第10-3話 ダメージ床整備領主と学院祭(前編)
「ふむ……学院祭をするぞ!」
季節はすでに晩秋……カイナー山脈から初雪の便りが届くころ。
ぱちぱちと暖炉で薪が燃える音が響く執務室 (余談だが、暖房だけは魔導ではなく、アナログな暖炉派なのだ! ケーキ焼くのに便利だし)。
自治領主業務の合間にメンタルコントロールに関する本を読んでいた私は、とあるページの一節に感銘を受け、立ち上がりながら宣言する。
「わふ? ”がくいんさい”……お祭りですか?」
すっかり慣れた手つきで紅茶を淹れていたアイナが、不思議そうな表情で聞き返してくる。
「うむ! 帝都で私が通っていた大学では、帝都の一大イベントとして、数万人を集めて盛大に開催したものだ……っと、それはともかく」
思わず自分の学生時代を思い返して懐かしくなってしまったが、咳ばらいを一つ……話を学院祭の説明へ戻す。
「カイナー地方のお祭りと言えば、早春に行う収穫祭兼感謝祭が有名だ……」
「しかし、ソイツは数か月先……”魔軍”の侵攻の件もあり、沈みがちな街をなんとか明るくできればと思ってな!」
報告によると、魔軍と称する魔物の大群にへスラーラインを突破されたらしい。
現在は帝都前面で遅延戦闘中で、”わが軍有利!”という状況らしいが……どれだけ本当なのやら。
この影響で、カイナー地方にも移住者と避難民が増えてきており、彼ら彼女らから聞く帝国の窮状や魔軍の強大さ……無事に撃退したとはいえ、先日カイナー地方にも魔軍の一部の襲撃があったこともあり、どことなく沈んだ空気が街を覆っていた。
「病は気から……メンタルはとても重要なのだ……領民のみんなにも笑顔になってほしくてな! 何かフェスティバル的な事が出来ないかという事で思いついたんだ」
「わふっ! それはいい考えです! アイナお祭り大好きですっ!!」
「……どんなことをやればいいんですか?」
私の提案に、目をきらめかせながら、即座に同意するアイナ。
期待感にモフモフの髪の毛が逆立っている。
「そうだな……フードコートなどの出店、学院の研究成果などの展示が定番だな」
「そいつは各クラスや、フェリスおばさんたちに考えてもらうとして……」
「わふわふっ! わかりましたっ!」
「アイナのクラスはジビエ料理の屋台と、参加型アトラクション”手刀薪割り選手権”をやりますねっ!」
「…………こほん」
脳筋120%なアイナのアトラクションは果たしてウケるのか疑問だが、カイナー地方だし、まあアリかと思いなおす。
「その辺は準備も簡単だし、進めていこう」
「だが、やはり祭りにはメインが欲しい……」
「メイン、ですか?」
「人々の心を癒すのは、豊かな旋律と力強い歌……歌エネルギーは世界を救うのだ!!」
「うおおおおおおっ!? アイナ、歌うと体がぽかぽかしてきますっ! この熱量がエネルギーなんですねっ!!」
さっきの本にそう書いてあったし……ドヤ顔で受け売りを話す私に、興奮して乗ってくるアイナ。
この様子なら大丈夫だろう……せっかく私の周りには美少女や聖獣、精霊がいるんだ……活用しない手はあるまい!
「そして、メインボーカルはキミだっ! 私の可愛いギャラクシー犬耳メイド女教師アイナよ!」
「ええええええええっ!?」
「アイナの属性がいよいよ怪しいお店じゃないですかああああっ!?」
私の思わぬ提案に、尻尾を逆立てズガーンと驚くアイナ。
その喧騒を聞きつけたのか、ガチャリとドアを開けてフリードが入ってくる。
「また始まった……」
あきれ顔のフリード。
目線の先、机の上に置かれた本には、”究極メンタルコントロール・歌の力とチカラ”というタイトルが怪しい字体で書かれていた。
*** ***
「わふわふ~……皆さん楽器できるんですね」
あの後、アイナをおだてまくってその気にさせた私。
バンドの顔合わせという事で、屋敷の地下室に集合したところだ。
ここならば、多少大きな音を出しても迷惑になることは無い。
「まあ、バウマン家は一応名家だったのでな、こういう習い事は義務みたいなものだ」
グランドピアノを調律しながら答える私。
ビンテージ物の逸品で、魔導アンプをアタッチメントとして追加済み。 野外ステージでの音量もばっちりだ。
「まったく、兄さんはいきなり何を言うかと思えば……まぁ僕は久々に演奏する機会が出来てうれしいですけどね」
まんざらでもない表情をしているのはフリードだ。
実はフリードは貴族学校に通っていた数年前、「旋律の貴公子」とまで呼ばれたヴァイオリンの名手だったりする。
卒業後、ダメージ床の研究に没頭してしまった際には、惜しむ声が方々から聞こえたとか……。
「ふははははっ!! 久々にワシのスティック裁きが冴えわたるというわけじゃな!!」
ドドドドンッ!
そう言ってバスドラムの低音を響かせているのは、グスタフ爺だ。
昔からトレーニングの一環として太鼓をたしなんでおり、そのステック裁きには一見の価値ありだ。
「はうううううっ~皆さんめっちゃうめえでないですかぁ!」
「アイナのとりえはおっきい声だけなのに~」
思わずお国訛りが出るアイナ。
魔導マイクを持った彼女は内股気味にもじもじしており、
いつも元気な犬耳と尻尾もぺしゃんとしている。
「いやいや、あれだけの声量で澄んだ声を出せるのは凄いよ!」
凹んでいるアイナを褒めるフリード。
そうなのだ!
ダメージ床・伍式を使ったときにも思ったが、必殺技の名前を叫んだ時に聞いたアイナの声量は、ドラゴンのうなり声より大きく……しかもそのかわいく澄んだ声は春風のように暖かく、それでいて力強い。
なにより……。
「ふふ、その衣装、とても似合っていてかわいいぞアイナ」
しっかりと鍛えられており、しなやかな曲線を描く均整の取れた彼女の身体。
もふもふの髪の毛にぴんと立った犬耳を持った可愛らしい顔立ち。
まだ試作品だが、ピンクを基調としたカワイイ系のステージ衣装は、まるで彼女のために女神が与えたかのように似合っていた。
「うむうむ! フリード坊以外むさいこのバンドに咲く大輪の花じゃわい」
珍しく師匠の意見に全面賛同する。
「わふわふわふ~~そこまで褒められると恥ずかしいよう……」
アイナは私たちの連続攻撃に真っ赤になると、顔を覆ってしまった。
そこがまたかわいい。
「ふふ……私がここに来たばかりの頃……ダメージ床弐式を改造した魔導イルミネーションで、村のみんなを笑顔にしてくれただろう?」
「アイナ、キミにはみんなを笑顔にする力があるんだ……!」
「はうっ! そう言われると……アイナ、アイナ……頑張りますっ!!」
あの夜の子供たちの笑顔を思い出したのか、ふんすっと気合を入れ、ぐっとこぶしを握るアイナ。
「にはは! アイナはあいかわらずちょろいな!」
「して、ししょーよ。 わらわたちは何をすれば?」
あっさりとやる気になったアイナを見て笑うサーラ。
自分は何をやるのか、興味津々のようだ。
しっぽの先の炎が、めらめらと燃えている。
「ああ。 ふたりには大事な役目がある……」
「ライブと言えば! 炎! 水しぶき!! 魔導光線!!!」
「サーラとアルラウネには、これらステージエフェクトを担当してもらいたい!!」
「ほう! それはなかなか面白そうだな!」
「わかった! 聖獣サラマンダーの名にかけて! れきしにのこる演出をしてやるぞ!」
「(こくこく)」
あ、まずい……やり過ぎになるかもしれん……。
やる気スイッチを押し過ぎた……少し後悔するがせっかくこれだけのメンバーがそろっているんだ。
行くとこまで行くとしようか。
こうして、学院祭のメインを飾るバンドステージの練習が始まった。
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