第12-5話 カールとアイナの絆

 

「すまん、サーラ、助かった……しかし……」


 凄まじい速度で上昇しているのだろう、ゴオオオオッという風切り音が耳に響く。

 リンゲンが生み出した爆炎魔法のきのこ雲から全速で逃げる私たち……この速度なら逃げ切れるだろう。


 あらためて地上の方向を見ると、眼下に凄まじい光景が広がる。


 アイナを取り込んだリンゲンは、金属竜と融合し巨大化……強力な爆炎魔法を使い周囲を吹き飛ばしたのだ。

 一辺が50メートルはある正方形のダメージ床零式……ソイツが爆心地と両隣……合わせて5ブロック分は吹き飛ばされている。


 皆には退避を指示したのでぎりぎりで逃げ切れただろうが、急に出てきたクリストフは生きてはいないだろう……。

 栄華を誇った帝国宰相の最期がこんな形とはな……私は彼に憐憫の感情を催す。


 だがそれよりも……。


「アイナ……」


 思わずつぶやきが漏れる。


 彼女は魔軍王リンゲンの血を引いていた……それだけでも衝撃な事実であったのだが、おそらくあの瞬間、リンゲンは自分と同じ”魔”の魔力を持つアイナを強制的に共鳴させ、自己の身体に取り込むことで、莫大な魔力を持つ彼女を魔力タンクのように使っているに違いない。


 私の……私の大事なアイナになんという事を……!


 焦燥と怒りに頭がおかしくなりそうだが、現実的に今の私の装備では歯が立ちそうにない……それに、リンゲンを倒せるぐらいの攻撃を浴びせた場合、アイナがどうなるか……。


 なんとかこの事態を打開する手は……私はちらりとドラゴン形態となったサーラの方を見る。


 だが、彼女もこの事態は予想外らしく、方針を決めかねているようだ。


『ぐぬぬ、ししょーよ、わらわもアイナが”魔”の力をひめていることはきづいていたが……まさかリンゲンのけつえんだったとは……』


『それにあのきんぞくりゅう……おそらくにんげんの魔導くぐつへいとやらのぎじゅつをおうようしているな……わらわのぜんりょくブレスでも、装甲をやぶるのはよういではあるまい……』


 くそ……サーラでも厳しいのか……。


 眼下のリンゲンは動きを止めている……変化したばかりで、自分の能力をあらためて把握しようとしているのか、それともアイナの魔力とのフィッティングがまだ上手く行っていないのか。


 どちらにしろ、アイナがリンゲンの支配にあらがってくれている今がチャンスと言えるのだが……何とかしないと、という焦りだけが募る。


 仕掛けるとしてもチャンスは一度切り……やるべきことを決めきれず、サーラの背に乗り上空を旋回するだけの私たち。


 その時、思わぬところから福音がもたらされる。

 ふよふよと私たちのもとへと飛んできたアルラウネ。

 その小さな口から、力強い言葉が撃ち出される。


「植物は愛……大地は愛なのです……あきらめてはいけません!」


「聖獣サラマンダー! 貴方ほどの力を持つ女傑が、これしきで諦めてどうするのです!」


「そしてカール!! シェフ・アイナを愛するのなら、その思いを彼女にぶつけずしてどうするのですか!」

「彼女を助けられるのは貴方だけ……この世界に生きるすべての生命のため、戦うのです!! ……さらに言うとわたしのごはんのため」



 ズガーン! と私に衝撃走る!


 ……最後はただの欲望だった気もするが、アルラウネのいう事は正しい。


「そうか、そうだったな……”愛”はすべてを解決する……ラブイズパワー……私がアイナに懸ける愛は、この程度の障害など超えて見せる!!」

「フリードっ! 私の漆式をここにっ!!」


「……えっ、あっはい兄さん……でも兄さん用の漆式は未調整ですし……アイナちゃんほどの出力は出ませんよ?」


 私の声に、なぜか「えっこの人たちなに話してんの?」という顔をしていたフリードが我に返り、馬車から漆式を取り出すと、私に投げてくれる。


「大丈夫、アイナの所まで持てばいいっ!」


 私は片手で漆式を受け取とると、急いで身に着けていく。

 コイツでアイナの所まで飛んでいけば……私なら何とかなる!

 いや、なんとかして見せる!


 決意と共に最後の戦いの準備を整える私に、アルラウネも優しく微笑んで。


「ふふ、それでこそシェフ・アイナを愛するカールです」


『にはは、わらわもぜんりょくでさぽーとするぞっ!』


「えっと、急展開についていけないんですけど……」


 フリードのつぶやきをサーラの背に残し、漆式を装備した私は大空に飛び出した。



 ***  ***


『いくぞししょー! この隙にアイナにとりつけっ!』


 グオオオオオンンッ!


 金属竜の首の付け根部分、上半身だけを露出する形でリンゲンに取り込まれているアイナのもとへ、一直線に急降下する私。


 ズドオオオオオオ!


 タイミングを合わせ、サーラの全力ファイヤーブレスがリンゲンに向かって伸びる。

 私とサーラの狙いは、リンゲンの注意をファイヤーブレスで逸らせ、私が懐に飛び込む隙を作ることだ。

 あまりにギリギリの場所を通したせいか、ファイヤーブレスの熱で私の髪が何本か焦げる。


 私はそれに構わず慎重に機会をうかがう……再加速と減速のタイミングがすべてだ。

 アイナほどの魔力量を持たない私は、漆式を発動できる時間が短いのだ。


 バキバキンッ……


 流石にサーラの全力ブレスの威力は奴も看破できないのだろう。

 リンゲンの頭が金属音を立てながらこちらを向き、紫色の魔力ビームを撃ち出す。


 ヴイイイイイインンッ!


 バシュウウウウウッッ!


 リンゲンのはなった魔力ビームは、サーラのファイヤーブレスと激突し、派手な爆発を起こす。


「っと! だが、いいタイミングだ!」


 爆炎が視界を埋め尽くし、リンゲンの姿が見えなくなる。

 すなわち、向こうからもこちらが見えないはずだ……ここしかない!


 私は全魔力をダメージ床・漆式に叩き込むと、術式を発動させる。


「発動! ダメージ床・漆式!」


 ヴンッ!


 術式は正確に発動し、背中のアタッチメントから青白い一対の羽根が伸びる。

 私は羽根を矢羽根の形に調整すると、一気に加速を掛ける!


 ヒュンッ!


 爆炎を抜けたとき、すでに金属竜の姿は目前に迫っていた。


「くおっ……減速ッ!」


 私は羽根を大きく広げると、下方向に全力でカウンターブーストを掛ける。


「ぐっ……!」


 頭の先から押しつぶされるような重力加速度が襲い掛かり、意識が飛びそうになる……くっ、少しタイミングが遅かったか!?


 私の身体は減速しきれずアイナの位置を通り過ぎてしまうように見えたのだが……。


 ふわり……


 地面から生えてきた新緑の若葉が、私の身体を優しく受け止める。

 これは……アルラウネか!


 ありがたい!


 反動で弾んだ先、ちょうどアイナの上半身が突き出ている位置に来た。

 青白い顔をし、気を失っているように見えるアイナに、私は思いきり抱きつく!


「アイナ! 大丈夫か!?」

「私が助けてやる! 1年前、初めて出会ったあの日のように……!」


 アイナの頭を優しく撫でながら、彼女の耳にささやく。


「…………あ」


 僅かにアイナの唇が動き、少しだけ頬に血色が戻る。

 あと一押しだ……私は覚悟を決めると、彼女に届けとばかりに絶叫する。


「私とこの先も、共に歩んでくれ!!」

「愛している!! アイナぁ!!!」


 ちゅっ……


 大胆な告白……その勢いのまま、優しく口づける……最初は冷たかった彼女の唇に、だんだんとぬくもりが戻って来て……!


「…………カールさん」

「…………カールさんカールさん」

「…………カールさんカールさんカールさんっ!」


「アイナも、大好きですっ!!」


 アイナの頬に朱が差し、彼女の可愛い唇が開き、答えを返してくれた瞬間……!


 パキイイイイインンッ!


 アイナの下半身を取り込んでいた金属竜の装甲が砕け、彼女の身体が自由になる。


「えへっ、カールさんの声が聞こえましたっ!」


「ああ、よかった……戻って来てくれてうれしいよ、アイナ」


 自然に抱き合う形になった私たちは、お互いに微笑みあう。



「あとは奴を倒すだけだな……おっと!」



 維持するだけの魔力が無くなったのか、ふっと私の漆式から翼が消える。


「わふっ! 大丈夫ですっ! アイナとカールさんの力を合わせて!」


 ヴンッ!


 再び漆式に青白い翼を展開したアイナが、落下しようとした私の身体を優しく抱き留めてくれる。


 そのまま金属竜の元を離れ、ある程度の距離を取った時点でクルリと奴に向き直る。


『んなっ……馬鹿な! 完全に一体化していたのに、自力で抜け出しやがっただとぉ!!』


 明らかに狼狽した声を上げるリンゲン。

 魔力の大半を賄っていたアイナが離れたからか、金属竜の装甲から輝きが失われている。


 倒すなら、今しかない!


「アイナ……ふたりとも魔力消費が激しい……だが!」

「愛する二人の力は無敵だ! 無敵なのだっ!」


「はいっ! カールさん!!」


「行くぞアイナ、シューティングスターモードだっ!」

「私の残存魔力全てをかけてキミを加速する……アイナ、キミは私の剣となれっ!!」


「わかりましたぁ!! アイナとカールさんの愛の結晶ですっ!!」


 お互い何をすればいいか、私と彼女は完全に分かり合えていた。


 フオオオオオオオンンッ!


 アイナのダメージ床伍式のスパークが大きな剣の形に変化していく……まるで伝説の聖剣アスカロンのように。


 私は目を閉じると漆式の制御に集中する。

 奴のボディを貫通できる、ギリギリの速度と私たちを守る防御フィールド……最適な術式を展開し終えると私はゆっくりと目を開ける。


「行きましょうカールさん、ぎゃらくしーの彼方へ!」


「ああっ!!」



 フオオオオオオオンンッ!



 ふたりを包むダメージ床の光がより強く輝きを放つ。



「「ダメージ床・伍式漆式、ラストシュート!!」」



 ぐんっ!


 術式が発動し、固く抱き合った私たちの身体が一気に加速する。

 アイナの右手に握られた青白い聖剣……その切っ先は魔軍王リンゲンを正確にとらえ……。


『馬鹿な……そんな馬鹿なあああああああっ!?』



 ズバアアアアアアアアンンッ!



 光の矢になった私たちは金属竜の巨体を貫き……真昼の太陽もかくやという輝きを残した後、魔軍王リンゲンは完全に消滅したのだった。



 ***  ***


 コオオ……


 ダメージ床伍式の強制冷却機能が働き、冷気に反応した空気中の水分が雪の結晶になる。


 キラキラと春の日差しに輝く雪が舞う中、私とアイナは抱き合いながらゆっくりと地上に向かって降りていった。


「ふふ、よくやったなアイナ」


「わふっ! あそこで声をかけてくれたカールさんのおかげですっ!」


 にこにこと笑うアイナに愛しさがこみ上げ、私は彼女の頭を優しく撫でる。


「えへへ、獣人族の言い伝えを知っていますか?」

「白雪が舞う中、愛する人に頭を撫でてもらった女の子は……幸せになれるんですっ!」


「ああ! 一生幸せにするぞ、アイナ!」


 ちゅっ……


 舞い散る雪の中、私とアイナはもう一度口づけをかわす。


 地上では私の仲間たちが、その様子をニヤニヤしながら見守ってくれていた。



 こうして、カイナー地方の一番長い1日は、ようやく終わりを告げたのだった。

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