第10-1話 サラマンダーとアルラウネのおとぎ話(前編)

 

「せんせー! せんせー! ブレス出せるようになったよ~!」


 ここはバウマン総合技術学院のグラウンド。

 うららかな昼下がり、小等部の子供たちの実習が行われていた。


 嬉しそうにてててっと先生役のサーラに駆け寄る幼い少女。


「にはは! どのブレスだ? わらわに見せてみるがよい!」


「アイスブレスだよ~!」

「ぶわあああああっ~!」


 嬉しそうに答えた少女が、かわいい口を精一杯大きく開け、魔力と共に息を吐きだす。


 ヒュオオオオオッ……パキパキパキッ


 少女が吐きだした息が、口先10センチくらいで凍り始め、吹雪の奔流となる。


「はあああああっ……ふわぁ……まだまだせんせいみたいには出来ないや~」


 息を吐ききり、ぱたんと座り込む少女。

 大きく深呼吸し、残念そうな表情を浮かべる。


 普通の人間が見たら、腰を抜かしそうな光景だが、聖獣であるサーラにはごく当たり前の現象である。


 サーラは出来の良い生徒である少女の頭をガシガシと撫でる。


「にはは! なかなかイイではないか! だが、もっと長くブレスを吐くには、”息抜き”がだいじだぞ?」


「いっしゅん魔力をオフにして、そのすきに空気を吸うのだ! タイミングをまちがえると自分の歯がこおるから、しんちょうにタイミングを練習してな!」


「は~い、せんせー!」


 褒めるだけではなく、アドバイスを送ることも忘れない。


 伝説の聖獣サラマンダーは、なかなか良い先生役をしていた。


「ふむ……教師役も板についてきましたね、サーラ」

「そういえば、ずっと気になっていたのですが……」


 植物を成長させる言語を教えていたアルラウネが、ふよふよとサーラのもとに飛んでくる。

 なにか彼女に聞きたいことがあるようだ。


「”破壊の化身”、”爆炎の守護者”とまで呼ばれた聖獣サラマンダーである貴女が、なぜ人間たちに協力しているんですか?」

「正直、最初に会った時は別人かと思いましたよ」


 アルラウネが前回会った時、サラマンダーは”爆炎の守護者”の二つ名を持ち、破壊神としての名をほしいままにしていた。

 それゆえ魔軍王リンゲンに協力しているのだと思っていたが……。


 今のサーラはリンゲンの誘いも蹴り、あくまで子供たちの先生を続けている。

 どんな心境の変化があったんだろうか?

 アルラウネの疑問も、もっともであった。


「んん? そんなことが気になるのか? これはな……」


 サーラのルビーのような紅色の目が懐かしさに輝く。

 その視線は、はるか昔の時代へ……。


 ***  ***



 グオオオオオオオンンッ!


 聖獣サラマンダーの苦悶の叫びが大気を震わせる。


 くそ、油断したわ……人間どもにあのような知恵があるとは……!


 彼女は朦朧とする意識にムチを打ち、身体を癒すため、ドラゴンの聖域へと向かっていた。

 魔軍王リンゲンに協力し、先鋒として人間界へ侵攻した魔軍大戦。


 もう少しで人間界最大の国であるへスラー帝国を攻め落とせるはずだったのだが、奴らの繰り出してきた新兵器……ダメージ床とか言ったか……そいつに深手を負わされてしまったのだ。


 なんとかその場を撤退することに成功したが、身体に残るダメージ床の傷は徐々にサラマンダーの体力を奪っていき……。


 ズウウウウンンンッ……


 ついに一歩を踏み出す力も無くなり、サラマンダーは地面に倒れ伏す。


 パアアアアアアッ……


 その巨体の維持をあきらめ、幼体へと変化するが、この形態でさえどれほど持つか……とりあえず、体力回復のため、安全な場所で眠りを……そう考えたのだが、体力の消耗は予想より早く……。


 わらわも、ここまでか……サラマンダーの意識は闇に飲まれた。



 ***  ***


 ……なにか、身体が温かい……闇に沈んでいたサラマンダーの意識がわずかに覚醒する。


 わらわは……天に召されたのではなかったか?


 ドラゴンの生命力で、奇跡的に命をつないだとしても、こんな短期間で回復することはありえない……。


 何があったのだろうか、幼体となった体を動かそうとするサラマンダーだが……。


「わわっ? まだ動いちゃダメだぞ!」


 小さな手に抑え込まれ……じんわりとその手のひらが温かくなる。

 これは、回復魔法……それにこの声は人間の幼体か?


 うっすらと目を開けた彼女が見たのは、一生懸命に回復魔法を使い、サラマンダーを回復させようとする人間の少女だった。


 人間年齢に換算すると12歳前後だろうか?


 真っ赤な頭髪に、ルビーのように紅い瞳……少し大きめの口は尖った犬歯が目立っており、活発な印象を与える。


「う~し、もうこれで大丈夫かな? にしし……キミ、ここで倒れてたんだよ」

「アタシ、ほっとけなくって……大したことない回復魔法だけど……なんとか治してあげたから!」


 腰に手を当て、ふんすとドヤ顔で宣言した少女は、にぱっと快活に笑ったのだった。

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