第9-7話 【宮廷財務卿転落サイド】終わりの始まり……帝国侵攻

 

「帝国宰相クリストフ・ハグマイヤー、貴殿に帝国元帥の称号を与える」

「元帥仗をここに……」


「はっ……ありがたき幸せにございます」


 ここは帝国議会議事堂に併設された謁見の間……先日終身帝国宰相の地位を手に入れたクリストフは、魔導傀儡兵の量産・配備と、何度も”魔物”の侵入を阻んだことが評価され、帝国宰相の座に加え、帝国元帥の地位が授与されることになった。


 うやうやしく皇帝ゲルト・へスラーより元帥仗を受け取るクリストフ。


(これで完全に帝国の政治と軍事は全て俺の支配下となった……もはや皇帝などタダの操り人形だな)


 内心ほくそ笑むクリストフ……邪悪な野心はおくびにも出さず、儀礼的な態度は崩さない。


「帝国の太陽でありカナメ……クリストフ卿へ祝福の拍手を!」


 芝居がかったゲルトの合図に合わせ、万雷の拍手が謁見の間を包んだ。



 ***  ***


「ふん……俺に尻尾を振ってくるクズどもの多い事よ……せいぜい俺の野望のためにこき使ってやるとするか」


 元帥就任兼帝国防衛成功の祝賀パーティを終え、私室に戻ったクリストフ。


 いささかワインを飲みすぎたかもしれない……こういう時はアイツを……アンジェラを抱くに限る。


 ベッドのわきに常備された冷水を酔い覚まし代わりに一気に煽ると、最近設置したアンジェラ直通の魔導通信機を使い、彼女を呼び出す。


 いつものアンジェラならすぐ応答があるのだが……。


 魔導通信機からは無味乾燥な雑音が流れるばかりだ……ハグマイヤー家の屋敷に与えた私室にはいないのか?


 こんな夜更けにどこに行ったのだ……すっかり”その気になっていた”クリストフはわずかにいら立ちを見せるが、アンジェラが神出鬼没なのは今に始まった事ではない……今夜は別の女にしよう。


 クリストフは気を取り直し、彼の欲望を叶えるために存在する特別秘書を、深夜にもかかわらず呼び出すのだった。



 ***  ***


「やれやれ……帝国軍を上げての祝賀パーティの夜に当直任務とはな……全くついていないぜ」


 へスラーラインの防衛司令部……その司令官席に不機嫌そうに座っているのは、この数日の指揮を指示……もとい押し付けられた特務中佐だった。


 彼は帝国軍叩き上げで軍務の成績も優秀なのだが、いかんせん予備士官学校出身のため政治力を持たず……今夜のクリストフ帝国宰相の元帥叙勲祝賀会に出席することは許されず、へスラーラインの司令官代理という貧乏くじを押し付けられていた。


 まったく……先月あった”魔物”の侵攻では、数百匹の魔物を殲滅したのだ……しばらく大規模侵攻なぞ、あるわけがない。


 くそう、今日のパーティに出席出来ていれば、自分の将来に役立つコネが作れたものを……。


 悔しさのあまり苛立つ司令官代理の逆鱗に触れてはいけない……防衛司令部は寒々しい雰囲気に包まれていた。


 ***  ***



「ん~……アレは何だ? 赤い光が……小型の魔物か?」


 それに最初に気づいたのは、第234監視塔の若い兵士だった。


 ”魔物”は赤い目を持つ個体が多い……そのため夜は”赤い光”を探せ……訓練の際に上官からそう教えられたのを思い出す。


 それにしても、光の点が大きいな……先日の小規模な侵攻では、砂粒のような小さな光だったのに。


 彼の初陣は緊張しているうちに魔導傀儡兵が殲滅して終了した。


 多少強い魔物が現れたとしても、今回も問題ない……彼は自身の安全を疑っていなかったのだが……。


 おかしいな、”赤い点”がどんどん大きくなる……暗視可能な魔導双眼鏡をのぞき込んだ彼の目に飛び込んできたのは……。


「……え?」


 無数に光る、魔物の赤い目の集合体だった。

 アレはもしかして、魔物の大群なのか……。


「ひうっ……てっ、敵襲うううっ!!」


 彼は魔導通信機を引っ掴み、あらん限りの大声で警告を発するのだが……。


 ただでさえ大規模パーティが開催されている深夜……いつもより少ない人員で回していた監視塔から防衛本部への連絡は遅れ……。


 それが致命的な隙となり、へスラーラインに警報が鳴り響いた時には”魔物”の大群……”魔軍”は間近に迫っていた。


 ***  ***



 ジリリリリリッ!


 鬱々と自身に対する待遇の不満を呟いていた特務中佐は、突如鳴り響いたけたたましい警告音に我に返る。


「どうした? 小規模な侵攻か? それとも警報の誤動作か?」

「なにもないなら、そろそろ俺は休みたいのだが」


 あわてて飛び込んできた現場責任者の特務中尉に面倒くさげな視線を向ける特務中佐。


「て、敵襲ッ……魔物の大群の侵攻です!」

「第234監視塔の最後の報告では、”赤い波が押し寄せる”……とっ!」


「……なんだそれは? 報告は正確にしろと常々言っているだろう」

「中尉にもなってこんな基本的な指摘をさせないでくれたまえ……そもそも大群が接近しているなら魔導センサーが検知……」


「そ、それが……”境界線”付近のセンサーが、何者かにすべて破壊されていたのですっ! その隙をついて奴らが!!」


 パニックに陥っている特務中尉を落ち着かせようとした特務中佐だが、食い気味の特務中尉の言葉が遮る。

 いい加減面倒だ、特務中佐が怒鳴りつけようとしたところ……。


 ズドオオオオオオオンッ……


「くっ……なんだっ!?」


 司令部執務室が大きく揺れ、パラパラと埃が天井から落ちてくる。


 一体何が起こっている……狼狽する特務中佐のもとに、伝令役の兵が飛び込んでくる。


「伝令! 100体を超える大型の魔物がへスラーラインの外壁に取りつきました!」


 そんな馬鹿な……!


 あわてて司令部に隣接した監視塔に走った特務中佐が見たモノは……。


「馬鹿な!! 邪神スキュラに……グレイトドラゴンだとっ!!」


 屈強な触手と魔犬の頭で近寄る兵士たちなぎ倒し、外壁に取りつこうとする数十体のスキュラ。

 黄金の鱗をきらめかせ、灼熱のブレスを外壁に浴びせかける数十体のグレイトドラゴン。


「これでは、100年前の”魔軍大戦”の再来ではないか……」


 軍人だった祖父から聞いた魔軍大戦の顛末……いや、それ以上の規模か!?


「魔導傀儡兵全機出撃! 出し惜しみは無しだ!!」


 こちらには新型魔導兵器がある……”魔軍大戦”当時とは違うのだ……!


 この場を預かる最上級将校として冷静さを取り戻した特務中佐は、切り札の魔導傀儡兵の出撃を命じる。


 ガシャ、ガシャン……。


 たちまち、格納庫から解き放たれ、魔物の大群に対峙する数百機の魔導傀儡兵。

 これで大丈夫だろう……安堵の息を吐いた特務中佐の表情は、次の瞬間絶望に染まる。


 魔導傀儡兵の姿が赤く光り……くるりとじゃないか……。


 何が起こったのか理解する間もなく……グレイトドラゴンのブレスが彼らを焼き尽くした。

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