

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