第12-4話 決戦、魔軍王(後編)

 

「気まぐれに落とした俺様の種が、性懲りもなく生き残っていたみたいだな!」


 ダメージ床の金属ドームの上に着地した巨大な金属製の竜。

 その背中に仁王立ちしている男……おそらくコイツが魔軍の首領、魔軍王リンゲンだ。

 奴の金色の目は空を飛ぶアイナの姿を捉えていて……。


 だが、私が驚いているのは奴の姿に対してではない……コイツ、今なんて言った?


 ”俺様の種”、だと?


 以前アイナから聞いた、彼女の出生の秘密が脳裏によみがえる。


『アイナ、獣人族の村で生まれたんですが、祖父……おじいちゃんが魔族だったことが分かって……忌み子として捨てられちゃったんです』


 まさか、アイナの祖父である”魔族”とは……!


『あ……あああっ』


 魔導通信機から聞こえる彼女の声が、その事実を裏付ける。

 震える声……残酷な事実を突き付けられたアイナ……。


「……いかん!」


 空中に浮かぶアイナの魔力が目に見えて小さくなる。


 ダメージ床漆式の青白い翼は小さく、薄くなっていき、飛ぶ力を失ったアイナは、ゆっくりと地上に向かって降りてくる。


 くっ……リンゲンが何をするつもりなのかは分からない。

 だが、アイナに向けてその屈強な両腕を大きく広げた姿に、言い知れない不安を覚えた私は、なんとかリンゲンの隙を突けないか思考を巡らせるが……。


 現在身に着けているのはダメージ床の修理に特化した装備……私の伍式は馬車の中に置いてある。

 奴の気がアイナに向いている間に、馬車に走って装備を付け替えるか……だがそれで間に合うか?


 一瞬の逡巡……だがその時、この場にはもう一人、大空の支配者がいたことを思い出す。


『まかせろししょー! アイナはなんとかするぞっ!』


 グオオオオオオオンンッ!


 魔導通信機から元気な聖獣サラマンダーの人語が聞こえたと思うと、残敵を掃討し終えたサーラが、その巨体をひるがえし、こちらに向かってくる!


「ほぉ、アバズレサラマンダー、ようやくお出ましかぁ?」

「はん、岩山に100年引きこもってようやく力を回復したお前が、今さら何をしに来たんだぁ!!」


『ほえよるわ、まけぐみいんきゃ王よ! 仲間にはてをださせん! わらわのちからをなめるでないぞ?』


 人間には分からない因縁があるのだろう、莫大な憎悪の感情がぶつかり合う。

 だがリンゲンは、ふっと面倒くさそうに笑うと、傍らに控える陰気な女に声をかける。


「ふん、今はお前と遊んでいる暇はねぇからな……アンジェラ!」


「はっ、リンゲン様……ふん、トカゲごときに邪魔はさせないわよ?」


 そう言うと陰気な女……アンジェラは気だるげに右手をサーラの方にかざす。


 ギイイイイインンッ!


 耳障りな音がしたと思うと、リンゲンの全身を覆う真っ赤な入れ墨から”黒い炎”が吹き出し、アンジェラの手のひらに集まる。


 ブオオオオオッッ!


 アンジェラが手のひらに魔力を込めた瞬間、黒い炎は空中をのたうつヘビとなり、サーラの身体にまとわりつく。


『くっ……これは、こうそくじゅつだとっ!?』


「ふふん、リンゲン様が赤トカゲ対策を何もしていないと思った?」

「……ちっ、これでも倒せないのか……厄介なトカゲだこと」


 一瞬勝ち誇った表情を浮かべたアンジェラだが、その屈強な肉体と膨大な魔力を持って拘束を引き千切ろうとするサーラに舌打ちをする。


『じぶんでは何もできないめぎつねめ……これくらいっ!』


「それでもすぐには抜けられないでしょう?」

「リンゲン様、今のうちに……」


 リンゲンに対し恭しくこうべを垂れるアンジェラだが、リンゲンは一瞥もせず、アイナだけを見つめている。


 くそっ、なんとか奴を止めないと……私はダメージ床技術者たち、周囲のエリアで戦ってくれている兵士・冒険者たちに退避の指示を出す。


 指示を出しながら、奴らの視界に入らないように、慎重に馬車へと向かうのだが。



 がさり……



「……な!」


 誰もいないはずの馬車から、一人の男が転がり落ちるように降りてくる。


 黒く薄汚れた自慢の赤毛……最後に見た時よりさらにやつれている……現れたのは本来ならここにいるはずがない、私が与えた屋敷で静養しているはずの元帝国宰相、クリストフ・ハグマイヤーだった。


「おお、アンジェラではないか……俺はやはり諦めきれない……俺と一緒に栄光を掴もうじゃないか……」


 アンジェラの姿を見つけると、夢遊病者のような足取りでこちらに向かってくるクリストフ。


 何を言っているんだ……?


 状況が分かっているのか……そう思ったが、クリストフの両目にはすでに正気の色はなく……妄想に取りつかれ、正常な判断力を失っているようだった。


「はん? アンジェラ、コイツはお前が利用していた……ああ?」


 まずい、リンゲンの注意がこちらに向いた瞬間、私が馬車に向かっているのを見つけられてしまった!


「その顔、魔力……見覚えがあるぞ! クソ生意気にも俺様にダメージを与えやがったダメージ床……そいつを作ったバウマンの一族か!」

「忌々しい奴らめ……根絶やしにしてやる!」


 一瞬で私が奴を過去に退けた、バウマン家の人間だと判断したのだろう。


 憎悪の魔力が一気に膨れ上がり、奴の屈強な右腕がこちらを向く。


 ゴオオオオオオッ!


 純粋なる破壊の衝動……膨大な魔力が膨れ上がり……現在身に着けているミスリル銀の防具で耐えることは、残念ながら出来そうにない。


 目の前に迫った終焉の闇に、思わず目を閉じようとした時。


「カールさんッッッ!!」



 ドウッッ!



 アイナの絶叫が響き、再び彼女の魔力が膨れ上がる。



「……かかった!」



 今まで感じたことのないくらいの莫大な魔力……それはリンゲンの持つ魔力に肉薄する……そう感じた瞬間、奴はにやりと笑い、未知の術式を発動させる。


「……ご苦労だったなあ、アンジェラ」

「……えっ?」



 ドクンッ!



 その瞬間、世界がブレた。



 ***  ***


「なんだこれは……なにが起こっている?」


 私は目の前に広がる光景が信じられず、呆然と立ち尽くす……脳が理解を拒んでいる。


 リンゲンの足元……巨大な金属竜が光と共に融解する。

 あふれ出た金属液は、リンゲンの傍らに立っていたアンジェラをまず飲み込む。


 悲鳴を上げる暇もなく……奴に忠誠を誓っていたであろう、女の姿は溶け消えた。

 彼女の魔力を取り込んだのか、金属液は紫色の怪しい光を放ち、もういちど大きく鳴動する。


『……あっ』


 その動きと共鳴するように、アイナの瞳から光が消える。

 それなのに、彼女の身体から放たれる紫色の魔力はむしろ輝きを増していき……。


 ズズズズズズズズ……


 紫色に光る金属液は、触手状に分裂するとアイナを捕まえようと彼女を包み込み……。


 カッ!!


「ぐっ……!」


 まばゆいばかりの閃光が辺りを包む!

 一瞬の無音……光が消えた後、そこに立っていたのは。


「金属竜が、巨大化した……それに、アイナ……」


 体長は優に100メートルを超えるだろう。

 3階建ての、砦の高さを大きく超えた圧倒的な質量。


 銀色に輝いていたボディには、リンゲンの腕に掘られていた赤い炎の刺青が踊る。


 そして、竜の首の付け根……下半身を半ば竜の身体にうずめ、気を失っているのだろうか……目を閉じて淡く紫色に明滅するのは。


 先ほどまで元気に空を舞っていた彼女の姿だった。



『いいねぇ! 俺様の種は人間界で面白い進化をしたようだなぁ!』

『この無尽蔵の魔力……アンジェラに作らせたこの最強のボディ……動かすには莫大な魔力が必要だが、この種を使えばアンジェラの助力なんていらねえ』

『この俺様が史上最強だ……待ってろ俺様をコケにした女神どもよぉ!!』



 ウオオオオオオオンンッ!



 金属竜の頭からリンゲンの声がする。

 奴は得意げにその巨体を持ち上げると、大気を震わせながら咆哮を上げる。


 そのとたん、莫大な魔力が破壊的な術式に注ぎ込まれ……!


「やばい、兄さん! 退避をっ!」


 先に馬車まで戻っていたフリードが絶叫する。


 はっ……呆然としていた私は、その声で我に返るが、術式は発動する寸前で……間に合わない!?


『ししょー、フリード! わらわにつかまれえええええっ!』


 爆発の瞬間……アンジェラが消滅したことで、拘束術を振りほどいたサーラが私たちのもとに飛来し、両腕で私とフリードの乗った馬車を引っ掴むと、全速で大空に駆け上がる。



 ドガアアアアアアアアンンッ!!



 巻き起こった爆炎は、巨大なきのこ雲となり、両隣のダメージ床零式ごと周囲を吹き飛ばした。

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